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第二千五百十七話 力を求めて(三)

 力が欲しい。

 純粋に、シーラは、想う。

 神と戦えるだけの力が欲しい。

 神を斃せなくとも、主戦力たるセツナの足を引っ張らない程度にはなりたかった。いや、ならなければならない。でなければ、彼の側にはいられない。彼の家臣ではいられない。そう想う。想わざるを得ない。

 無論、彼はそのようなことは想うまい。それどころか、シーラのそのような考えを愚かだと切り捨てるに違いないし、シーラが強かろうが弱かろうが関係なく受け入れ、側に置いてくれるだろう。セツナとは、そのような男だ。懐が広く、器が大きく、一度受け入れた以上、最後まで面倒を見ようという気概がある。だからこそ、セツナの周囲に集まったものたちは、彼こそを中心に物事を考えるようになる。彼のために、彼のためだけに、と、想うようになる。

 故に、力を欲するのだ。

 彼の優しさに甘えてばかりではいられない。甘えてなどいられない、と、奮起するのだが、かといってシーラにいまできることといえば、鍛錬以外にはない。かといって、数日あまりの鍛錬で果たして強くなれるかといえば、そんなことは当然ありえない。たった数日、血反吐を吐くほどの鍛錬を行ったからといって、見違えるほど強くなれるなど、そんな都合のいい話があろうはずもない。

 結局は反復だ。

 鍛錬と休息の反復と継続こそが、強くなるための近道であり、最短距離だろう。

 ただ、それは通常人の場合の話であり、召喚武装使いたるシーラには、必ずしも当てはまるものではない。

 シーラは、鍛錬の傍ら、召喚武装ハートオブビーストとの対話に時間を割いた。

 ハートオブビーストの力を解き放てば、神ともある程度は戦えることがわかっている。ザルワーンにおいて、龍神ハサカラウと激闘を繰り広げ、ハサカラウの興味を惹くことに至ったのは、ハートオブビーストの最大能力によって白毛九尾へと変化したからだ。そして、それこそ、シーラの切り札であり、ナリアとの決戦においてなんとしてでも使いたい力だった。

 白毛九尾化することができれば、間違いなくセツナの力になれるだろうという確信があったし、それだけにシーラは、ファリアやミリュウから羨ましがられていた。ハートオブビーストの能力の使い方次第では、ファリアやミリュウ以上の活躍を見込めるからだ。そして、なにより、セツナの力になれる。

 白毛九尾となり、神にも食らいつく力を発揮することができれば、セツナを援護することは決して不可能ではないのだ。

 それ故、シーラは、ファリアを始めとするほかの皆よりも悩みが小さいといえば、小さかった。解決策があるからだ。

 白毛九尾さえ自在に発動することができれば、いつだってセツナの力になれる。それも極めて強力な味方となり、彼を最大限に支援することができるだろう。

(それが一番の問題なんだがな)

 シーラは、ウルクナクト号の訓練室の床に座って、ハートオブビーストの柄を握り締めていた。

 ハートオブビーストの能力を自由自在に発動するというのは、不可能に近い。戦揚獅吼ライオンハートのみは、いつでも発動可能だが、それ以外の能力は、血を触媒とした。

 戦場に血が流れなければ、ハートオブビーストは真価を発揮しない。

 それが彼女の最大の悩みだった。


 エスクは、己の左腕を見ていた。

 現状、傷ひとつ見当たらない左腕は、隆々たる筋肉の鎧を纏っている。ネミアがよく見惚れているのもわからないではないくらい、彼の肉体は鋼の如く鍛え上げられていて、その上、ばらつきもなかった。腕だけが分厚い筋肉を纏っているわけではない。全身、しっかりと筋肉がついている。それらは、彼自身が鍛錬によって獲得したものだ。他者から与えられたものではない。それだけは間違いない。

 しかし、と、彼は想う。

 この左腕も、肉体の大半も、自分のものではないという感覚があり、それが拭い去れない状態が続いている。違和感。ときどき、体がばらばらになるような錯覚を覚えるのだが、実際にそれはただの錯覚に過ぎず、彼が確認するまでもなく、肉体がばらばらに千切れるようなことはない。手も足も繋がっているし、指先まで神経は通っている。指の先端に針を刺せば痛いし、足の小指をぶつければ泣きたくなるくらいの痛みを覚える。そういう痛みが彼に安心感を与えてくれるのだが、またしばらくすると、違和感を覚える。

 その違和感の正体は、以前、マユリ神が診てくれたことで判明した。

 精霊たちだ。

 エスクの肉体に宿り、エスクの肉体を構築し、維持してくれているという精霊たちの存在が違和感の正体なのだろう。精霊という異物が彼の肉体そのものとなっているのだから、時折、違和感を覚えるのは当然のことであり、致し方のないことだ。その正体が明らかになって以降、彼はその違和感に不安を覚えることはなくなり、むしろ、目に見えない精霊たちに心の奥底から感謝するようになっていた。

 精霊たちのおかげで、いまのエスクが存在する。

 エスクが生きていられるのは、精霊たちが彼の失われた肉体を補ってくれているからだ。エアトーカー、ホーリーシンボルを取り込んだのはどういう理由かはわからないが、おそらくは、欠損した部位の根幹とするためだろう、と、マユリ神はいっていた。そして、それもまた、エスクの力となっているのだから、精霊たちの判断には感謝する以外にはない。

 精霊たちのおかげで、エスクは、武装召喚師たち以上に戦える。

 エアトーカーとホーリーシンボルが肉体になっているということは、すなわち、常にふたつの召喚武装を同時併用しているのと同じなのだ。常に、五感や身体能力が底上げされている。さらにソードケインを手にしたときには、召喚武装の三種同時併用という、優秀な武装召喚師でも希有な状態になれるのだ。しかも、精霊たちのおかげか、エスク自身への負担は極めて少なく、能力も使いたい放題だ。

 腕の骨となったらしいエアトーカーによって指向性の衝撃波を発射する能力を得、背骨となったホーリーシンボルによって自身の身体能力を向上させる能力を得た。ただし、ホーリーシンボルは、自身にしか作用しなくなったのが難点といえば、難点だろうか。ホーリーシンボル本来の能力は、敵味方関係なく複数の対象を強化支援するというものであり、さらに強化対象の数に応じて自身をさらに強化するという能力もあったのだが、そういった能力は使えなくなってしまっていた。エスクの肉体とひとつになっていることの弊害なのだろう。

 強くなった。

 少なくとも、常人とは比較しようがないくらいの能力を得た。

 強靱な肉体、圧倒的な戦闘能力、攻撃手段。どれを取っても人間離れしているといっても過言ではない。並の武装召喚師ならば多数を相手取っても負ける気がしなければ、負けたこともなかったし、神人や神獣も少数ならば相手にならない。どうやら神人神獣は個体によって強度が異なるらしいが、高強度の神人たちが相手でも戦えるという確信があった。それは、セツナたちのお墨付きでもある。

 いまのエスクならば、神人や神獣に後れを取るわけがない、と、だれもがいってくれた。

 だから、力になれると想った。

 だというのに――。

「エスク。こんなところにいたのかい」

 不意に聞こえてきた声は、ネミアのものだった。振り向くと、彼女は、心底安堵したような表情を浮かべ、こちらに駆け寄ってくるところだった。エスクは、ウルクナクト号の甲板にいる。訓練室にシーラが籠もっているということもあり、彼は、訓練室を使うことを遠慮したのだ。シーラとふたりきりというのは、どうも気まずい。別段、いまとなってはシーラに対してなにも想うことはないのだが、それでも、意識せずにはいられなかった。

 そうして広々とした空間を探し歩いているうちに甲板に辿り着いたというわけだ。

 ここでなにをしていたかといえば、考え事をしていたに過ぎないが。

 先の戦いでなんの役にも立てなかった己について、彼は、考え込まなければならなかった。ネミアには悪いが、いまは、そのことで頭がいっぱいだった。


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