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第二千五百四十七話 激流の底で(三)

 レムたちが水中へと躍り出たのは、タズマウに乗ったまま、フイグマウ、ダンマウと碧の戦士が激戦を繰り広げる領域を強引に突破し、この水の世界の支配者たる分霊を視界に捉えてからのことだ。

 レムは、碧の戦士との戦いに加勢することばかり考えていたのだが、サグマウによって、この戦闘の当初の目的を思い出していた。目的とは、いうまでもなく、八極大光陣を司る存在の排除であり、それこそ、分霊の撃滅だ。そして、分霊さえ撃滅することができれば、分霊の生み出した碧の戦士たちも消滅することは間違いなく、碧の戦士撃破に戦力を割くよりも、分霊の撃滅に全戦力を集中させるほうが得策であるとサグマウは考え、レムたちもそれに従った。

 当然、碧の戦士たちは、隙を見ては防衛網を突破しようとするタズマウへ苛烈な攻撃を加えたが、タズマウはびくともしなかった。それどころか、タズマウ自身の反撃によって碧の戦士を翻弄するほどであり、タズマウが戦力として数えられるほどの力を持っていることが明らかとなる。もっとも、タズマウの戦闘力というのは、碧の戦士を翻弄できる程度であるといい、あまり当てにするべきではないと、サグマウからの注意があったが。

 ともかくも、タズマウに乗ったまま碧の戦士の防衛網を突破したレムたちは、その視界に分霊を捉えることに成功していた。碧の戦士の何体かがその護衛に当たっているが、碧の戦士とはまったく異なる姿のそれは、極めて人間に酷似した姿をしていた。ただ、大きさが違う。巨人といえばいいだろうか。ただでさえ巨大な碧の戦士の倍以上の巨躯を誇り、全身、筋肉の鎧を身につけているかのように隆々たる肉体をしていた。その上から碧き異形の鎧を身につけているのだが、その鎧には鰭や鱗がありどこか海洋生物を思わせた。しかし、顔面は、碧の戦士とは異なり、ほとんど人間そのものといっていい。大きさこそ異なるものの、秀麗な顔立ちは、どこか見覚えのあるような気がしてならない。どこかのだれかに似ているような、そんな感覚。だが、だれに似ているかまでは思い出せない。

「あれが分霊にございますか」

「そのようですな……しかしあれは……」

「どうされました? サグマウ様」

 サグマウの苦渋に満ちた言動に、レムは怪訝な顔をした。

「アルセル殿下……? まさか、そんなはずは……いや、しかし……」

 頭を振り、懊悩するサグマウに対し、冷ややかな言葉を浴びせたのは、通信器からの声だった。

『ランスロットたちからの報告によれば、火天星ファラグと名乗った分霊は、マリアン=ザイオンの面影があったそうだ。ウルクからの情報には、大帝国におけるマリアンら皇族の状況は不明だったが、これで合点がいく。マリシアを含め、ほとんどの皇族が分霊の依り代とされたのだろう』

「そのような馬鹿げた話があっていいわけがありませんぞ」

『だが、事実、分霊ファラグはマリアンを依り代とし、おまえが見ている分霊もまた、アルセル=ザイオンによく似ているのだろう』

 ナリアの冷酷ともいえる言葉には、サグマウは、反論さえできなかったようだ。レムが分霊の顔に見覚えがあると感じたのは、勘違いでもなんでもなく、皇族たちの顔とよく似ているからなのだろう。先帝シウェルハインの血が、顔に出ている。

『ナリアがなぜ、帝国に居着いたのか、いま、ようやく理解したよ。ナリアがなぜ、マリシア=ザイオンを依り代に選んだのか、な』

「どういうことでございます?」

『波長が合うのだ。ザイオン皇家の人間と、ナリアの波長がな。故に依り代にしやすかった。使い勝手がよかったのだ。だから、何百年もの間、帝国の真の支配者として君臨し続けた。ほかにも理由はあるのかもしれないが……それが最大の理由だろうな。故に皇族を手当たり次第、分霊とした』

「そんな……そのようなことが……!」

 わなわなと拳を震わせるサグマウの様子を目の当たりにして、レムは、痛ましく想わざるを得なかった。サグマウは、ザイオン皇家への忠誠心を捨てられておらず、いまもなお、忠烈な家臣であり続けている。だからこそ、彼はナリアへのどうしようもないほどの憤りを感じているのだろうし、分霊に見たアルセル=ザイオンの面影にいかんともしがたい心痛を感じているのだろう。リグフォード時代の彼は、ニーナやニーウェをこそ主君と仰いでいたが、それは“大破壊”以降のことであり、それ以前は、帝国海軍大将として、ザイオン皇家そのものに忠誠を誓っていたのだ。そんな彼からすれば、皇族と敵対することそのものが苦痛に違いなかった。

 その事実に動揺しているのは、なにもサグマウだけではない。帝国が誇る武装召喚師たちの多くが、アルセル=ザイオンの名を聞き、あるいは、分霊の顔を見て、動揺を禁じえなかったようだ。それは当然の反応だろう。彼ら帝国臣民にしてみれば、皇帝とは神そのもので在り、その血筋たる皇族は、神に近しい存在なのだ。アルセルと戦うとはつまり、神の一族に弓引くも同じだ。怖じ気づいたわけではない。ただ、皇族に弓引くことへの畏れが彼らの心を震わせているのだ。

「……サグマウ様。それに皆様」

 レムは、一同の反応を見て、口を開いた。彼らに無理強いさせるわけにはいかない。いうなれば、レムがセツナを敵とし、ファリアたちと戦わなければならなくなったような状況に、彼らは置かれているのだ。そう考えれば、彼らが戦いたくなくなるのも当たり前だった。レムが同じような状況に置かれれば、きっと、同じように混乱し、懊悩するに違いないのだ。だから、彼女は優しく彼らにいった。

「あとのことはわたくしにお任せを。皆様は、ここでわたくしが勝利することを祈っていてくださいまし」

「レム殿。なにを仰るのかと思えば、馬鹿げたことを申されるな。相手は、分霊なのですぞ。あの戦士たちとは比べものにならない力を持っている。そのことは、レム殿も承知のはず」

「しかし……」

「アルセル殿下と刃を交えるのは、恐れ多きこと。されど、あれにはもはやアルセル殿下の意識はありますまい。アルセル殿下は一度川で溺れかけて以来、水に対して恐怖心を抱かれるようになったといいます。もし、分霊にアルセル殿下の意識が残っているのであれば、このような領域を作るわけがない」

 サグマウの震えていた拳が止まった。覚悟が決まった、とでもいわんばかりに彼は顔を上げ、分霊を睨んだ。

「あれは、アルセル殿下ではない。断じて」

「では……」

「全力で打ち倒し、アルセル殿下を分霊より解放致しましょう。それだけが、かつて家臣であったわたしにできる恩返しなれば、座して戦いが終わるのを待っている場合ではありませぬ」

 サグマウは、もはや正体を隠すことなどどうでもいいとでもいわんばかりに告げると、武装召喚師たちを見回した。武装召喚師たちは、サグマウの発言になにか感じるものがあったらしく、だれもが首肯した。決然たる意思が全員の表情、まなざしから溢れている。

 戦意が復活した。

 レムは、サグマウがかつて帝国海軍大将だったことを思いだした。帝国将兵の扱いは心得ているのだ。

「では、よろしいな、皆の衆! 分霊を討ち、アルセル殿下をお救い差し上げるのだ!」

 サグマウが拳を振り上げると、船内の全員がそれに倣って大声を上げた。

 そのときだ。

 タズマウの体が激しく揺れ、レムは、立っていられないほどの衝撃の中で天井に穴が開く瞬間を目の当たりにした。

 体内に大量の水が流れ込んでくる。




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