第二千五百四十話 灼熱の魂(三)
「流星の兵士は全部で四十二体。その数に意味があるかはわからないが、こちらに向かってきている以上、接近戦を主体としているようだ」
ランスロットは、部隊を纏めると、彼なりに分析した情報を各員に伝えた。流星の兵士という呼称は、彼が考えたものだが、実際、そうとしかいえないのだから、問題はあるまい。火球から放たれた無数の流星、それがそのまま意思を持って動き出したような存在だ。目を向ければ、その異形に気づく。異形。全身を青白い炎に包まれた石人形のような、そんな外見。両目から発せられる碧い炎もまた、兵士たちの特徴といえば特徴だった。ゆっくりと、しかし確実に、こちらとの間合いを詰めてきている。そのおかげでそれらが遠距離攻撃手段を持っていないことが判明したともいえる。
そして、だからこそ、ファラグは、それらを火球に乗せて、こちらに撃ち込んできたのだろう。ファラグの近くに呼び出しても、盾にもならないからだ。
「つまり、ようやくぼくたちの出番ってわけか」
「そういうこと。ミーティア、シャルロットには、隊員たちを率いて、流星の兵士たちを処理してもらいたいな。遠距離攻撃隊もできる限り支援するが、期待はしないでほしい。さっきのでだいぶ疲れた」
「まあ、そうだろうな。奴らの処理は、わたしたちに任せてもらおう」
「ああ、頼んだ」
ランスロットは、ミーティアとシャルロットに頼もしさを覚えずにはいられなかった。長年、ニーウェハインの側近としてともに戦い続けてきた間柄だ。ほかの武装召喚師たち以上に信頼しているし、実際に頼りになるのは間違いなかった。
「でも、そのあとはどうするのさ? 現状、手の打ちようがないけど?」
「俺に秘策がある」
「秘策?」
「ああ……あまり使いたくなかったんだけどさ」
ランスロットは、軽く肩を竦めて見せて、ミーティアのきょとんとした反応に苦笑した。ミーティアには、わからないことだろう。シャルロットにもだ。ふたりは生粋の武装召喚師ではないし、イェルカイム=カーラヴィーアとは、深い関わりもない。ふたりにとってイェルカイムはニーウェハインの師であり、ニーナの親友という印象くらいしかないはずだ。その点、ランスロットは違う。
武装召喚師としてのイェルカイムは、尊敬に値する人物だった。
「でもまあ、こういう状況じゃあ、なりふり構ってなんていられないさ」
「うん? よくわかんないけど、それがなれば、勝てる?」
「どうだろうな。現状、ファラグにはこちらの攻撃は一切届いていない。だから秘策を使うんだけど、それも届かない可能性だって十二分にある。なにせ、相手が相手だからね」
相手がただの人間ならば、骨も残さず消滅させること請け合いなのは間違いない。人間だけではない。たとえ相手が皇魔であっても、いや、神人や神獣だろうと、容易く消し飛ばせるだろう。“核”ごと消滅させることくらい、問題ない。彼の秘策とは、それくらい強力なものだ。しかし、相手が神の分霊であり、とてつもなく絶大な力を持っていることが明らかになっている以上、同じ結果を引き出せるかどうかは不明だ。やってみなければわからない。そして、やってみて、それが無駄に終わった場合、打つ手はなくなる。
「だが、それに賭けるしかないんだろう? だったら、信じるだけのことだ」
「ま、そうだね。ランスロットならさ」
「俺なら?」
「やってやれないことはないっしょ」
「軽くいってくれるなー」
「ふふん。ニーウェハイン皇帝陛下の三武卿がひとり、光武卿ランスロット=ガーランド殿なれば、やってやれないことはありますまい?」
「いや、改まっていわれたからって、なにが変わるわけもないんだけど」
ミーティアのおどけかたには、ランスロットもなんともいえない顔になった。普段通りの彼女の言動がランスロットの心を軽くしてくれたのは、いうまでもない。彼女なりにランスロットが緊張していることを察し、解きほぐしてくれたのだろう。
「まあ、やってみるさ」
「じゃあ、ぼくたちはぼくたちの役目を果たすよ」
「そうだな。行こう」
「うん!」
シャルロットとミーティアがランスロットの前か消えると、五百名の武装召喚師の内、三百名以上がふたりに続いた。つまり、それだけの人数が近接攻撃主体だということだ。残った百数十人のうち、数十人が冷気結界の構築に当たり、百人がランスロットの指揮下で命令を待っている。
武装召喚術は、武装召喚師が術式に思い描いた武器や防具を召喚する技術だ。もちろん、思い描いた通りの召喚武装が呼び出せるとは限らない。術式で指定した形状、能力とは異なる武器や防具を召喚してしまうことは、武装召喚術においてはままあることだったし、それはつまり、該当する召喚武装が異世界に存在しないということの現れなのだ。その場合、召喚に成功した武器防具で満足するか、別の術式を試す以外にはない。そうして自分に合った召喚武装と巡り会うことができるかどうかは、運次第だ。
多くの場合、武装召喚師たちは、自分の戦い方にあった召喚武装を呼び出す。どれだけ強力な召喚武装であっても、使いこなせなければ意味がないからだ。遠距離攻撃用の召喚武装よりも近距離戦闘用の召喚武装が好まれるのも、そのためだ。遠距離攻撃武器よりも近距離攻撃武器のほうが扱いやすいというのは、召喚武装においても同じことなのだ。しかも召喚武装の場合、近距離武器だからといって、遠距離の敵を攻撃できないかというと、必ずしもそうではない。
召喚武装は、ただそれだけで強力な武器防具だが、特筆すべきはそれらが特異な能力を秘めいていることだろう。ライトメアならば光波を撃ち出すという能力があるが、魔法の存在しないこの世界において、そういった能力は極めて特殊であり、故にこそ強力無比だった。だが、その強力さ故、扱いが難しく、だれもが簡単に使えるような代物ではなかった。使いこなすには、凄まじい修練と研鑽が必要だ。
帝国が数十年前の武装召喚術との邂逅後、すぐさま取り入れ、武装召喚師の育成に力を入れたのは、先見の明があったとしかいいようがない。おかげで帝国は最大二万もの武装召喚師を保有する武装召喚師の国となった。その二万人の武装召喚師たちが切磋琢磨し、技術を磨き合い、研鑽し合った結果、イェルカイムのような天才中の天才が現れたのだから。
ランスロットは、いま、帝国が誇る天災武装召喚師イェルカイム=カーラヴィーアが、独自に開発し、完成を見ながらも、結局は禁断の秘術として封印することを決意した技術を再現しようとしている。イェルカイムがなぜ、それを禁忌としたのかについては、少し考えればだれにでもわかることだろう。
あまりにも強力すぎるからだ。
ただでさえ、召喚武装というのは強力だ。
イェルカイムは常々いっていたものだ。
『召喚武装でさえ、ひとの手に余る。そうは思わないかね?』
では、そう思っているのならばなぜ、武装召喚師を続けているのか、という疑問に対しては、彼は肩を竦めた。
『知的探究心とでもいえばいいか。限界を知りたいのだよ。人間の技術の限界を』
そうして、イェルカイムは、研鑽に研鑽を積み重ね、武装召喚術のさらなる高みへと辿り着いた。武装召喚術五十年の歴史において、彼以外のだれひとりとして到達できなかったであろう領域に、イェルカイムただひとりが辿り着いたのだ。
彼は、おそらく――いや、確実に世界最高の武装召喚師だった。
ランスロットは、ライトメアを送還すると、部下たちに各部隊の支援を支持し、複合化した呪文を唱え始めた。