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第二百五十二話 嵐の如く

 ドルカ=フォームは、最初、なにが起きたのかと思った。

 武装召喚師と分断された敵部隊は、ドルカ隊によって包囲されていたのだ。ドルカ隊約九百人のほとんどを注ぎ込んで構築した包囲陣は、壁は薄く、簡単に突き破れるようになっていたが、それこそドルカ隊の思う壺だった。突出してきた敵兵たちをわざと外に出し、包囲陣の外で待機している部隊がそれを撃滅する。包囲陣を一度に突破してくる人数などたかが知れていて、包囲に参加していない人数だけでも十分だった。場合によっては、ドルカとニナも外周での殲滅に加わった。

 ドルカの副官たるニナの采配は、敵部隊をものの見事に制圧しようとしていた。五百ほどいた敵兵のうち、百人ほど討ち取っており、敵部隊の士気も目に見えて減っていった。それでも、勝利が確定したわけではない。

 こちらの武装召喚師が負ければ、形勢は簡単に逆転されるのだ。

 ルウファ・ゼノン=バルガザールから吉報を待っているとき、それは起こった。

 包囲陣の中心で血飛沫が上がったのだ。悲鳴があり、叫び声や怒号が飛んだ。

「なにがあった?」

「さあ?」

 ニナとともに首を傾げながら、ドルカは敵陣で起きた異変の成り行きを見守った。最初、造反があったのかと思った。包囲され、絶望的な状況に追い込まれた兵士が、国を裏切り、味方を切りつけたのかと考えたのだが、そんなことをしてもなんの意味もないことに気づいた。異変があったのは包囲陣の中心であり、味方を裏切ったところで、つぎの瞬間には殺されるだけだ。いくら追い詰められていても、さすがにそこまで愚かなことはすまい。

 やがて、包囲の兵士の報告から、中で起きたことの輪郭が見えてきた。包囲陣の中に突如として何者かが現れ、敵兵十数人を斬り殺して、消失したということだった。

「武装召喚師かな」

「それ以外考えられません」

「だったらこちら側の人間ということになる」

「ガンディアとザルワーン、両方の敵という可能性も」

「それもあるか」

 ドルカがニナとともに考えこんでいると、目の前の空間が歪んだ。前方には包囲陣があり、その先に敵兵の集団があるのだが、それらの情景が歪んで見えたのだ。ドルカが目をぱちくりさせると、なにかが出現したのがわかった。

 忽然と現れたのは、漆黒の鎧を纏い、黒き矛を手にした人物。それも、一本ではない。二本の黒き矛が、彼の手の内にあった。同じ形、同じ威圧感を持つ矛。どうみてもカオスブリンガーにしか見えない。

「カミヤ殿!?」

 ドルカは、驚きのあまり声を上ずらせたが、相手はこちらを一瞥してきただけだった。兜の下の赤い目が、妙に輝いているように見えた。ぞくりとする。一瞥されただけで、殺されたような感覚があった。

 ドルカは、掛ける言葉さえ思いつかなかった。なにかをいえば本当に殺されるのではないかという恐ろしさが、彼の身を竦ませた。全身が総毛立ち、汗が流れ落ちた。

 直後、黒き矛の戦士は、包囲陣の中へ飛び込んでいった。包囲の兵の遥か頭上を飛びこえ、敵集団の中へと消えていく。またしても、血飛沫が上がった。包囲陣の内側に血煙が蔓延するのに時間はかからなかった。包囲陣の中では、殺戮が起きている。

 圧倒的な暴力による、一方的な殺戮。

 ドルカは息を呑んだ。茫然とする。セツナの一瞥が、彼の思考さえも停止させてしまっていた。

「セツナ殿が来てくれたのなら、なんの心配もありませんね」

 ニナの一言で、ドルカは、自分を取り戻せたようなものだった。彼女があのまま沈黙を続けていれば、彼はしばらく自分を見失っていたかもしれない。

「元々、心配はなかったが……」

 ドルカは、負け惜しみではなく、いった。ニナの包囲陣はほとんど完璧に近く機能していたのだ。このまま推移していれば、ドルカ隊の勝利は間違いなかった。戦況が覆されることがあるとすれば、ルウファが敵武装召喚師に破れ、こちらの戦場に戻ってきた場合くらいのものだ。あるいは、アスタル隊が敗れ、アスタル隊に当たっていた戦力がこちらに雪崩れ込んできた場合だ。しかし、それはなさそうな状況だった。伝令から伝え聞いた戦況から判断する限り、アスタル隊の優勢は揺るぎないようだ。

「負ける要素はなくなったな」

 ドルカは、動悸が収まるのを待って、つぶやいた。

 包囲陣の中、セツナの姿はまたしても消失していた。すぐに戻ってくるのだろう。黒き矛には、そういう能力があるようだった。

 理不尽極まりない能力だが、味方としてはこれ以上ないくらいに頼もしいのも事実だ。彼がいる限り、西進軍は負けを知らずに済む。被害も少ないのだ。なにもいうことはない。

 恐ろしくとも。

「どういう情勢です?」

 不意に聞こえてきた声に振り返ると、ルウファが翼を羽ばたかせながら降下してくるところだった。ドルカは、彼の姿を目視した瞬間、なんと声をかければいいのかわからなかった。一見して痛ましい姿だった。着込んだ鎧は破壊され、大小無数の傷を負っている。ドルカには想像もつかないような苛烈な戦いをくぐり抜けてきたのだろう。顔面は蒼白で、血の気がなかった。目にも生気がない。

「これは、副長殿。ご無事だったようでなによりです」

 ドルカが、当り障りのない言葉を送ると、ルウファは苦笑したようだった。

「無事といえるかはわかりませんが、なんとか、ザルワーンの武装召喚師ザイン=ヴリディアを撃破しました」

 彼は着地すると、シルフィードフェザーを翼からマント状態に戻したが、勢い余って転けそうになった。ニナが咄嗟に彼の肩を支える。精も根も尽き果て、平衡を保つことさえ難しいのかもしれない。

 ドルカは、ルウファを心の底から賞賛したい気持ちでいっぱいではあったが、口をついて出た言葉は簡素なものだ。

「さすがは《獅子の尾》副長!」

「褒めてもなにも出ませんよ。それより、戦況はどうなんです?」

 土気色の顔は、見るからに痛々しいのだが、彼はそんなことよりも戦況が気になっていた。それはそうだろう。彼は戦場を離れていたのだ。戦場を離れ、敵武装召喚師の相手をするのが、彼のこの戦いにおける役割だった。そして彼は、満身創痍になりながらも、役目を果たしたのだ。激賞されるべきだろう。彼自身武装召喚師とはいえ、武装召喚師を撃破したという事実は、この戦いにおいて大きな意味を持つ。

 もっとも、戦場を飛び回るセツナという規格外の存在が、すべての武装召喚師を圧倒していたという可能性も捨てきれないのだが。

「勝ちました。ルウファ殿はゆっくり休んでいてください」

「勝った? まだ戦闘中じゃ……あ」

 ルウファが包囲陣を見遣り、言葉を失ったのは、三度、黒き矛のセツナが出現したからだろう。ドルカは、彼の反応だけでそれと知り、それから視線を包囲陣に向けた。

 数多の敵兵が、天高く打ち上げられていた。何十人もの人間が、空を舞っているのだ。そして、直後には無数の肉片へと変わり果てている。ドルカの目では追い切れないのだが、きっと、黒き矛が振り回されたのだろう。

「まさか隊長?」

「そのまさかですよ」

 ドルカが肯定すると、ルウファはなぜか乾いた笑いをこぼしていた。

 黒き矛のセツナの戦いは何度か目の当たりにしたことがあるが、いま目の前で繰り広げられているのは、これまでの戦いの比ではなかった。比較しようもないのだ。嵐のような、とでもいうべき戦いであり、嵐の中心は目に見えず、ただ暴風の爪痕だけが厳然たる事実として残っている。敵兵は瞬く間に死体となり、悲鳴を上げることさえかなわない。悲鳴を上げているのは、まだ生きている兵士たちであり、彼らは逃げるために包囲陣を打ち破った。外周に控えていた兵士たちがそれらを打ち取るのに時間はかからない。

 ドルカも、目の前まで走ってきた兵士を大型剣の一撃で殴殺した。

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