第二千五百五十二話 激突のとき
戦況に大きな変化が起きたのは、六隊からなる八極大光陣攻略部隊を送り込み、しばらくしてからのことだ。
マユリは、ラミューリン=ヴィノセアとともに戦神盤から獲得できる情報に意識を集中させながら、各部隊からの通信への対応に追われていた。マユラを除く六つの部隊は、ほぼ人間で構成されている。マユリの加護、四つの召喚武装による支援、各部隊の召喚武装による支援があれど、分霊が相手とわかった以上、苦戦を強いられるのは当然の話であり、各部隊から様々な情報が通信器を通して入り込んできて、彼女はそれらに対して助言や対処を行わなければならなかった。特に水中に投げ出されたレム隊のために、支援の武装召喚師を増やす必要が生まれ、該当の武装召喚師を全軍から探し出すのには多少の苦労を要したものだ。しかし、その苦労のおかげでレム隊の戦いに光明が見えたのも事実であり、彼女は、我ながらいい仕事をしたものだと想ったりもした。
そんな状況下、戦神盤の描き出す戦場図に大きな変化が起きた。移動城塞の中に籠もり、なんら動きを見せなかった約百二十万の光点が一斉に動き出したのだ。それも、移動城塞内部で、八極大光陣防衛のために動いたというわけではなく、城塞外部へと、さながら堰を切ったかの如く溢れだし、戦場図は一時、莫大な量の光点に白く染め上げられ、ラミューリンは驚き、マユリは憮然としたものだ。
「マユリ様、敵軍が本格的に動き出しましたが、いかが致しましょう」
「事前に伝えた通りだ。迎撃するほかないだろう」
マユリは、ラミューリンの不安そうな表情を見て、静かに告げた。こうなることはわかっていた。ナリアには、百二十万もの大軍勢が手駒として存在するのだ。八極大光陣を分霊に任せている以上、そこにそれら手駒を送り込むような真似はしないだろうし、となれば、それら大戦力でもって統一帝国軍を蹂躙し、八極大光陣が攻略されるより早く――いや、ナリアは、八極大光陣が攻略される可能性など微塵も考慮していないだろうが――、統一帝国軍を殲滅することで、己が目的を果たすつもりなのだ。それにセツナの精神面への攻撃という意図もあるだろう。ナリアの最大の目的がセツナと黒き矛による世界の破壊である以上、セツナをとことんまで追い詰め、絶望させることは重要な要素だ。
だが、マユリは、当然のことながら、百二十万の大軍勢を八十万の軍勢でもって撃退するつもりでいたし、負けるつもりは毛頭なかった。相手は神の兵。百万の神人と十万の神獣、十万の神鳥からなる大軍勢は、生半可な戦力では、激突した瞬間、一秒と持ち堪えることもできず消し飛ばされるだろう。しかし、統一帝国軍は、現在、マユリの加護を受けるとともに四人の武装召喚師による支援を受けていた。さらに各陣地には一千名の武装召喚師を分配しており、それらの支援もあり、神の兵とも戦える状態になっている。もちろん、正面からぶつかりあえば負ける可能性は高いが、そこは、ただ敵を斃すことしか考えない神兵と、戦術を駆使する人間の違いが如実に表れるところだ。人間には知恵があり、思考する能力がある。
各陣地の通信器を通して全将兵に檄を飛ばす。
「全軍に通達する。移動城塞より、大帝国軍のほぼすべての戦力が放出された。それらはすべて神化した存在であり、その進軍速度は想像を絶するものといっていい。迎撃準備を整えよ。そして、敵軍を目視次第、攻撃を開始せよ。兵力差は圧倒的。だが、戦力差は、ないといっていい。我らが勝つ。勝たねばならぬ。八極大光陣を攻略し、ナリアを討滅することに成功したといって、統一帝国軍が全滅していては笑い話にもならないのだからな」
マユリの檄に対する各陣地の反応は、快いものばかりだった。ハスライン=ユーニヴァスの召喚武装ウォーメイカーの影響も大いにあるのだろうが、それ以上に統一帝国の存亡を賭けた戦いということのほうが大きいはずだ。この戦に負けるということは即ち統一帝国の滅亡であり、南ザイオン大陸がナリアによって支配され、すべてがナリアの想うままになるということにほかならない。ようやく南大陸が皇帝ニーウェハインの名の下に統一され、新たな秩序が動き出した矢先だ。滅ぼされてなるものかと、将兵ひとりひとりが息巻き、気炎を上げるのも道理だった。そしてその熱量こそが統一帝国軍と大帝国軍の最大の違いであり、勝機といっていいはずだ。
神人や神獣は、主たるナリアの命令のままに行動する。が、そこに感情などはなく、行動を設定された機械のように動くだけだ。意思もなく、心もなく、故に熱もない。あるのは、命令を実行する、ただそれだけであり、だからこそ厄介ではあるのだが、同時に勝ち目もあるというものだ。命令は実行するが、命令以上のことはできないのが、それら怪物たちなのだ。
戦場図を見れば、北から流れ落ちてくるかのような膨大な光点に立ち向かうべく、統一帝国軍が東西に広げた陣地の無数の光点が微妙に動いているのがわかる。所定の位置につき、敵が来るのを今か今かと待ち構えているのだ。しかし、ただ待ち構えて迎撃するだけでは勝ち目はないのは当然の話であり、マユリは、それら戦場の光景を見遣りながら、どのように戦力を動かすのか思案していた。
敵は、ただひたすらにこちらの陣地に向かって移動している。
最初、光の瀑布の如く密集して動いていた敵軍の光点は、次第に無数に枝分かれしていた。統一帝国軍の東西に広がった陣地を殲滅するためには、戦力を分散する必要があるからだ。しかし、分散したところで、兵力差では相手のほうが圧倒的に上であり、急造の陣地では、防衛側が有利ともいえない。なにせ相手は神人や神獣なのだ。堅牢な城塞さえ容易く破壊されるのだから、簡易的に作られた陣地では、軽々と突破されるのは目に見えている。
では、どう戦うのか。
マユリは、各陣地に派遣された武装召喚師たちと密に連携を取りながら、敵軍の動きに対応するべく、思案した。敵軍は、数多に部隊を分け、数多の陣地をそれぞれ制圧するべく動きを見せている。それらのうち、もっとも少数の部隊にこちらの戦力をぶつけ、敵の数を少しでも減らしていこうと考え、実際、その通りにした。敵軍は、広大な戦場を実際に移動する以外に移動手段はないが、こちらには、戦神盤という究極の戦力移動手段があるのだ。孤立した敵戦力に対し、それを上回る自軍戦力をぶつけるという荒技を容易く行うことができる。
その時点で、こちらは有利だった。
(戦力の時点で劣っているのだ。それくらい、有利な点がなくてはな)
それがあっても、勝ち目は薄い。
ほんのわずかな可能性を最大限に拡大し、絶対的なものにするべく、マユリは、全力を注いだ。それも、八極大光陣攻略部隊との情報のやり取りをしながら、だ。マユリの役割は極めて重要で、一番忙しく、また、ほかのだれにも真似のできないことだろう。
だからこそ、やり甲斐がある。
マユリは、戦場図を見据えながら気を引き締め直すと、ラミューリンに指示を飛ばした。戦場図上、孤立した光点群を発見したのだ。わずか百あまりの光点に対し、数千の戦力をぶつける指示には、ラミューリンも疑問を浮かべたようだったが、彼女は、マユリの指示通りに戦力を動かした。自軍陣地から数千の光点がその百あまりの光点の元へと転送されるなり、激戦が始まる。
百対数千では、数の上では圧倒的だ。しかし、相手が神の兵である以上、それくらいの兵力差で戦うべきだった。たとえ、こちらが数多の支援を受けているとはいえ、だ。神の兵は、“核”を破壊するまで再生を続ける上、そもそもが強靱な肉体を誇る。加護と支援を受けた兵士たちでも、下手をすれば殺される。兵力差は大きければ大きいほどよく、相手のほうが兵力差で上回るような状況は作ってはならない。
こちらが有利な状況でのみ戦闘を行い、勝利し、少しでも敵戦力を削るのだ。
そのような戦いを続けることでのみ、統一帝国軍の勝利は見えてくる。
歯がゆいのは、マユリが戦場に出れば、あっという間に解決する話だということだ。
しかし、八極大光陣の攻略を支援する以上、持ち場を離れることはできなかった。もし、マユリが持ち場を離れ、攻略組の支援を打ち切れば、その瞬間、こちらの敗北は決定的となる。相手が分霊ではなく、使徒であったのであれば、話は別だったかもしれないが、分霊である以上、そのようにはいかない。
八極大光陣の攻略が完了したとしても、だ。
ナリアを滅ぼすまでは動けない。
そして、ナリアを滅ぼすことさえできれば、それで決着がつく。
神人も神獣も使徒と同じだ。
力の源たる神が滅び去れば、滅びを免れ得ない。