第二千五百三十九話 灼熱の魂(二)
「その程度か。人間よ。その程度なのか」
ランスロットたちが愕然としている中、声が響いた。その女の声は、ランスロットの古い記憶を呼び覚ますものであり、彼は、それがやはりマリアンの変わり果てた姿であると認識せざるを得なかった。マリアンの声だからだ。マリアンの肉体が分霊の依り代となっている。
「我は火天星ファラグ。灼光陣を司る、光明神ナリアが分霊なり」
それは、遙か上空からそう名乗ってくると、全身に帯びた炎の如き部位を燃え盛らせた。爆発的に膨れあがった炎が渦を巻き、幾重もの熱波となって地上のランスロットたちに降り注ぐ。
「灼光陣に踏み入り、清浄なる炎を穢したるものらよ。灼熱の光の中に浄化されるがいい」
物凄まじい熱波は、武装召喚師たちが作り出していた冷気の結界とでもいうべき領域を容易く破壊し、ランスロットたちを超高温の渦で包み込んだ。
「ぐおおお!」
「あっつううい!」
「くっ」
だれもが高熱の奔流に包まれて、そのあまりの痛みに悲鳴を上げたものの、その痛みが致命傷に発展するようなことはなかった。全員が全員、神の加護を受けている。神だけではない。複数の召喚武装が全部隊に作用している上、第一陣に属する武装召喚師五百名のうち、支援型召喚武装の使い手たちがその能力を発揮し、ランスロットたちの戦いを支援しているのだ。故に並大抵の攻撃で死ぬようなことはない。特にいまのような、こちらを試すような攻撃に負けることはないのだ。
とはいえ、熱対策を施していなければ、全身が干涸らびてしまうのは間違いなく、ランスロットはすぐさま冷気結界の再構築を促した。そのためにまず暴風でもって周囲の熱を吹き飛ばし、氷柱を中心とする陣を築こうとする。が、二度、同じ手は使えなかった。ファラグと名乗ったナリアの分霊が動いたからだ。上空から手を振り下ろすというそんな小さな動作ひとつで熱風が吹き荒れ、生み出されたばかりの氷柱を溶かし尽くした。下がり始めた周囲の気温が一気に上がり、体力が奪われる。マユリ神の加護や召喚武装の能力によってどれだけ強化されていても、体内の水分を奪われてはどうしようもない。
ランスロットは、ファラグの注意を引くべく部隊から離れると、ライトメアを掲げた。光波による狙撃を行うものの、やはり、ファラグに到達する前に消し飛ばされてしまう。ほかの武装召喚師たちによる攻撃の数々もだ。凄まじい熱量がファラグの周囲に発生し、ランスロットたちの攻撃程度では、その熱量の壁を突破できないのだ。すべて、軽々と消し飛ばされてしまう。軽々と、だ。ファラグを見る限り、本気を出しているという風でもない。ただ、軽くいなしているだけのようなのだ。
つまり、ファラグが本気になればこの程度では済まないということだ。
「あの様子を見て、本気だとは想えないが……」
ランスロットは、味方の元に戻るなり、シャルロットたちにそういった。
「灼光陣とやらの内側に入り込まれてなお本気を出せないのには、理由がありそうだな」
「八極大光陣の維持に力を割いているとか?」
「たぶん、それだと想う」
「じゃあ、あれが本気を出すことはないってこと?」
「おかげで、こちらにも勝機があるということさ」
ランスロットは皮肉に口を歪めながら、大量の汗に辟易している様子のミーティアを見た。ミーティアといい、シャルロットといい、ほかの武装召喚師たちといい、接近戦に特化したものたちは、現状、為す術もなく、この真夏の昼間以上の熱気の中を耐え凌がねばならず、だれもが苦悶の中にいた。ランスロットたちとて同じといえば同じだが、攻撃に意識を集中させるだけ、熱に耐えられることができるのだ。もっとも、その差は微々たるものでしかない。
やはり、この状況を打開するには、まず、熱をどうにかしなければなるまい。でなければ、ファラグを斃す方法も思いつかない。
「でも、どうするのさ? ランスロットの攻撃さえ届かない上、あいつ、降りてくる気配もないよ?」
「降りてはこないだろうな。ミーティアのいったように八極大光陣の維持が目的なら、あの場から動くとは考えにくい」
「おかげでこちらに本気の攻撃が来ることはないんだけど……」
ランスロットは、こちらが冷気結界の構築に動くたび、軽く腕を振り回して熱波を発生させ、降り注がせてくる分霊を睨み、肩を竦めた。冷気結界の構築は、そのたびに振り出しに戻っている。だからといって冷気結界を作らなければ、この周囲の超高温に耐えつつ、ファラグの攻撃にも耐えなければならず、やはりなんとしても熱対策はしなければならなかった。熱対策を講じつつ、ファラグの斃し方も考えなければならない。
と、そのときだった。ファラグが両腕を頭上に掲げたかと思うと、ランスロットの視界が大きく歪んだ。全身を包み込んでいた熱が一瞬、消え去る。まるでファラグに奪い去られたのではないかと思ったが、実際、その通りだったのだろう。ファラグが掲げた両手の先に炎の塊が生まれていた。それは大きく球状に膨れあがると、さながら太陽のようなまばゆい輝きと熱を発した。ファラグよりも遙かに巨大な火球が形成されていく。
「なにあれ……」
「まさか投げつけてくるつもりじゃないだろうな」
「そのまさかでしょ」
「嘘でしょ……」
「あの火球を撃ち落とす! 俺に続け!」
ランスロットは、ライトメアを構えると、透かさず叫び、遠距離攻撃部隊に命じた。そうしている間にも、ファラグが両腕をこちらに向かって振り下ろし、火球が手の先から投げ放たれる。周囲の風景を大きく歪めるほどの熱気を発する炎の塊は、ゆっくりと、しかし確実にランスロットたちの元へと迫ってくる。そこへ、ライトメアが放った光芒が突き刺さった。
「当たった!」
「当たり前!」
ミーティアの歓声を受けて、ランスロットは告げた。ファラグさえ動かなければ、ランスロットたちの攻撃が阻害されることはないはずだ。たとえどれほどの力が集められたのだとしても、ファラグの手を離れた火球にライトメアの攻撃を打ち消すほどの力があるとは思いがたい。そして実際、その推測は当たった。ライトメアの光芒のみならず、部下たちの発した様々な攻撃が火球に直撃していく。直撃するたびに火球の落下速度は減衰し、わずかに削れていった。ランスロットたちの嵐のような猛攻は、極大の火球を瞬く間に小さくしていき、ついには、耐えきれなくなった火球が中空で爆散した。だが、物凄まじい熱波となって拡散していくそのなかに無数の流星を見たランスロットは、嫌な予感に目を細めた。汗が目に流れ込んでくるのを止められない。
爆散した火球から降り注いだ流星は、ランスロットたちの陣にこそ落ちなかったものの、周囲一帯広範囲に渡って散らばるようにして、灼熱の大地に突き刺さった。そして、それら流星がつぎつぎと動き出すのを察知して、ファラグの火球の真意を把握する。ファラグは、火球でランスロットたちを焼き払うのが目的ではなかったのだ。破壊できる程度の火球に全力を注がせることで消耗を誘い、その状況下に戦力を投入する。それがファラグが火球を放った本当の目的であり、ランスロットたちは、ファラグの策にかかったということだ。
ランスロットは思わず舌打ちして、周囲を警戒した。流星の落下地点に蠢くのは、強力な熱量を持ったなにものか。分霊の、化身とでもいうべきなのかどうか。
「な、なに、なんなの?」
「新手か?」
「まあ、さっきの火球の中に隠れていたんだけど」
「どういうこと?」
疑問符を上げてくるミーティアにランスロットは軽く説明し、すぐさま全軍に対応するよう命令を飛ばした。火球から放たれた流星は数十。それらは、ランスロットたちを包囲するように展開し、動き出していた。
ファラグを討つには、まず、この熱気と流星の兵士たちをどうにかしなければ、ならない。