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第二千五百三十三話 八極大光陣(三)

 空間転移が終わり、まず最初に目の当たりにしたのは、視界を覆う土壁であり、土柱が乱立する奇妙な光景だった。塔の中に転送されたはずだというのに建物の内部に相応しい景色ではないのはどういうことかと視線を巡らせても、答えが見つかるはずもない。どこまでも続く大地の上、無数の土柱が聳え立ち、前方には土壁が遙か頭上まで伸び上がっていることがわかっただけだ。

「これが八極大光陣ってわけ?」

 ミリュウは、怪訝な顔になるのを自覚しながらも、それ以外に考えられないという事実に行き当たり、目を細めた。それから、皆の無事を確認する。ミリュウとともに作戦に当たるのは、ダルクスと五百名の帝国武装召喚師だ。いずれも無事なのは当然のことだが、それでも確認せずにはいられなかったのは、転送された先が予期せぬ空間だったからだ。

 塔の中を想像していた。

 塔の外観は、一度見ている。白く輝く塔の内部が彼女が想像したものとまったく異なることそのものはよくあることだ。建物の内部と外観が結びつかない事自体は、めずらしいことでもなんでもない。しかし、建物の内部に広大な大地が横たわり、水平の彼方まで続く空が広がっていることは、通常、ありえないことだ。空間がねじ曲がっている。

「ラミューリン様が転送先を間違うとは想えませんが」

「わかってるわよ。だから、ここが塔の中、なんでしょうけど」

 帝国の武装召喚師からの意見に耳を貸しながら、ミリュウは、警戒心を全開にしながら再び周囲を見回した。ここが塔の内部、つまり八極大光陣のひとつというのであれば、どこかに使徒がいるはずだ。八極大光陣を司り、ミリュウたちが斃すべき使徒が、どこかに潜んでいるはずなのだ。

 ダルクスや武装召喚師たちも索敵を開始する中、ミリュウは、土柱の森とでもいうべき空間に聳える途方もなく巨大な土壁に注目した。林立する土柱よりも遙かに大きく、凄まじいとしかいいようのない規模を誇るそれからは、とてつもない圧力を感じずにはいられない。

「使徒……あの中にいるんじゃないでしょうね?」

「……では、一斉に攻撃してみますか? いかに使徒なるものといえど、我々の集中攻撃を受ければ、一溜まりもありますまい」

「……それはいい案かもね」

 老練そうな武装召喚師の提案を肯定しながら、ミリュウは、もう一度土壁を見据えた。もし、使徒が土壁の中にいるというのであれば、こちらの存在に気づいていないはずもないのだが、だとしてもなにもしてこず、じっとこちらの出方を窺っているのであれば、その状況を利用しない手はない。先制攻撃で使徒を撃破できたのであれば、それに越したことはないのだ。

「全員、あたしの号令とともにあの壁を攻撃するのよ。わかったわね」

『はっ!』

 五百名の武装召喚師がそれぞれの召喚武装を土壁に向けたそのときだ。

 大地が激しく揺れたかと想うと、土壁が飛散し、土砂がミリュウたちを飲み込んだ。


 戦神盤による空間転移は、黒き矛の空間転移よりはあっさりとしている。

 黒き矛の空間転移は、まるで自分がこの世からいなくなるような不安を覚えるくらいに強烈な違和感があるのだが、戦神盤のそれは、そこまで強いものではなく、一瞬のうちにすべてが終わった。ディヴノアの本陣より、移動城塞の八つの塔、そのひとつの中へ。気がつくと、目の前の風景のみならず、全身で感じていた空気感さえも激変している。風が流れている。それもかなり強い風だった。

「ここが……八極大光陣の中か」

 シーラは、ハートオブビーストを握り締める手に力が籠もるのを認めつつ、目の前の風景にまず目を留めた。塔の中の景色とは想えない光景だった。広大な大地が横たわり、地平の果てまで続いている。頭上には、見事なまでの蒼穹が広がっていて、雲ひとつ見当たらなかった。その空に違和感を覚えた原因は、太陽がないからだろう。太陽の存在しない空。偽りの空。つまりここは、塔の中に作り上げられた偽りの世界ということだ。

 おそらく、八極大光陣を司る使徒とやらが作り出した世界なのだろうが、それがなにを意味しているのかは、シーラには想像もつかない。使徒が得意とする戦場なのか、それとも、まったく別の意味を持つものなのか。いずれにせよ、いま、シーラが興味を持っているのは、その使徒がどこにいるのかということだ。

 風が強い。吹き荒れている。大気を掻き乱し、渦を巻き、音を立てている。まるで悲鳴だ。絶望的な悲鳴のような大気のうなりが、シーラの耳朶に響いていた。当然、シーラの長い髪も風に遊ばれ、激しく揺れている。シーラの髪だけではない。彼女の部隊に配属された五百名の武装召喚師たちの髪や召喚武装も、ものによっては風に揺れていた。

 この激しい風がこの空間特有のものなのか、それとも、使徒が発生させているものなのかもわかっていない。前者ならば黙殺しても構わないだろうが、後者ならばそういうわけにはいかないだろう。放っておけば、風に殺されかねない。

「さて……俺たちの敵はどこだ?」

 シーラが視線を巡らせたところで、風景に大きな変化はなかった。無限に続く大地が四方八方にも広がっているだけであり、雲ひとつ、太陽さえない蒼天にも変わりがない。すると、武装召喚師のひとりが空を指し示した。

「シーラ殿、あれを」

 促されるままに視線を向けると、蒼穹の遙か彼方に小さな竜巻があった。地上を吹き荒ぶ強風よりも凄まじい密度の大気の渦。それは、次第に大きくなっているように見えて、その実、地上に近づいてきていることがわかった。

「あれが……使徒か?」

 ほかに考えようもないが、だとすれば、あれが地上に到着する前に攻撃し、撃破するべきではないか。

 シーラはそう考えると、すぐさま部下たちに総攻撃を命じた。


 空間転移の完了とともに感じたのは、全身を包み込む乱暴な圧力だ。そして同時に口や鼻から流れ込んでくる水の理不尽なまでの勢いには、さすがの彼女も閉口せざるを得なかった。目も開けていられず、すぐに閉じなければならなかった。口を閉じ、鼻を塞ぐ。それでも全身を蹂躙せんとする圧力の前には、為す術もない。水の中だったのだ。膨大な量の水の中に投げ出された。

(嘘でございましょう!?)

 レムは悲鳴を上げたかったし、配下の武装召喚師たちが心配になったものの、いまは他人の心配をしている場合でもなかった。いくら不滅の存在とはいえ、水死と蘇生を繰り返すのは、気分のいいものではなかったし、想像したくもない。だが、圧倒的な水圧の暴力の前には、死神といえど、為す術もなかった。水中なのだ。身動きひとつ取れない。“死神”たちを呼び出すことさえ、できない。このままでは、水死するのみだ。レムだけならばまだしも、ほかの武装召喚師たちはどうなるのか。武装召喚師たちは、ただの人間なのだ。死ねば一度の命。蘇ることはない。無駄死にとなる。

(マユリ様……!)

 レムが救いを求めたのは、マユリ神に対してだが、心の声が届くはずもない。

 そう想った直後だった。

 レムは、なにものかによって強引に引き寄せられるのを認め、抗おうとしたが、それも意味を成さなかった。相手の力のほうが強かったからだ。そして、目を開き、一瞬にして安堵する。レムを引っ張った相手は、サグマウだった。彼は、海神の使徒だけあって、水中でもなに不自由なく行動できるようだった。そして彼の側には、巨大な船とも海洋生物とも思しき怪物の姿があった。

 タズマウだ。

 タズマウは、レムに近づいてくるなり、その巨大な口を最大限に開いた。


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