第二千五百四十二話 灼熱の魂(五)
ミーティアが両手に握った曲刀は、ただの曲刀ではない。曲刀型の召喚武装なのだ。
旧ザイオン帝国には、最大二万人の武装召喚師がいた。武装召喚術の総本山にして聖地たるリョハンよりも多くの武装召喚師を抱えた帝国は、武装召喚師大国といっても過言ではなかった。武装召喚術が誕生して五十年あまり。リョハンは武装召喚術を世界中に広めるべく、《大陸召喚師協会》なる組織を立ち上げ、世界各地にその伝道師を派遣した。その幾人かが帝国領土に辿り着き、当時の皇帝に謁見したのも数十年前の話だ。
そして、武装召喚術の有用性を認識した当時の皇帝の行動は迅速であり、帝国領土各地に武装召喚師の育成機関が誕生した。そうしてつぎつぎと武装召喚師が育成されていく傍らでは、武装召喚術の発動に成功しながらも召喚武装を扱いきれず、逆流現象を引き起こすものも少なくなかったという。
そうしてこの世界に取り残された召喚武装のほとんどは、帝都に堅く保管されていたのだが、その最大の理由は、召喚武装の扱いが極めて困難であり、召喚武装が強力だからという生半可な気持ちで扱おうとしようものなら、召喚武装の力に振り回され、自滅しかねないからだ。故に高性能な召喚武装の多くが帝都に死蔵されていたのだが、統一政府は、南ザイオン大帝国との総力戦に当たり、それらを解放することとした。ただし、すべての召喚武装を解放したわけでも、だれしもに手渡されたわけではない。
一部の実力者にのみ、選択権を委ねられた。
その一部の実力者にミーティアが加わっているのは当然のことであり、彼女は、召喚武装保管庫に死蔵されたいくつもの召喚武装のうち、能力の判明しているいくつかを手に取り、この二刀一対の曲刀を選んだ。名は、サークルハーフ。彼女が名付けた。
サークルハーフは、ニーウェハインがかつて愛用していたエッジオブサーストのような二刀一対の召喚武装であり、そういう形態自体、召喚武装としてはそこそこ珍しいようだ。二刀一対の武器を召喚しようと考えるものは、多くない。それはそうだろう。二本の武器を同時に扱うなど、生半可な膂力、技術では困難を極める。武装召喚師の身体能力は並の戦士など遠く及ばないものとはいえ、それでも、扱いやすい武器か防具を召喚したいのが人情というものだ。二刀一対の武器という使いにくい代物を召喚しようと考える人間の気が知れない、などといえば、ニーウェハインに悪い気がしないではないが。
サークルハーフ。
極めて美しい半円を描く曲刀だ。華美た装飾も、その半円を壊さないように配慮されており、特に刀身に彫刻された紋様にこそ発揮されている。刀身に刻まれた複雑怪奇な紋様がなにを意味するのかはまったくわからないが、いずれにせよ、美しい代物には違いない。
ミーティアは、砂上に着地すると、舞い上がる砂塵の向こう側から猛烈な勢いで突っ込んでくる炎の騎士を見た。三叉の槍の穂先に灯る炎は、突き刺した相手を焼き尽くすためのものだろう。実際、轟然と迫ってきた炎の騎士は、着地した態勢のままのミーティアを貫かんと槍を突き出してきた。彼女は、咄嗟に両手の曲刀を逆手に持ち、全身で回転するようにして槍を避け、柄を切り裂き、懐深く潜り込んで、騎士の鎧を切り刻んだ。騎士の鎧の切れ目から炎が噴き出すより速く、その鎧を蹴りつけて後方に飛び退き、爆炎が視界を灼いた瞬間、中空で両手の曲刀を一体化させる。
サークルハーフは、二刀一対の召喚武装。二刀一対の召喚武装の多くは、ふたつの武器を使った能力を持つことが多いという。サークルハーフもそうだ。半円を描く曲刀は、片方の切っ先をもう片方の柄頭に嵌め込むことで完全なる円となる。真円を描いたそれは曲刀というよりは戦輪そのものとなり、ミーティアが投げつけることで猛烈に回転しながら炎の中に飛び込み、爆炎を撒き散らしながら炎の騎士をでたらめに切り裂いた。そして、着地し、炎の騎士が爆裂四散するのを見届けたミーティアの元へ、機を見計らったように戻ってくる。
彼女は、手元に収まった戦輪を二本の曲刀に戻すと、つぎの目標を探した。
炎の騎士は、紛れもなく強敵だった。ミーティアが圧倒しているように見えるが、それは女神の加護や多数の召喚武装による支援のおかげ以外のなにものでもなかった。彼女自身の身体能力と、サークルハーフの補助のみでは、こうも容易く撃破できなかっただろう。事実、帝国が誇る優秀な武装召喚師たちがつぎつぎと負傷し、命を落としている。ミーティアも、気を抜けば死にかねない。いや、気を抜こうが抜くまいが、このままではいずれそうなるかもしれない。
凄まじい脱力感がある。消耗している。いや、消耗しすぎているのだ。
この領域に満ちた熱は、ミーティアのような日々鍛錬を欠かさず、強靱な戦士の肉体を作り上げたものからも体力を奪い取っていた。さらに苛烈な戦闘が続くとなれば、消耗は激しさを増す。
(シャルロットは?)
視線を巡らせれば、武装召喚師たちを率い、多数の炎の騎士と激闘を繰り広げるシャルロットの姿を発見する。シャルロット自身に負傷は見えないが、明らかに動きが鈍っているようだった。彼女も、高熱の世界で、汗を流し続けている。彼女だけではない。炎の騎士と戦っているだれもが、大量の汗をかき、体力も生命力も消耗し続けていた。
空を仰ぐ。
ファラグと名乗った炎の化身の如き分霊は、悠然と戦場を見下ろしている。炎の騎士たちを生み出して以来、なんの動きも見せないのには、どういう意図や思惑があるのか、まったく想像もつかない。こちらの意図は、ある程度掴んでいることだろう。なぜならば、炎の騎士たちが向かおうとしているのはランスロットたちの居場所であり、ミーティアたちはランスロットを護るため、全力を挙げているのだ。
そのランスロットだが、未だ術式の構築中であり、武装召喚師たちが護る中、呪文を唱え続けていた。彼の秘策がどの程度の効果を発揮するのかはわからないが、現状、彼の秘策に賭けるしかなかったし、彼を信頼してもいた。ほかの武装召喚師たちが秘策だなんだと言い出したわけではないのだ。ランスロットならば、信用できる。たとえそれが失敗に終わったのだとしても、納得もできた。
「ミーティア!」
シャルロットの鋭い叫び声が聞こえたときには、彼女は無意識に反応していた。シャルロットが発した警告は、なんのことはない、ミーティアたちには目もくれず、ランスロットたちの陣へと猛進する炎の騎士たちがいたからだ。当然、ランスロットに気を配っていたミーティアの視界も捉えていたし、体も動いている。消耗し続ける体力をさらに失いながら、地を蹴り、飛ぶ。叫ぶ。
「ぼくを飛ばせ!」
「は、はい!」
武装召喚師のひとりが思わず声を上擦らせながらも反応を示したかと思うと、ミーティアの背中を強烈な衝撃が貫いた。なにがしかの召喚武装の能力だろう。一瞬、息ができなくなるのではないかという威力の衝撃は、しかし、つぎの瞬間には緩和され、消え去っている。本陣からの支援効果がそれだ。そして、ミーティアは、自分の体が物凄まじい速度で砂漠地帯を飛び越えるのを実感し、三体の炎の騎士を射程に捉えた。
炎の騎士たちが一斉にこちらを向く。ミーティアは一番近い位置にいた炎の騎士の兜を踏みつけ、足場にして飛び越え、宙返りしながら一体化させたサークルハーフを投げつけた。戦輪と化した曲刀は、炎の騎士を背中から切り裂き、高速回転しながら全身をばらばらに引き裂く。爆発する直前に飛び離れたミーティアの元へ、炎の騎士が二体、肉薄する。爆発。騎士が一体、巻き込まれ、吹き飛ばされた。残る一体は、大剣を振り翳している。ミーティアが懐に滑り込むと、ちょうど彼女の手にサークルハーフが戻ってきた。ふたつの曲刀に分け、大剣が振り下ろされるより速く、騎士の股の間を潜り抜けるようにしながら足を切りつけ、炎の騎士の斬撃が空を切るのを肌で感じ取りながら立ち上がって振り向くと同時に背中を切り裂いている。そして、がら空きの騎士の背中を蹴りつけて飛び退き、爆炎が噴き出すのを見遣った瞬間、その爆炎の中から別の騎士が姿を見せた。
三体目の炎の騎士がようやくミーティアの元へ辿り着いたのだが、そのときには、彼女は既に対策を完了させていた。サークルハーフを合体させ、投げ放っている。高速回転する戦輪は、なんの躊躇もなく炎の騎士の首を刎ね、さらに胴体をでたらめに切り刻んだのち、爆発四散するのを見届けるようにして、彼女の元に戻ってくる。
「余裕……だね」
とはいったものの、彼女はもはや肩で息をしていて、呼吸を整えることさえ困難な状態だった。
だから、だろう。
ファラグが頭上に両腕を掲げていることに気づくのが遅れた。
そして気づいたときには、あまりにも遅すぎた。
ミーティアは、脇腹に激痛を覚え、その痛みの熱量に苦悶の声を発した。
見れば、紅い光の筋だった。
光の筋を辿れば、ファラグがこちらを見ていた。