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第二千五百十六話 力を求めて(二)

 故に彼女は、弟子とふたりきりの鍛錬に集中し続けていた。

 ディヴノア北側の平原。だれもいない場所で、修行をしていたのだ。

 ナリアとの戦いの最中、セツナの足を引っ張ってしまったことを悔いているのは、ミリュウだけではない。彼女の最愛の弟子であるエリナ=カローヌもまた、己の無力さに苛まれ、愛しいセツナを傷つける結果に終わったあの戦いの記憶を塗り替えるべく、悪戦苦闘の日々を送っていた。エリナも、ひとりの女性として、セツナを愛しているのだ。そればかりは、師匠たるミリュウにも否定できるものではないし、むしろ、エリナの想いを応援している彼女がいる。

 ミリュウには、セツナを独占しようというつもりは端からなかったからだろう。だから、エリナがセツナへの愛情を育ませることになんの不満もなかったし、セツナの愛がさながら普遍的なものであるかの如く周囲に拡散されることに対しても、多少の不満はあれど、満ち足りたものを感じられなくはなかったのだ。そして、だからこそ、セツナの想いを踏みにじったナリアを許せないし、そんなナリアに為す術もなく殺された己の無力さが腹立たしいのだ。

 怒りが、ミリュウを突き動かしている。

 セツナの力になることを約束しながら、結局は、ただ足を引っ張り、意味もなくあっさりと死んでしまった己の愚かさは、時が戻り、あの戦いそのものがなかったことになったいまでも、変わらず生き続けている。いやむしろ、なかったことになったからこそ、激しく息づいているというべきか。

 ミリュウはラヴァーソウルと、エリナはフォースフェザーと、それぞれ、対話を行っていた。

 武装召喚師が強くなる方法はいくつかあるが、そのうち、肉体を鍛えることも、精神を鍛えることも、知識を深めることも、それぞれ極めて時間のかかることであり、決戦まであまり時間のいま、専念するべきことではなかった。鍛錬に精を出した結果、決戦のとき、疲労困憊ではなんの意味もない。

 ならばどうするか。

 簡単なことだ。

 もうひとつの方法を試せば良い。

 それが、召喚武装との対話だ。

 召喚武装は、生きている。

 意思を持つ異世界の武器や防具の総称なのだ。

 その召喚武装の意思に働きかけ、語りかけ、話し合い、相互理解をさらに深めることで、召喚武装の能力をさらに引き出せるようにすることが、ミリュウの修練の目的だった。

 それが上手く行くかは未知数だ。

 上手く行ったとして、どこまで力を引き出せるようになるのかはわからない。わからないが、なにもしないよりは遙かにいい。

 少しでもセツナの力になりたかった。

 セツナが、彼女のすべてだ。


 レムは、“死神”たちと対峙している。

 弐号から陸号までの五体の“死神”たちは、それぞれに異なる得物を手にし、レムを睨み据えていた。“死神”たち。闇色の衣を纏う、髑髏の化身。弐号は戦輪を、参号や長棍を、肆号は両刃の槍を手にし、伍号は両手に短刀を握り、陸号のみは肥大した拳を構えている。それらの武器を構える“死神”たちを見ると、どうしても死神部隊を思い出さざるを得ないが、致し方のないことだ。弐号から陸号に至るまで、“死神”たちの元となっているのは、死神部隊のかつての同胞たちなのだ。それぞれの戦闘方法の元ともなっている。

 レムはといえば、身長以上もある大きな鎌を手にしていた。死神の持つ鎌そのものといっても過言ではないそれを手にし、“死神”たちと対峙しているのは、鍛錬のためにほかならない。己を限界まで鍛え上げ、さらにその先へ向かうためには、一瞬一秒たりとも休んでなどいられないのだ。

 死の記憶がある。

 数え切れないくらいの死が、彼女を襲った。

 絶え間ない生と死の振幅の中で、彼女は、絶望を知った。死ぬことが恐ろしいわけではない。死ぬたびに蘇り、そのたびにセツナの姿を垣間見た。そして、そのたびに自分にはなにもできないことを理解した。為す術もなく殺され続けるしかないという事実を認識したとき、彼女は、ただ絶望した。

 絶望するよりほかなかった。

 なにもできないのだ。

 彼女は、不老不滅の存在だ。マスクオブディスペアの能力によって、彼女の命の源はセツナとなり、セツナが生きている限り、たとえどのようなことがあろうとも決して死ぬことはなくなった。たとえ肉体が両断され、心臓が潰されようとも、痛みこそあれ、死ななかった。瞬く間に再生し、復元するからだ。いや、そもそも、そういう次元の話ではない。レムの命は仮初めのものであり、大元はセツナにあるからだ。故にセツナが死なない限りは、彼女もまた、死なないのだ。死ねないのだ。

 だからこそ、あのとき、彼女は死に続けていた。

 殺され続けていた。

 何度も、何度も、数え切れないくらい何度も、彼女は死を味わった。

 そして、生き返るたび、意識が戻るたび、一瞬だけ垣間見えるセツナの姿が極めて近いはずなのに限りなく遠く、彼女は、己の無力さを痛感せざるを得なかった。

 手を伸ばせば届きそうな距離だというのに、なにもできない。為す術もなく、光の洪水の中で、死に続けるしかない。

 死。死。死。死。死――。

 気が狂いそうになるほどの死の連鎖の中で、藻掻き続けた彼女だったが、それも無駄だった。

 時が巻き戻るまで、死に続けたからだ。

 そして、セツナが慟哭にも似た声を上げるのを聞いた。

 怒りと哀しみ、絶望と無力感、様々な感情が綯い交ぜになった咆哮。それは、彼女の耳には慟哭に聞こえたし、嗚咽のようでもあった。やがて黒き矛より溢れる力がすべてを包み込もうとしたそのとき、時が戻った。

 レムは、無限の如き死の連鎖から解放された喜びよりも、なにもできないまま、セツナの変貌を見届けることしかできなかったという事実に打ちのめされた。

 なにもできなかったのだ。

 彼の力になることも、彼を助けることも、彼の代わりになることも。

 この無限の命の使いどころを間違ったと言い換えてもいい。

 せっかくどれだけ死んでも構わない命だ。使い方ならばいくらでもあったはずだ。だというのに、ただ無意味に殺され続けるしかなかった。

 明らかな力不足。

 相手が神だから仕方がないとは想いたくなかったし、諦めたくもなかった。

 レムだって、セツナの力になりたいのだ。

 ただセツナから命を与えられるだけで満足などできるわけがない。

 セツナの力になり、セツナの役に立つ。

 それ以上の喜びがあるだろうか。

(そんなものはございませぬ)

 故に彼女は、ひとり、どこまでも続く空の下、荒れ果てた大地の上で鍛錬を行うのだ。

 五体の“死神”を想うままに暴走させ、その荒れ狂う嵐の如き戦いの中で自分を研ぎ澄ませていく。少しでも、ほんのわずかでも、セツナの力になるために。

 そのためには極限まで追い込み、鍛え上げるしかない。

 

 死というものがどれほど恐ろしいものなのか理解していなかったのだと、シーラは、いまさらのように痛感していた。

 そして、死を体験として記憶したいまとなっては、死にたいなどともう二度と口にするものか、と、想った。殺してくれ、などというものか、と。

 死は、永遠の隔絶だ。

 虚無なのだ。

 当然のことなのだが、そこにはなにもなく、得られるものなどあろうはずもなかった。ただ失っただけだ。自分を。自分という存在を。命を。確かなものを、喪失しただけのことだ。それがなにを意味するかといえば、絶望を意味している。

 なぜならば、彼と逢えないからだ。

 二度と、彼を感じることができないからだ。

(セツナ……)

 シーラは、ハートオブビーストを手に、ウルクナクト号の訓練室に籠もっていた。

 つぎの決戦までにできる限りのことをしなければならない。

 でなければ、また、彼の足を引っ張ってしまう。

 また、彼を見失ってしまう。

 命を落としてしまう。

 そんなことは、もう御免だ。


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