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第二千五百四十五話 激流の底で(一)

『他の部隊からの報告を総合するに、八極大光陣を司るのは八柱の分霊であり、分霊たちは、それぞれ自分の思うままに塔の内部を作り替えているようだ。ランスロット隊は高熱地帯だというし、ファリア隊は雷が雨の如く降り注ぐ中だそうだ』

 マユリ神との通信の中で聞いた情報を思い返しながら、レムは、船窓の外を見遣っていた。レムたちがいるのは、タズマウの体内だが、タズマウは魔動船メリッサ・ノア号を元にしているだけあって、その構造は、メリッサ・ノア号の面影を大いに残している。当然のように船窓もあり、窓の外、膨大な青が埋め尽くす水中を覗き込むこともできた。遙か彼方まで、それこそ、本来ならば塔の壁があるはずの場所まで水に満たされており、塔内の空間そのものがねじ曲げられているということがわかる。そして、この塔の主は、その歪めた空間を自分好みの世界に作り替えているのだろう。どこもかしこも水、水、水――。それ以外、なにもいうことのない領域は、どういう意図や意味があるのだろうか。

 水中に転送されたことで一瞬にして濡れそぼった衣服は、部下の召喚武装が乾かしてくれたため、いまはなんの問題もない。

 マユリ神も、まさか転送先が水中だとは想像もしていなかったらしく、そのことでレムたちに謝罪してきたが、レムにしてみれば、謝られることなどなにもないと思うまでであり、マユリ神の律儀さ、素直さに心を打たれるだけだった。

 ラミューリンの召喚武装・戦神盤は、戦場に配置された戦力を過不足なく把握することはできても、戦場の地形や現状などはまったくもって認識することができない。それは最初からわかっていたことだったし、転送先が地獄のような状況である可能性も頭に入れておくべきである、と、前もっていわれていたことでもある。そも、戦神盤による戦力の転送は、本来、戦場の地形を把握した状態で行うものであり、内部構造も判明していない場所で使うものではないというのがラミューリンの意見だったし、それを理解した上で、マユリはこの度の作戦を決行したのだ。

 移動城塞の内部構造を確認している時間的余裕もなければ、一切の犠牲を払わず、移動城塞内部に潜入する方法などあろうはずもない。移動城塞内部とはつまり、八極大光陣の真っ只中なのだ。上手く潜入できたとして、ナリアに発見され、一瞬にして殺されるか、あるいは支配され、利用されるだけのことだろう。ならば、一か八かの賭けにでるしかない。

 いや、そもそも、この作戦自体、博打に近いところがある。

 しかも、かなり分の悪い賭けだということは、マユリ神の説明からも察することができていた。

 八体の使徒あるいは分霊を斃し、その上で大いなる女神ナリアを討ち滅ぼす。それも迅速にだ。好機は、一度掴めるかどうかというところ。そして、その好機を掴み損なうようなことがあれば、こちらの敗北は決定的だ。もう一度、戦神盤に時を戻してもらうことはできない。

 そうなれば、この世は終わりだ。

(世界がどうなろうと知ったことではありませんが)

 レムは、分厚い船窓の向こう側に生じた違和感に目を細めながら、胸中、本音を漏らした。水の中になにかが駆け抜けたように見えたのだ。

(御主人様と皆様を失うわけには参りませんので)

 それこそ、彼女の本心だった。昔から変わっていない。いや、この数ヶ月でより強くなっている。世界のことなど、自分たちとは無関係な他人など、どうだっていい。大事なのは、セツナであり、セツナの周りにいるひとびとなのだ。それ以外のひとやものがどうなろうと、どのような末路を辿ろうと知った話ではない。自分たちのことさえままならないのが現実というものだ。ならば、無関係な赤の他人のことなど、考えるのも馬鹿馬鹿しいだろう。

 それでも、この戦いの結果が自分とは無縁の、無関係なひとびとの将来に深く関わっていることについては、多少なりとも、考えずにはいられない。だからといってやる気を出すということもなければ、いつも以上の力を発揮するというようなことはないが。

 自分の主と、主の周りのひとたちのためならば、いつも以上の力を発揮できる。それでいい。それだけで十分だ。そう、彼女は考えている。

 レムは、船窓から船内に視線を戻すと、サグマウの背中に目を留めた。レムがいまいるのは、タズマウの頭部に当たる部分であり、そこには、サグマウのための大きな座席があった。サグマウは、人間とは比べものにならないほどの巨躯を誇る存在だが、その巨躯に見合った座席もまた、巨大だった。白い異形の椅子。白き異形の怪物たるタズマウの体内なのだ。目に映るものすべてが異形なのは、当然のことだろう。

「サグマウ様」

「なんでしょう?」

「わたくしたちの目的は、この水の領域の主たる分霊を討つことですが、分霊の居場所は、わかりますでしょうか?」

「マユリ様から戴いた情報を元に移動中です。じきに辿り着くでしょう。この海には、障害物はなにもありませんからな」

 サグマウが穏やかに告げてきたのも、そこまでだった。彼は、腕組みしたまま、厳しい口調で続けてくる。

「まあしかし、一筋縄ではいかないようですな」

「はい?」

「この船……タズマウには、わたしと同じく使徒への転生を果たしたものたちが眠っていました。彼らは、わたしとともにマウアウ様の使徒となることで、陛下に助力しようと考えていたのでしょう。わたし同様、なんとも愚かで浅はかですが、マウアウ様は、笑って許してくださった」

「そうだったのですか……」

 レムは、サグマウの告白に驚きを隠せなかった。リグフォードだけでなく、メリッサ・ノア号の船員たちの多くもまた、使徒へと転生していたというのだ。レムたちと再会したあのときに話さなかったのは、できれば隠して起きたかったからなのだろうが。

「彼らの多くはフイグマウ――海の兵士となり、一部は、海の騎士ダンマウとして、わたしとともにあるのです。その彼らを使い、分霊への先制攻撃を試みたのですが……」

 サグマウが険しいまなざしで前方を見遣れば、彼の視線の先の壁が透き通り、タズマウの進路上、水中の光景がはっきりと見えた。タズマウの構造がどうなっているのかなどという疑問は、遙か前方で繰り広げられている水中戦を目の当たりにした瞬間に吹き飛んでいる。何十、何百という異形の戦士たちが水中を超高速で移動しているようなのだが、それらが味方であり、敵の攻撃を受けているらしいということが把握できる。それもこれも、レムの視力が様々な恩恵によって強化されているからだ。

 フイグマウと呼ばれる兵士たちも、ダンマウと呼ばれる騎士たちも、サグマウを一回り二回り小さくし、多少変化を加えたような外見をしているらしく、そのおかげで味方であると判別できたといっていい。フイグマウ、ダンマウの姿が、彼らの敵するものと紛らわしい姿をしていれば、混乱したに違いなかった。

「白い方々が……フイグマウ様にダンマウ様、なのでございますね?」

「ええ。しかし、フイグマウもダンマウも階級のようなもの。敬称をつける必要はありません」

「は、はあ……では、あの碧いものたちが敵と……」

 レムがいったのは、水中を縦横無尽に駆け抜ける白き異形の兵士や騎士たちと対等以上の速度を発揮する、碧い甲冑の怪物たちのことだ。まるで水の流れを象徴するかのような流線型の甲冑に身を包んだものたちは、見るからに人間などではなかった。人間が水中であのような速度を出せるはずもないのだから当然だし、わかりきっていたことではあったが、その魚類を思わせる顔面を見て確信する。魚を元にしている、らしい。

「あれらは、分霊の手駒でしょうな。分霊は、神の分身の如きもの。その力を持ってすれば、化身の如き手駒を作り出すことも容易い」

 サグマウは、渋い声で告げてきた。

「そして、故にこそ厄介極まりないのです」

 


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