第二千五百二十八話 決戦前夜(後)
大陸暦五百六年九月三十日。
統一ザイオン帝国軍の全戦力がディヴノアを本陣とする陣地に結集した。ディヴノアの東西に広域に渡って築き上げられた無数の陣地に数多の将兵が集ったのだ。およそ八十万。そのうち、武装召喚師は四千名ほどで、四千名のうちの三千名が八極大光陣攻略部隊に割り当てられている。
八極大光陣攻略部隊は、全部で六部隊。
第一陣は、ランスロット=ガーランドを隊長とし、シャルロット=モルガーナ、ミーティア・アルマァル=ラナシエラら三武卿が揃い踏みとなっている。三武卿を第一陣としたのは、統一帝国の体裁を考えてのことだろう。三武卿に加え、五百名の武装召喚師が隊に属している。
第二陣は、ファリア=アスラリアを隊長とし、五百名の統一帝国軍武装召喚師が隊員となっている。ファリアは、それら五百名の武装召喚師たちとの交流を多少なりとも図ろうとし、苦労していたようだった。
第三陣は、ミリュウ=リヴァイアを隊長とし、ダルクスが彼女の補佐についていた。そして、五百名の武装召喚師たちだ。ミリュウは、部下となる武装召喚師たちとわかり合うつもりもないといった態度だった。彼女らしいといえば、彼女らしいだろう。
第四陣は、シーラが隊長に選ばれたのだが、それはハートオブビーストの能力を当てにしてのことだけでなく、隊長としての適正の有無もあるようだ。配下には同じく五百名の武装召喚師たち。
第五陣の隊長はレムだ。第五陣にはサグマウが加わっており、既に合流していた。異形の巨人の如き彼の威容は、配下の武装召喚師たちの度肝を抜いたようで、打ち解けるのも困難なようだった。それは当然の反応といってよかったが、サグマウの心情を想えば、心苦しいといわざるを得ない。彼は、なにも気にしていないとのことだが。
第六陣の隊長にはエスクが選ばれ、補佐としてウルクがついている。無論、五百名の武装召喚師もだ。エスクは、持ち前の人柄ですぐに配下と打ち解けたようで、彼の部隊はほかのどの部隊よりも熱気があった。
八極大光陣は、全部で八つの陣からなる結界だ。六つの部隊で六つの陣に当たり、残りふたつは、マユラ神が担当することになっている。さすがは神というべきだろう。ほかの部隊が五百名以上でひとつの陣に当たるのに対し、マユラ神は、たったひとりでふたつの陣に当たるというのだ。相手は、神ではない。神の使徒、あるいは分霊なのだ。それくらいはできて当然だという考えが、マユリ神やマユラ神にはあるらしい。
本陣にあって戦いの経過を見守るのは、統一帝国の首脳陣だ。皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンを筆頭に、大総督ニーナ・アルグ=ザイオン以下各総督たちが集まり、ラミューリン=ヴィノセアや女神マユリからもたらされる情報に一喜一憂することとなるだろう。こういう場合、本陣にあって、ただ戦闘経過を聞いているだけのほうが辛いだろうことは、想像するまでもない。
マユリ神は、本陣にあって、全戦域の状況を見守る役割を持つ。それにはラミューリン=ヴィノセアと召喚武装・戦神盤の能力が必要不可欠であり、マユリ神は、ラミューリンあっての戦術であると彼女を激賞していた。ラミューリンがいなければ、八極大光陣を攻略するということさえ思いつかなかったかもしれないというのだ。
戦神盤の能力によって戦場の情報を絶え間なく監視し、掌握することができるのだ。そのおかげで八極大光陣の秘密を垣間見ることができ、攻略法が思いついている。そして、戦神盤の新たな使い道により、勝機は限りなく高くなった、ともいう。
マユリ神、ラミューリンとともに、本陣には、多数の武装召喚師たちがいた。四千名の内、攻略部隊に割かれなかった一千名は、各戦線に分散されているのだが、本陣防衛のためにも複数名の武装召喚師が手配されていたのだ。もっとも、エリナ=カローヌ、ハスライン=ユーニヴァス、ラズ=フォリオン、カルーナ=エニスの四名は、本陣防衛のためではなく、マユリ神とラミューリンを補佐するために本陣に集められていた。それらは、エリナを含め、支援能力に長けた召喚武装の使い手たちばかりであり、その支援能力を全戦域にいる味方将兵に付与するのだという。
それがあるからこそ、武装召喚師の大半を八極大光陣攻略に当てることができた、といえるだろう。
でなければ、大帝国軍の軍勢と激突することになるであろう統一帝国軍将兵は、神の加護を得ているとはいえ、神人や神獣の群れに蹂躙され、皆殺しに殺されるだけのことになってしまう。本来ならばそれを防ぐため、武装召喚師を各戦線に均等に配備する必要があったが、そうなれば八極大光陣の攻略が不可能となっていただろう。全戦闘員を召喚武装の能力によって強化することで、最悪の事態を回避した、ということだ。
セツナは、ディヴノア本陣にいる。
本陣にあって、ニーウェハインの演説に耳を傾けていた。
「統一帝国軍将兵諸君」
ニーウェハインの演説は、本陣にいる将兵だけでなく、女神と通信器を通して、各地の全統一帝国軍将兵の耳にも届いていることだろう。女神は、ニーウェハインの声をそっくりそのまま、各陣地の通信器に送り届けている。
「既に聞いて知っていることだと想うが、諸君に伝えておかなければならないことがある。現在、統一帝国は存亡の危機に瀕している」
ディヴノア基地に集まった将兵の前で、ニーウェハインは身振り手振りを加えながら、演説をしている。皇帝の仮面を被り、黒と金が象徴的な甲冑を身に纏った彼の姿は、遠目からでもはっきりとわかるだろう。彼がどれほどの強い決意でもってこの戦いに挑もうとしているのか、その決意表明がなされようとしているということも、彼の一挙手一投足から伝わってくる。
セツナはそれを、演説台の脇から眺めていた。
「北ザイオン大陸を統一した国が、南ザイオン大帝国と名乗り、ザイオン帝国の後継者として名乗りを上げた。彼らは、南ザイオン大陸をも掌中に収め、かつての帝国領土のすべてを制圧し、ひとつに纏め上げようとしている。そのための戦力が、つい先日、南大陸北西部に上陸し、現在も南進中だ」
ニーウェハインの演説に聞き入る将兵たちの姿を見遣り、演説台の脇に並ぶ統一帝国首脳陣を眺める。いずれも粛々たる想いで、ニーウェハインの演説に耳を傾けている。大総督、総督たち、陸軍大将、海軍大将、文官たち。
「大帝国の兵力はおよそ百二十万。それらすべてが神人や神獣と呼ばれる化け物だ。大帝国は、神に支配されているのだ。我がザイオン帝国を影から支配していたナリアという邪神によって!」
ニーウェハインが声を荒げたのは、ナリアに言及したからだろう。彼は、忌み嫌ってさえいた実の父シウェルハインをいまや尊崇するに至っているのだが、それは、シウェルハインが神の支配を脱却し、最終的には帝国臣民のために力を用いたからだ。そんなシウェルハインだったからこそ、彼は、その跡を継ぐことに決めた。そうである以上、シウェルハインを影から操っていたのだろうナリアを許せるはずもない。
「ナリアは、始皇帝ハインの時代から、帝国を支配していた邪神なのだ。ザイオン皇家を、帝国臣民を真に支配し、操っていた! 我らの誇りも、自尊心も、信義も、秩序も、平和も、なにもかも、異世界の神の思惑のままに作られたものだったのだ! だが、だからといって、このまま、ナリアなるものの思い通りにさせるわけにはいかぬ! 我々は、帝国の人間だ。誇り高きザイオン帝国の人間なのだ! ナリアになど忠誠を誓った覚えも、信仰した覚えもない!」
ニーウェハインが昂ぶるに連れて、将兵たちの熱気も高まっていく。
「諸君! 統一帝国軍将兵諸君! 我らの支配者を謀る邪神ナリアを討ち滅ぼし、ザイオン帝国の未来を勝ち取ろうではないか!」
ニーウェハインの演説は、帝国人の心に、感情に強く訴えるものであり、帝国人ではないセツナにはまったくといっていいほど響かないはずのものだった。おそらく、これを聞いているだろうファリアやミリュウたちにも、どうでもいい感情論だったはずだ。しかし、セツナには、ニーウェハインの気持ちが痛いほどわかるから、困るのだ。
半身だった男の魂の咆哮が、セツナの胸を熱くさせていた。