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第二千五百三十話 セツナの挑戦

 マユラ神の攻撃が開戦を告げると、本陣にてラミューリン=ヴィノセアが既に召喚していた戦神盤がその能力を発揮した。戦神盤による戦場の把握と認定が行われたのだ。本来ならば帝都ザイアス全域を掌握するのが限界だったが、マユリ神の加護によってその認識範囲が広がり、ディヴノアから移動城塞を越える範囲までもが戦場として認識できるとのことだった。だからこそ、セツナたちはディヴノアの本陣にあって開戦のときを待つことができたのだ。

 戦神盤が戦場を認定すると、ラミューリンがマユリ神に目配せをした。マユリ神はうなずき、セツナを見遣ってくる。

『準備はいいな?』

「いつでも」

『おまえの役割は時間稼ぎだ。くれぐれも力の消耗には気をつけろ』

「ああ」

 セツナがうなずくが早いか、視界が暗転した。そしてつぎの瞬間には、まばゆい輝きが視界を満たしていた。空間転移によって断絶された五感が復活するとともに視界に飛び込んできた莫大な量の光の奔流には、視覚が狂うのではないかと想うほど鮮烈かつ濃厚であり、セツナは思わず飛び退き、失笑を買った。戦神盤による空間転移、その転移先は、移動城塞内の女神ナリアの居場所だ。そして、セツナの反応を見て嗤ったのは、ナリアであり、ナリアは、光の中心にいた。

 ただひとり、佇んでいる。

「なにを恐れることがあるのです? 光は、ただの光ですよ」

「どうだか」

 セツナは、ナリアを見据えながら、黒き矛を握り、ゆっくりと構え直した。セツナがナリアの元に送り込まれたのは、ナリアの注意を引き、セツナに意識を集中させるためだ。八極大光陣への攻撃が悟られ、ナリアがそちらに赴けばすべてが台無しになる。この神々しいばかりの光に満ちた空間に引き留めておかなければならない。

 ナリアは、皇帝マリシアハインとしての姿ではなかった。いくつもの球を貫く幾重もの光輪を背負い、光の冠を頂き、肉体そのものが発光しているような、そんな状態。この室内に満ちた光を浴びて変容したというわけではあるまい。それが女神ナリアとしての姿なのだろう。セツナの記憶に強く焼き付いているのは、その姿のナリアに敗れ去ったからだ。

 この室内に満ちた光は、まず間違いなく八極大光陣が生み出す光であり、その光の中にいるナリアは、セツナが完全武装状態になったとしても斃せるものではない。

(八極大光陣は絶対無敵の布陣……か)

「ふふふ……あなたは知っているのでしょう。時が戻ろうと、記憶までは戻らない。そういう力が作用して、あのときに起きたことはすべてなかったことになった。あなたは、絶望の縁から掬い上げられ、自分を取り戻した。だから、こうしてひとりで挑みにきた、と……そういうことですね?」

「さあな。なんのことやら」

「隠さなくても、わかりますよ」

 ナリアは、艶然と微笑む。余裕に満ちた態度は、彼女が絶対的有利な立場にいるからだろうし、それは否定できるものではない。現状、セツナは、絶対的に不利な状況にある。八極大光陣によって強化されたナリアを打ち破るには、完全武装でもまだ足りない上、いまのセツナはカオスブリンガーしか召喚していなかった。つまり端から勝つつもりも、まともに戦うつもりもないということだ。それは、マユリ神のいっていたように、消耗を抑えるためだ。

 それでもナリアの気を引くには、セツナ自身が打って出なければならないのだから、黒き矛だけでも召喚しておくべきだろう。

「あなたたちの目的は、八極大光陣を打ち破ること。そして、その上でわたしを討ち滅ぼそうと考えているのでしょう」

「なんのことだ?」

 セツナは、とぼけて見せたが、ナリアは表情ひとつ変えなかった。こちらの考えなど見透かしているとでもいわんばかりに告げてくる。

「ですから、隠す必要はなにもありません。あなたたちの考えていることは、手に取るようにわかります。八極大光陣さえ打ち破ることができれば、わたしを斃せると、そう想っている。思い上がりも甚だしいと、想いませんか? セツナ」

「なにが思い上がりだ」

「わたしを、この光明神ナリアを滅ぼせると想っていることが、です」

「俺ならできるさ」

 黒き矛を目線の高さに掲げる。破壊的なまでに禍々しい矛は、ナリアへの憎悪と敵意、憤怒を滾らせていた。魔王の杖にしてみれば、神は滅ぼすべき敵でしかないのだ。その怒りを制御しなければならない。黒き矛の意志の赴くままに戦っていれば、死ぬのはこちらだ。

 もっとも、ナリアがセツナを殺すとすれば、余程追い詰められてのこととなるだろう。ナリアの目的は、セツナに黒き矛を使わせることだ。黒き矛に秘められた世界をも滅ぼすほどの力を解放させること。そのためには、セツナを生かさなければならない。たとえば、セツナを殺し、黒き矛を手に入れたところで、ナリアには使えるはずもないからだ。魔王の杖たる黒き矛が、神の意志に従うはずもない。では、セツナの代わりとなる使用者を探し出せるかというと、極めて困難だろう。ミリュウだけでなく、マリクですら逆流現象に飲まれかけたのだ。並大抵の人間では、黒き矛を扱うことはできない。黒き矛のつぎの使い手を見つけ出すのにどれほどの時間がかかるか、想像も付かなかった。一秒でも早く元の世界に還りたいと願っているナリアにしてみれば、それは最悪の事態といっていいだろう。

 故に、セツナはそう簡単には殺されない。

 だから、セツナがこの場に送り込まれた、というのもある。マユリ神も、そう見切ったのだ。ナリアはセツナを殺さないだろう、と。

「俺にはこいつがいる」

「……確かに黒き矛……魔王の杖ならば、神を滅ぼすことも不可能ではありません。が、いまのあなたでは、わたしを滅ぼすことは愚か、傷つけることもできないでしょう。わかりきっていること。なにもかも、無駄なのです。ですから、わたしのものになりなさい、セツナ」

「嫌だね」

 セツナがあっさりと拒絶すると、ナリアは、目を細めた。散乱する光の中で、女神はただひたすらに美しく、その美しさ故にこみ上げてくる怒りは爆発的だ。

「あんたの目的は、この世界を滅ぼすことなんだろう? この世界を滅ぼして、元の世界に還ること。それだけがあんたの目的で、そのために俺に黒き矛の力を暴走させようとしたんだ。あのとき」

「……覚えているではないですか。やはり、あなたたちの目的は八極大光陣の打破」

「たとえ、八極大光陣が打ち破られても、俺じゃああんたに勝てないんだろう? なにを焦る必要がある」

「それもそうですし……まあ、八極大光陣が破られることもありえないこと」

 ナリアは、悠然たる態度を崩さなかったし、自分が優位に立っているということも忘れていない。むしろ、セツナたちの挑戦を哀れむように、慈しむような素振りさえ見せている。表情が、極めて同情的だった。

「八極大光陣を司るは、わたしの分霊たる八光星。あなたがたがどれだけ力を合わせようと、容易く打ち破れるものではありません」

「そうかい。だったら、あんたはここで自分の分霊とやらが滅び去るのを待っていればいいさ」

 セツナは、ナリアのそんな言動が心の底から嫌いだった。深い慈悲の心を持ちながらも、本質的には邪悪以外のなにものでもない、というのがセツナのナリア評なのだが、それもこれも、ナリアがファリアたちを殺したという事実があるからにほかならない。もし、そうでなければ、そんなことがなければ、ナリアに対する評価も変わっていたのだろうが。

「待つと、想いますか?」

「行かせると想うかい?」

「ふふふ……面白いことをいう」

「冗談でもなんでもねえよ」

 セツナは告げて、ナリアに飛びかかった。

 


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