第二千五百四十四話 灼熱の魂(七)
『武装召喚術は、始祖召喚師アズマリア=アルテマックスによって開発され、リョハンの戦女神ファリア=バルディッシュら四人の高弟に伝授されたのが、始まりとされている。以来、研究と改良を加えられながら現在、広く伝わっているものとなったという。わたしたちが学び、身につけたものがそれだな。そしてそれは、おそらく完璧なものなのだろうな。およそ、手を加える必要のないものだ』
『余計な手を加えれば、ただ、意味もなく失敗するだけのこと――そう教わりましたが』
『うん。それで間違いない。《協会》の武装召喚師から教わった通りの術式が完璧で、完全なのだ。手を加える必要などはない。それは、改良ではなく改悪になるだろう』
『しかし師は、そこに手を加えようとされている』
『基礎理論に手を加えるわけではないのさ』
イェルカイムは、いつもの皮肉げな笑みを殊更に柔らかくして、いったものだ。彼との技術談義というのは、ランスロットにとっては至福のひとときだったし、いつだって彼は、イェルカイムの言葉に真摯に耳を傾けた。イェルカイムが発する言葉のひとつでも聞き逃すまいと必死だったのだ。
『ただ、やり方を変えることで、なにか面白いことはできないかと考えたんだ。そしてそれは、案外上手く行きそうでね』
彼の透き通るような笑顔は、いまも覚えている。
そして、彼が武装召喚術を新たな段階に推し進めることができたのは紛れもない事実だったということを、ランスロットは、声を大にしていいたかった。
いや、いわずともわかっているだろう。
イェルカイムこそ、兵装召喚術を成功させた実績があるのだから――。
「ああそうさ、所詮人間は人間だ。余所様の力を借りなきゃ、自分たちの国さえ護れないくらい弱くちっぽけな存在だよ」
ランスロットは、全身に漲る力を意思の赴くまま、本能の謳うままに振り翳し、叩きつけていた。ファラグを砂漠のど真ん中に叩きつけ、地中に埋め込むような猛攻を続けている。
彼は、全身、召喚武装の塊となっていた。巨大な黄金の甲冑のように見えるそれは、全身を包み込む無数の召喚武装で構成されている。無数の、だ。たったひとつの鎧型召喚武装ではなく、無数の召喚武装からなる全身鎧。
武装召喚術ではなく、兵装召喚。
召喚武装ではなく、召喚兵装。
彼は、無数の召喚武装を複合化することで一度にすべてを召喚し、すべての召喚武装を一個の召喚武装としたのだ。それが、イェルカイム=カーラヴィーアが生み出し、禁忌の技術とした兵装召喚術であり、その神髄は、複数の召喚武装の同時併用による身体能力の超絶的な強化と、複数の召喚武装の能力の同時運用だ。ランスロットがファラグの光線による拘束を出し抜き、ファラグの頭上へ一瞬にして移動したのも、兵装に組み込んだ召喚武装の転移能力を用いたからこそだ。そして、全身の召喚武装の能力を巨大な籠手に収束させ、思い切り殴りつけたのが、最初の一撃。
そこから、彼の一方的な攻撃が始まった。
ファラグは、予想だにしなかったのだろう。ファラグの思考が追いつくよりも速く、ランスロットに二撃目が入っている。さらに立て続けに、三度、四度と拳を叩き込み、さらに肩部の召喚武装からの砲撃や、背部召喚武装が発した光線による連続攻撃がファラグを圧倒する。ファラグの超高熱の防壁は、いまのランスロットには意味をなさない。ランスロットは、全身を無数の召喚武装で包み込み、完璧な防御力と絶大な攻撃力を得ていた。
「そのちっぽけな存在に蹂躙されるのはどんな気分だ?」
ランスロットは、ファラグの頭部を掴むと、そのまま持ち上げて、告げた。ファラグの顔面には亀裂が入り、全身に打撃の痕が残っている。ランスロットの攻撃は、確実に効果を上げていた。だが、ファラグは無感情に言い返してくるのみだ。
「この程度を蹂躙と呼ぶのは、滑稽を通り越して哀れだぞ」
ファラグの双眸が瞬いたかと思うと、爆圧がランスロットを吹き飛ばしていた。吹き飛ばされながら姿勢制御し、追撃を察知して空間転移を発動させる。上空、地上の全景を見渡せるほどの高度に転移すると、ファラグが傷跡を完全に修復させていた。それだけでなく、全身からさらなる光と炎を放出させ、こちらを仰ぎ見た。左右の腕を連続的に振り上げてくると、その動きに合わせて大気が燃え上がり、巨大な炎の腕となってランスロットを掴み取る。その状態で両腕を前方で交差させると、手の先に炎の輪が生じた。炎の輪は凄まじい高熱を発しながら回転し、爆発的な猛火の渦を発生させる。それは、ランスロットの高度まで一瞬にして届き、全身を包み込んだ。さながら地獄の業火のようなその炎の奔流の中で、しかし、ランスロットは、痛みすら感じていない。
「だったら、これはなんだ?」
ランスロットは、自分が調子に乗っていることに気づきながらも、毒づかざるを得なかった。理由はわかっている。ファラグだ。ファラグの顔が、ランスロットの中の悪意を爆発的に膨れあがらせていた。マリアン・フォロス=ザイオンは、彼の主にとっては政敵以外のなにものでもなかったからだ。それも、こちらは一切手出しをしていないのにも関わらず、マリアン側が一方的に敵視し、さまざまな手段で攻撃してきたのだ。こちらに落ち度などあろうはずもない。あるとすれば、彼の主の生まれだが、それも皇帝の所業であって、彼の主に罪などあるわけがない。生まれてきたことが罪だとでもいうのだろうか。
いうのだろう。
マリアンやミズガリス、ミルズらにしてみれば、皇帝と侍女との間に生まれたものなど、皇族に数えたくもなかったのだろうし、それが旧帝国においては、絶対の正義とさえ、いえた。
ニーナやニーウェの味方など、数えるほどしかいなかった。
だからこそ、ランスロットは、シャルロット、ミーティアとともに力を合わせ、ニーウェを、ニーウェハインを守り、盛り立てていこうと誓い合ったのだ。
故に、ランスロットは、いつも以上の力を発揮しているのだ。
全身の召喚武装を発動させ、炎の手を吹き飛ばし、空間転移を発動。ファラグの背後を取り、ファラグがこちらを振り向くより遙かに速く、その背中に拳を叩きつける。巨大な籠手による打撃。周囲に余波を発生させるほどの衝撃がファラグの背中から全身を貫き、吹き飛んだのも束の間、彼は、全身の砲口を開いた。無数の召喚武装が同時に咆哮し、光の弾幕がファラグを包み込む。だが、この程度では終わらない。
(この程度では……!)
全身全霊を込めて、地を踏み、蹴る。吹き飛んでいくファラグに追いつけば、ファラグがこちらを向いていた。両腕を広げたファラグの手の先に炎の輪が生まれていた。またしても、灼熱の炎の渦がランスロットを包み込むが、黄金の装甲の前には一切通用しない。そのとき初めて、ファラグの顔に動揺が刻まれ、ランスロットは、口の端を歪めた。炎の渦の中を加速し、さらに巨大化した両手でファラグを挟み込む。頭上に掲げ、全身全霊、あらん限りの力を込めて、合掌した。
「馬鹿な――」
そんな愕然とした声が聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。ともかく、両手のひらでもって押し潰した瞬間、手の中で凄まじい力の爆発が起き、黄金の甲冑さえ耐えきれずに吹き飛ばされるのを目の当たりにして、彼は茫然とした。別の方法で斃していれば、爆発に巻き込まれて命を落としていたかもしれない。
「最後までやってくれるよ……ったく」
ランスロットは、その場にへたり込むと、力なく、召喚兵装を送還した。兵装召喚術は、無数の召喚武装を兵装化する禁断の技術だ。その消耗たるや、召喚武装の複数同時併用の比ではない。命をどれくらい削ったのかわからないくらいの消耗があって、彼は、師の気持ちを理解した思いだった。
(あなたが禁忌としたのもわかったような気がしますよ……師匠)
イェルカイムがどこかでやれやれと肩を竦めている気がして、彼は、苦笑した。
苦笑して、そのまま意識を失った。