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第二千五百四十六話 激流の底で(二)

「わたくしたちにできることがあればいいのですが……」

 レムは、前方で繰り広げられている激闘を眺め続けなければならないことに我慢がならなかった。リグフォードことサグマウの部下たちとは、多少なりとも面識があり、わずかながらも交流があったから、というわけではない。それもあるが、第一には、自分が為すべきことがわかり、目の前にあるというのに、なにもできないということほど歯がゆいものはなく、心苦しいものはないからだ。

 戦闘は、加速度的に激しさを増している。こちらの戦力はおよそ六百。そのうち百人が海の騎士ダンマウであり、五百人が海の兵士フイグマウだという。対する敵兵力は百体にも満たない。圧倒的な数的有利は、しかし、個々の能力差によって容易く覆されてしまっていた。碧の戦士たちは、いずれもがダンマウよりも大柄だというのに、速度においてはフイグマウを遙かに上回り、数の上での劣勢を微塵も感じさせない戦いぶりを見せていた。水中を縦横無尽に駆け回り、ダンマウやフイグマウの攻撃をかわし、自分の攻撃は的確に当てていく。そうしてフイグマウやダンマウがつぎつぎと撃破されていくのを見守っているだけというのは、レムとしても受け入れがたいことだった。

 もちろん、味方が落とされてばかりではない。フイグマウ、ダンマウがその見事なまでの連携によって碧の戦士を捕捉し、撃滅する瞬間も目の当たりにしている。だが、どちらが劣勢かといえば、どう見ても、味方側なのだ。このままでは、味方のほうが全滅してしまうのではないかという危機感を覚えるほどに、碧の戦士たちは圧倒的だった。

「いまのところは、ありませんな」

 サグマウは、はっきりと断言してきた。

「レム殿。あなたが極めて秀でた戦力であることはわたしも認めるところです。五百名の武装召喚師たちも、帝国が誇る優秀な戦士たちです。本来ならば、当てにしたいのが本音。しかし、ここは水中。水の中では、呼吸もできず、身動きひとつ自由に取れないあなたがたは、足手纏いにほかなりません」

「それは……その通りですが」

「無論、現在、こちらが押されている以上、状況を打開するにはわたしが出ることも、レム殿を始め、全戦力の投入も覚悟しなければなりませんが……」

「いまはまだそのときではない、と?」

「ええ」

 彼は、渋い表情で、戦況を眺めていた。

 その様子がどうにも歯がゆく、レムは、腕輪型通信器に目を向けた。通信器の向こう側で待機し、すべての戦場とやり取りしているであろう女神に対し、多少億劫ではあったが、話しかける。

「マユリ様、こちらの状況は把握しておられることと存じますが……」

 反応は、即座にあった。通信器が発光し、女神の小さな幻像が出現する。

『ああ。わかっている。おまえたちが水中でも心置きなく戦えるよう、支援要員を増員した。水中での呼吸の心配も、移動の心配もいらぬ』

「まあ……!」

 レムは、想像を遙かに超えた女神の返答に驚嘆するほかなかった。サグマウが通信器を覗き込んでくる。

「それは真ですかな?」

『この状況で嘘をいってどうなる』

「それもそうですな。では、さっそく出撃準備をば」

 サグマウが恥じ入るように己の頭を撫でると、マユリ神の幻像は、しばし考え込むような素振りを見せた。そして、口を開く。

『レム、サグマウ』

「はい、マユリ様。なんでございましょう?」

「どうされました?」

『相手は分霊。神人とも使徒とも比べものにならぬ存在。くれぐれも気をつけよ』

 マユリの忠告は、八極大光陣を司るものが使徒ではなく、分霊だということが明らかになった際にも、全員に伝えられたことだ。再度忠告してきたのは、レムたちの様子に危機感が見えなかったから、などではあるまい。レムがいつも以上に緊張していることくらい、マユリ神はお見通しだ。だからこそ、レムに警告したのだ。緊張しすぎて、力を発揮できないまま終わってはならない、と。

 とはいえ、レムは、小さな女神の幻像に向かって、大見得を切った。

「マユリ様。いわれるまでもないことにございます。わたくし、レムは、セツナ=カミヤが第一の下僕として恥ずかしくない戦いを見せてご覧に入れましょう」

「では、わたしサグマウは、海神マウアウが第一の使徒として、その立場に恥じぬ戦いを見せねばなりませんな!」

「はい!」

『……杞憂だったようだな』

「もちろんでございます!」

 通信器に向かって満面の笑みを浮かべたレムに対し、女神の幻像は、なんともいえない微妙な表情になっていた。レムがいつもの調子なことを喜んでいいのか、注意するべきなのか、困り果てている、そんな様子だった。

 レムは、そんなマユリ神の不安を払拭してみせるべく、意気込むと、サグマウと目線だけでうなずき合った。そして船内を移動し、武装召喚師たち五百名に事情を説明し、出撃準備に入った。タズマウ内に入るなり、半ば強制的に休憩せざるを得なかった武装召喚師たちは、ついに自分たちの出番がきたかと大いに盛り上がった。だれひとり、弱音を吐くものはいない。だれひとり、怖じ気づくものはいない。だれひとり、覚悟の足りないものはいない。だれもが昂揚しきった戦意そのままに、燃え上がるようなまなざしで、レムの号令を待っていたのだ。

 それがハスライン=ユーニヴァスの召喚武装ウォーメイカーの能力による影響だということを、レムは、知っている。ウォーメイカーは、対象の戦意を昂揚させることによって、戦闘能力そのものを向上させるという副作用があるが、それよりも恐ろしいのは、死ぬまで決して戦いを止めないという能力のほうだろう。その能力の影響下にあった帝国兵の死にものぐるいの戦いぶりは、レムの記憶にも残っている。

 マユリ神がハスラインのウォーメイカーは、戦神盤に次ぐ勝利の鍵となるかもしれないといっていたのだが、それは要するに、ウォーメイカーの能力によって全戦闘要員を狂戦士に変えなければならないほど、戦力差は圧倒的であり、絶望的だということなのだろう。

 レムとともに行動をともにするのは、五百名の武装召喚師だ。ただのひとりも一般兵はいない。いずれも武装召喚師として並外れた鍛錬と研鑽を積み、強力な召喚武装の使い手たちだ。それでも、わずかでも心の隙を見せず、最後まで戦い抜く狂戦士に仕立て上げなければ勝ち目は薄いとみているのだ。

 もちろん、レムも、それくらいは理解している。八極大光陣は、ナリアを絶対無敵の存在に昇華する布陣だ。八極大光陣を打ち破らないかぎり、現状のセツナが全力を出しても、勝ち目がない。それはすなわち、レムたちには手も足も出ないということなのだ。だから、八極大光陣の攻略が最優先事項なのだが、それさえも、マユリ神が慎重に慎重を重ね、打てる限りの手を打ち、帝国の武装召喚師たちを犠牲にすることすら視野に入れてようやく達成しうるものであるようだ。

 事実、レムたちがこうして出撃準備に専念できるのは、マユリ神の加護や武装召喚師たちによる数々の支援があってのことだ。全力を投入して、ようやく食らいつける可能性が出てくる。それほどまでの戦力差。

(俄然、燃えてきますのも、ウォーメイカーの影響なのでございましょうか?)

 レムは、タズマウの船内に集まった五百人の武装召喚師たちがつぎつぎと召喚武装の召喚に成功するのを見守りながら、胸の奥に灯る業火のような熱量になんともいえない違和感を覚えていた。だが、決して悪い気分ではない。いままでの自分にはなかったものだが、どこか、心地がいい。

 冷え切った心が焼き尽くされるような、そんな感覚。

 



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