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第二千五百二十一話 神慮(一)

 海上移動城塞が南大陸に上陸したのは、九月二十六日。

 ディヴノア本陣にその急報がもたらされると、すぐさま首脳陣が招集され、急遽、軍議が開かれることとなった。その緊急軍議には、当然、帝国首脳陣だけでなく、セツナたちも呼ばれ、マユリ神も参加している。

 先の戦闘において得られた情報はほぼ包み隠さず統一帝国側にも提供されており、情報は共有されている。唯一、帝国側が知らないことといえば、サグマウの正体くらいのものだ。

 南ザイオン大帝国の海上移動城塞の巨大さも、知ることのできた内部構造も、皇帝マリシアハイン・レイグナズ=ザイオンがただの神の依り代であり、人形遣いアーリウルを始めとする使徒が九体存在し、そのうち八体が八極大光陣の要であるようだということも伝えてあった。その八体の使徒の攻略こそ、この統一帝国の、いや、南ザイオン大陸存亡の危機を脱する方法であるということもだ。そして、海上移動城塞に乗り込んでいる大帝国群百二十万の兵のうち、百万の将兵がひとり残らず神人化しており、あの城塞には純粋な人間は、マリシアハインを除いてひとりもいないということも、マユリ神によって告げられている。それには、驚き続きだった統一帝国首脳陣も声も出ないほど愕然としたが、その事実をマユリ神から直接聞いたとき、セツナたちも心底驚いたものだった。

 それは要するに、大帝国の真の支配者たる女神ナリアが、人間をなんとも想っていないということの証明だ。端から交渉するつもりなどはなく、自分の意向に従わないのであれば、滅ぼすことも厭わないどころか躊躇することもないのだろう。なればこその、全将兵の神人化という暴挙だ。人間ならば、元々同国人である統一帝国の人間に対し、手心を加えようものだが、神人化し、理性を失えば、そういった余地もなくなる。一切の容赦なく攻め滅ぼすことが可能となる。

 ナリアは、最初から、南大陸を武力制圧することだけを目的として、行動を開始したのだ。

 しかし、そうなれば疑問がひとつ生まれる。

 ナリアはなぜ、わざわざ、移動城塞などを作り上げたのか、ということだ。

 ナリアの力は強力無比だ。わざわざ移動城塞を作り、大海原を渡って大陸間を移動する必要など、あるとはとても想えない。戦力もだ。神人が百万二百万集まろうと、ナリアの力に比べれば、大したものなどでは決してないのだ。及ぶべくもない。ナリア自身が赴けば、それだけで事足りる。ナリアの力だけで南大陸を掌握することも不可能ではない。

 考えれば考えるほど、非合理的で、納得のいかない疑問が出てくる。

 ナリアが北大陸において、マリシアハインを皇帝とし、帝国を築き上げたのは、いい。ナリアは、旧帝国領土を再びひとつに纏め上げることを目的としているのだ。そのための基盤として皇帝と帝国が必要だった、というのはわからないではない。しかし、北大陸における情勢が急変したのは、南帝国がウルクを手に入れてからのことであり、それまで南帝国は積極的に動かなかったというのだ。ナリアの力があれば、ウルクの登場を待たずとも、北大陸を掌握することくらい容易かっただろうというのにだ。

 もしかすると、ナリアは、課程を愉しんでいるのではないか。

 先の戦いも、そうだった。

 セツナたちが目の前に現れたときに、八極大光陣を発動させるということも可能だったはずだが、そうはしなかった。まるでセツナたちとの邂逅、対峙、戦闘を愉しむかのようにして、女神は陣を発動した。

 結果だけを求めるのであれば、海上移動城塞など必要ではない。が、課程を愉しむことに重きを置いているというのであれば、話は別だ。海上移動城塞を作り、千五百隻にも及ぶ偽装船団を浮かばせることも、そういう観点から見れば、決して無駄なことではないのかもしれない。

 だとしても、人間の視点からでは理解の及ぶ範疇のことではないが。

「海上移動城塞は、海上のみならず、地上をも移動可能とのことだな」

「ええ。直接、この目で確認しましたから間違い在りませんよ。移動城塞はノアブール港辺りから大陸に上陸し、少しずつ南下を始めています。ここに辿り着くまで、どれくらいの日数がかかるかはわかりませんが、猶予はあまり残されていないでしょう」

 セツナは、統一帝国軍大総督ニーナ・アルグ=ザイオンの冷徹な目を見つめながら、告げた。移動城塞の上陸を直接目撃したのは、無論、セツナだけではない。統一帝国軍によって張り巡らされた幾重もの警戒網が、移動城塞の動向を見守り、監視しているのだ。ただ、それらの情報がディヴノアに到達するまでにはそれなりの時間差があり、その分だけ、セツナからの情報提供のほうが早くなる。ディヴノアにいながら移動城塞の上陸を見ていたのは、さすがにセツナとマユリ神くらいのものだろう。

「それと、移動城塞は、外部からの攻撃に対しても完璧な防御手段を持っていると見ていいでしょう。上陸直後に攻撃を試してみたが、完璧に防がれてしまいました」

「なにで試したのよ?」

「黒き矛の“破壊光線”だよ。完全武装状態で、な」

「本当なの?」

「嘘を吐いてどうなる」

「そりゃそうだけど……だとしたら、うへえ」

 ミリュウだけでなく、ファリアやシーラも苦い顔をした。セツナのいう完全武装状態を理解している面々には、その状態での“破壊光線”が防がれるということがどれほどのことなのかわかるのだ。完全武装状態は、セツナが最大限に力を発揮できる状態といっていい。その状態から繰り出す攻撃は、神をも滅ぼす一撃なのだ。それが防がれた。

 八極大光陣によって、だ。

「……つまり、武装召喚師たちによる超長距離からの一斉攻撃も意味がないということか?」

「徒労に終わるでしょう」

 セツナの断言に、軍議の場は静まりかえった。

 統一帝国に属する武装召喚師は、四千人を越える数、存在する。それら全員が遠距離からの攻撃が可能な召喚武装を愛用しているわけではないにせよ、その一割から二割でもそういった召喚武装を持っていると考えれば、その一斉攻撃の威力たるや、物凄まじいものだろうことは想像に難くない。しかし、それが最大威力の“破壊光線”を容易く防いで見せた移動城塞に効果があるかといえば、どうだろうか。四千人全員が一斉攻撃をしたところで、意味がないのではないか。そんな風に想ってしまう。

 相手は、神だ。それも極めて強大な力を持った神であり、その神の使徒、あるいは分霊たちによる八極大光陣を打ち破るのは、それ以上の力でなければなるまい。

「八極大光陣は、ナリア曰く絶対無敵の布陣とのこと。これを破らねば、我々に勝利はありません」

「それは既に聞いて知っている」

 ニーウェハインが、静かに告げ、セツナの目を見つめてきた。その紅い瞳には、決然たる想いが込められている。

「わたしが知りたいのは、その方法だ。総力を結集し、正面からぶつかり合ったところで力負けするのはわかりきっているのだからな」

 現在、統一帝国は全戦力をディヴノア周辺に結集しつつあり、五割ほどが到着している。それら戦力は、ディヴノアを本陣とし、北西部沿岸地帯から迫り来る敵勢力を迎え撃つようにして、無数の陣地を構築し、ディヴノア周辺には統一帝国軍将兵で満ちあふれているといっても過言ではなかった。いずれ、さらなる数の将兵で溢れることになるだろうが、それら全戦力を投じても、返り討ちに遭う可能性のほうが遙かに高い。

 それは、敵兵力がおよそ百二十万と、統一帝国の総兵力のおよそ五割増しだということに加え、その全戦力が神人、神獣、神鳥によって構成されているということが判明したからだ。

 武装召喚師たちならばまだしも、一般将兵に神人や神獣の相手が務まるわけもない。

 敵が人間ならば、いくらでも戦いようはあった。

 当初の戦術であるところの長期戦も、無意味ではなかっただろう。

 だが、敵が人間ではなく、神の怪物であることがわかった以上、これまで考えていた戦術がすべて無駄になったのだ。

「負けるわけには行かぬ。勝たねばならぬのだ。なんとしてもな」

 そう告げる彼の声がわずかに震えているように聞こえたのは、気のせいではあるまい。

 皇帝として帝国臣民を思い遣るニーウェハインには、将兵を怪物化することになんのためらいもないナリアの存在そのものが許せないに違いなかった。


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