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第二千五百二十四話 神慮(四)

 部隊編成が定まると、マユリ神によって、大帝国軍とどのようにして戦うかについての説明があった。

「まずは、全戦力がこの地に結集するのを待たねばなるまい。どのみち、現有戦力では、先程述べた部隊編成も叶わぬからな」

「それにはあと数日かかりそうですが……だいじょうぶでしょうか」

 ニーウェハインが不安を漏らすと、マユリ神は、なんの心配もいらないとでもいわんばかりに彼を見遣った。

「移動城塞は上陸後、ノアブールを飲み込み、さらに南進する気配を見せている。が、数日の猶予はあると見ていい。たとえ、数日以内にディヴノアに達する速度で移動できるのだとしても、ナリアは、そうはしないだろう」

「俺も、マユリ様に同意だ。ナリアなら、こちらの戦力が完全に整うのを待って、行動を起こすだろうさ」

「それは……君がナリアと逢って感じたことかい?」

 ニーウェハインのみならず、統一帝国首脳陣の視線を浴びながら、セツナは静かにうなずいた。ナリアの性格を考えれば、そう想わざるを得ない。

「ええ、陛下。俺には、ナリアは、敵対者を完膚なきまでに叩き潰すことに喜びを見出す性格の持ち主のように想えました。しかも、ただ叩きのめすのではなく、敵を欺き、嘲笑い、その上で徹底的な攻撃を加える……そんな風に」

「だとすれば、相当性格の悪い神様ですな」

「しかし、そんな神をどこかで崇めていたのが、我々なんだ」

 ランスロットが肩を竦めると、ニーウェハインが小さく嘆息した。彼の嘆きは、神が帝国の歴史の裏で暗躍し続けたという事実に対するものだろう。その神が、いままさに帝国を再び統一するために動いているのだが、それを受け入れることはこの場にいるだれにもできなかった。

 仮にナリアが友好的かつ協力的な態度で交渉を持ちかけてきたならば、まだ対話することもできただろう。だが、ナリアは、最初から南大陸を武力でもって掌握する以外の考えはなく、帝国臣民のことなどなんとも想っていないということも、その戦力から判明している。大帝国百万の将兵が全員神人化しているという現実を知れば、ナリアが人間のことなどなんとも想っていないことくらい、だれにも想像できるだろう。

「陛下……」

「帝国は、ナリアの思惑によって建国されたも同然なのだ。ナリアが己の目的を果たすため、遙か将来、聖皇復活の儀式を成功させ、本来在るべき世界に還るための生け贄に過ぎなかった。そうなのだろう? セツナ」

「……ええ」

「ならば、我々はなんとしてでもナリアを討たねばならぬ。帝国を作り、帝国を見守り、帝国を影から支配してきた大いなる神を討ち滅ぼし、真の意味で神からの自立を果たさなければ、帝国の未来などあろうはずもない」

 ニーウェハインが告げると、首脳陣から彼の意見に賛同する声がつぎつぎと上がった。この場にいるだれもがナリアという神の存在を知り、帝国の歴史の真実を知っている。大神ナリアが、聖皇復活の儀式のために作り上げた国家であり、歴代皇帝は、神の言いなりだったらしいということも、だ。帝国が大勢力を誇りながら、他の二大勢力との均衡を維持し、小国家群に手出ししなかったのも、ナリアの思惑だったに違いない。

 帝国の歴史は、なにもかもナリアの思い通りに積み上げられていたのだ。

 皇族にも、帝国臣民にも、受け入れがたいその事実は、神への怒りとなり、この軍議の場を独特な熱気で包み込んでいった。

「……そのためには、八極大光陣を打破することが先決だが、それにはセツナ、おまえにも気張ってもらわなければならない」

 不意に話を振られ、セツナは、きょとんとした。セツナは、ナリアを討つことに専念すればいいと想っていたからだ。そこに想わぬ話が舞い込んできた。驚くのも無理はない。

「俺に? なんだ?」

「最初からこちらが八極大光陣狙いだと悟られるわけにはいかぬだろう。ナリアにしてみれば、己が窮地を誘うかもしれぬ事態を放置しておく道理はないのだからな」

「確かにその通りね」

「なるほど。八極大光陣攻略部隊にナリアの攻撃が飛べば、一大事ってことか」

 八極大光陣は、絶対無敵の布陣だ。ナリアの攻撃が飛べば、瞬時に部隊が壊滅するのは目に見えている。そして、戦神盤による回帰が行えない以上、壊滅すればそれまでだ。

「故におまえには、ナリアの気を引いてもらわなければならない」

「気を引く……ねえ」

 よからぬことを想像して、セツナはおそろしくやる気が減退するのを認めた。

「セツナの得意技じゃない。やれるやれる!」

「おいおい」

「そうですな。天性の人誑したる大将なら、神が相手だって問題ありませんでしょう。なにせ、ナリアだって大将を欲してたわけですし」

「……エスク」

 セツナが一瞥するも、彼は何食わぬ顔でこちらを見ていた。エスクのいいたいこともわからんではない。ナリアは、確かにセツナを必要としていた。いや、セツナ以外のだれもが不要だったというべきか。セツナと黒き矛さえあれば、ほかはどうでもいいとでもいうような態度であり、言動だった。そして、そのためにセツナ以外の全員を殺した。

 セツナひとりで赴けば、ほかが殺されるというようなことはないだろうが、果たして、時間稼ぎにもなるものだろうか、という疑問も残る。

 セツナがひとりで出向けば、それだけ警戒を招くのではないか。

「方法はおまえに任せるが、とにかく時間を稼いで欲しい。もちろん、攻略部隊が八極大光陣に攻撃を開始した時点でナリアには筒抜けだろうが、そのときは、ナリアの動きを止めるのも、おまえの役目だ」

「そして、八極大光陣を打ち破れば、ナリアを滅ぼすのも俺の役目か」

「おまえが頼りなのだよ、この戦いはな」

 マユリ神は、セツナをじっと見つめてきた。そのまなざしには複雑な感情が混じっているように想えた。セツナへの労りや慈しみが多分に込められていて、女神がいかにセツナたちのことを想ってくれているか、わからずにはいられない。なぜ、それほどまでに自分たちのことを想い、行動してくれるのか。希望を司り、セツナと契約を交わしたからだ、というのはわかるのだが、それにしても、とセツナは想う。マユリ神がいなければどうにもならなかったことは、あまりに多い。

「わたしは、わたしにできる限りのことはしよう。全力を尽くし、おまえたちを支援しよう。半神たるマユラには、ふたつの陣を当たらせよう。しかし、残り六つの陣を破るのはおまえたちだ。おまえたちが全身全霊を尽くし、命を燃やさねばならぬ。その上でようやく勝てる見込みがでるかもしれない。それくらい、勝機の薄い戦いだ。絶対に勝てる、とは言い切れぬ」

「マユリ様……」

「現状、五分ですらないのだ。そのことを忘れるな」

「ああ。わかっているよ。だからこそ、あなたの助力が必要なんだ。俺たちだけじゃあ、勝てるわけがない」

「それは、わたしとて同じことだよ。わたしとマユラだけでは、ナリアには勝てない」

 マユリ神の口調と表情が厳しいものに変わっていく。

「ナリアは、ここで討たなければならない。あれの目的が判明したいま、放っておくことは大いなる禍根を残すのと同義だ」

「目的……?」

「ナリアは……あれは、おまえを見出した」

「うん?」

「黒き矛の……魔王の杖の護持者としてのおまえをな」

 マユリ神がなにを伝えようとしているのか、いまいちよくわからなかった。しかし、女神のいわんとしていることがとてつもないことであるらしいということは、なんとなく伝わってくる。空気が緊張していた。だれひとり呼吸音すら立てまいとしてしまうくらいの緊張感と静けさが、場を包み込んでいる。

「故に行動を起こしたといっても、過言ではない。ウルクを使い、おまえを挑発したのも、それだろう。おまえの心を刺激し、感情を昂ぶらせ、みずからに敵意を向けさせた。それもこれも、己が目的のため。そして、その目的は、半ばまで達そうとしていた」

「それは……」

 セツナの疑問に対し、マユリ神は至極簡潔に告げてきた。

「世界の滅亡だよ」

 軍議の場が静まりかえったのは、いうまでもない。


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