第二千五百三十七話 八極大光陣(七)
「全部隊、目標地点への転送に成功。各自、使徒と思しき存在を確認、それぞれに戦闘を開始した。マユラもそれに続いている」
マユリは、通信器を通して本陣のニーウェハインらに報告をしながらも、室内の壁や天井、床に投影された戦場図の動きを把握するべく、全神経を集中させていた。報告するべき事項といえば、大したものはない。状況は動いたが、大きく変わったというわけではないのだ。なにせ、八極大光陣へ攻略部隊を送り込んだだけのことだ。そのようなことすらいちいち報告しなければならないのが人間の組織の面倒なところだが、致し方がない。状況が動くまでなんの報告もしなければ、彼らを不安にさせるだけのことになる。
それはそれで構わないことではあるのだが、あまり不安にさせすぎると、暴発の恐れがある。
統一帝国軍の全戦力がディヴノアを中心として広範囲に布陣している。築き上げられた陣地の数々は、出撃準備が整い、号令を待ちわびているのだ。緊張感が本陣を始め、すべての陣地を包み込んでいる。いつよからぬ事が起きて暴発するものか、わかったものではない。無論、そのようなことが起きる可能性は限りなく低いが、低いとはいえ、気にしないわけにはいかないのだ。
「さて。こちらもそろそろ動くべきだな」
彼女は、自身が特別に招集した武装召喚師たちに視線を向けた。戦場図の光点は、さまざまに動いているものの、その様子からは、戦いの優劣は窺い知れない。ただ、八極大光陣を司る使徒の光点は、やはり極めて強い輝きを放っており、五百の光点の集合体よりも勝っているように見えてならなかった。
「わたしの出番、ですね!」
エリナが、マユリの視線の先で俄然やる気を出したように目を輝かせた。その周りには、マユリに呼び集められた選りすぐりの武装召喚師たちがいる。ハスライン=ユーニヴァス、ラズ=フォリオン、カルーナ=エニス。エリナを含めたその四人が、まだ劣っているかもしれない戦力差を覆しうる要素であり、マユリが勝機を見出した最大の理由だ。
彼ら四人の召喚武装というのは、支援能力に特化したものだ。
エリナの召喚武装フォースフェザーは、対象の戦闘に関する能力を向上させることができる。ハスラインの召喚武装ウォーメイカーは、対象の状態がどうであろうと死ぬまで戦い続けさせるという特異な能力を持っている。ラズの召喚武装バイタルグローブは生命力を増強し、カルーナの召喚武装ティアリングは自然治癒力を強化する。
マユリは、それら召喚武装の能力を戦神盤と組み合わせることで、戦神盤が戦力と認知したすべての自軍戦力に適用させようと考えていた。そうすることで、攻略部隊の戦闘力はマユリが加護するだけよりも遙かに向上し、勝機も見えてくるだろう。ほかにも支援系召喚武装の使い手は少なくなかったが、戦神盤を通してすべての戦闘員に適用させるには、この四つの召喚武装の組み合わせが限度だった。どれかひとつを別の召喚武装に組み替えることも考えてみたが、失敗に終わっている。
これ以上最良の組み合わせは、いまのところ思いつかず、故にマユリは四人を特別に招集したのだ。
「そうだ。おまえたちの出番だ」
マユリは、思わず笑顔になりそうになるのを抑えながら、エリナを見つめた。
「おまえたちは、先の実験通り、召喚武装の能力をわたしに使ってくれればいい。わたしが戦神盤を通し、戦場にいるすべての味方に拡散しよう。さすれば、おまえたちの召喚武装の力が、八極大光陣攻略部隊の力となり、必ずや勝利をもたらすだろう」
「はい!」
エリナはだれよりも威勢良く返事をすると、右腕の腕輪に触れた。四枚の羽根飾りが特徴的な召喚武装は、彼女が人差し指で触れることで発動し、その能力を対象に作用させる。四色四枚の羽根飾りには、色ごとに異なる力があり、彼女がこの度発動したのは、赤い羽だった。赤い羽は、身体能力を向上させる。つまり、マユリの身体能力が底上げされたということだ。
「仰せのままに」
「はいはーい」
ラズとカルーナがそれぞれの召喚武装をマユリに向け、発動させる。ラズのバイタルグローブは、ごてごてした手套だ。複雑な機構が仕組まれたそれは、大きく展開すると、手のひらの部分から光を発し、マユリに注がれた。カルーナのティアリングは、雫か涙を想起させるような宝石が特徴的な指輪であり、カルーナがその宝石に口づけることで能力が発動した。
「まあ、いわれたとおりにはしますがね。しかし、よりにもよってウォーメイカーの出番とは」
「ウォーメイカーこそが最重要なのだよ」
「ほう……?」
ハスラインがわずかに眉尻を上げたのは、内心狂喜乱舞しているからだろう。彼は、承認欲求の強い人物だ。持ち上げれば持ち上げるだけ、やる気を出すというラミューリンのハスライン評は、的を射ていた。実際、ハスラインに関しては、ほかのふたり以上に扱いやすく、マユリにはありがたかった。もっとも、ハスラインの召喚武装ウォーメイカーが最重要というのは、嘘ではない。
「八極大光陣の攻略は、生半可な覚悟ではできない。帝国が誇る武装召喚師五百人をただぶつけるだけでは、落とせるものかどうか」
言葉を濁したものの、それだけでは決して落とせないからこそ、ファリアたちを分散させたという事実からは目を背けようもない。五百人でよければ、帝国の戦力だけでどうにでもなりそうならば、それだけでよかった。そうすれば、ファリアたちを別の目的に使うこともできたのだ。だが、それは許されなかった。敵がナリアであり、ナリアの絶対無敵の布陣たる八極大光陣には、その使徒か、もしくは分霊が当たるものと想われたからだ。そしてその想像は、当たった。
八極大光陣を司るのは、ナリアの分霊であり、使徒ですらなかった。分霊となれば、その力は、使徒とすら比べものにならない。
現状、それぞれの陣に投入した戦力だけでは、力不足は否めなかった。
だからこそ、マユリは、戦神盤を利用し、複数の召喚武装で支援することにしたのだ。そうすれば、マユリの加護も合わさり、また、攻略部隊内での支援能力も加わり、戦力は大幅に増強される。だが、それでも困難を極める相手だということは、想像に難くない。
「どのような状況に陥っても、戦意を途切れさせるわけにはいかない、ということですかな」
「そういうことだ」
ハスラインが指揮棒のような召喚武装を振り回すのを見つめながら、マユリは肯定した。ウォーメイカーの能力のひとつには、周囲の味方を鼓舞し、どれだけ傷つき、疲れ果てても、たとえ肉体が損壊し、瀕死の状態になっても戦い続けさせるという恐ろしいものがある。まさに戦士を狂戦士へと変える魔法の杖だが、そんな恐ろしい能力にさえ希望を見出さなければならないほど、状況は最悪だった。
マユリは、四人の召喚武装の能力を受け止めると、ラミューリンに視線を向けた。ラミューリンは、部屋の中心に座し、戦神盤と向き合っている。彼女は現在、超広範囲に及ぶ戦場の情報をすべて受け止め、その処理に追われているのだ。もちろん、マユリがラミューリンを補助している以上、ラミューリンが我を失い、混乱するようなことはないにしても、人間の手には余る情報量なのは疑いようもない。
マユリは、受け止めた力を自身の力とともに戦神盤に注ぎ込み、戦神盤を通して、戦場全域の自軍戦力に送り届けた。何度となく実験したことだ。失敗することはなかったし、敵にも作用するというようなことも起きない。戦神盤が操れるのは、時間以外には、自軍戦力のみだ。その戦神盤を通しているのだから、支援能力が作用するのもまた、自軍戦力のみなのだ。
すると、見る見るうちに戦場図の無数の光点が輝きを増していった。
「マユリ様!」
「ああ、成功したな」
「いえ、そうではなく、移動城塞に動きが」
「なに?」
ラミューリンからの警告にマユリは、透かさず視線を移動させた。戦場図において、移動城塞の位置というのは極めてわかりやすい。百二十万以上の光点が密集しているのだ。一目でそれとわかる。そして、その密集した百二十万の光点に目を向けたとき、マユリは状況を理解した。
光点が一斉に動き出し、光の激流が起こったのだ。