表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2515/3726

第二千五百十四話 絶望と希望と

 九月二十三日になった。

 統一帝国軍の本陣に定められた南ザイオン大陸北西部最大の都市ディヴノアには、各地から結集中の統一帝国軍の将兵が続々と到着していた。無論、ディヴノアだけに全軍を収容できるわけもなく、ディヴノアを中心として東西に広がる巨大な陣地が築かれつつあった。統一帝国軍の総兵力は、およそ八十万。そのうち、四千名あまりが武装召喚師だという。

 かつて、大陸三大勢力の一角をなしたザイオン帝国は、総兵力二百万を誇り、武装召喚師だけで二万人を数えた。つまり、南大陸の総力を結集しても、その半数以下に過ぎないということだ。特に武装召喚師の数の減り方が尋常ではないが、経緯を考えれば致し方のないことなのだろう。

 三大勢力を率いる神々によって引き起こされた最終戦争は、当初、三大勢力が小国家群を蹂躙するだけのものだった。三大勢力が目的地と定めた“約束の地”は、ガンディア王都ガンディオンの地下遺跡であり、その地下遺跡の奪取こそが三大勢力の神々にとっての最優先事項だった。そのためならばどのような犠牲を払っても構わず、どれだけの人間が血を流そうとも、死のうとも、関係がなかった。いや、むしろ、儀式の完成のため、血を流す必要こそあったのだ。

 大陸に施された聖皇復活の儀式、その完成のために。

 最終戦争とはつまり、聖皇復活の儀式、その最終段階であり、三大勢力による小国家群の蹂躙は、祭壇に血の贄を捧げる儀式そのものだったのだ。

 そして、それらの戦いというのは、基本的に一方的かつ圧倒的なものであり、帝国に残っている記録によれば、小国家群進軍中に出た帝国軍の死傷者というのは、極めて少ないものだった。小国家群が五桁以上の死者を記録して、ようやく二桁の死傷者が出るといった具合だったようだ。それほどまでに帝国の戦力というのは圧倒的だったのだが、最終戦争も最終盤となれば、話は変わってくる。

 三大勢力が各地で激突したからだ。

 三大勢力は、小国家群を取り囲むように勢力圏を持っていた。大陸中央部の小国家群のさらに中心に近いガンディア王都を目指している間は良かったが、ガンディアに近づけば近づくほど、他勢力の軍勢と激突することが多くなり、最終的には三大勢力で相争いながらの決戦へと発展した。その結果、三大勢力もまた、多大な犠牲を払うこととなったのだ。

 もっとも、二万人もいた武装召喚師のうち二割ほどに当たる四千人しか統一帝国に属していないのは、シウェルハインによる大転送が、完全無欠に作用しなかったことも大きいのだろう。実際、クルセルク方面に取り残されたものたちもいたのだ。別の地域に取り残された多数の武装召喚師がいたとしても、なんら不思議ではない。あるいは、北部に武装召喚師が偏ったとしても、だ。

 ともかくも、現状、その戦力でどうにかしなければならず、南大陸に戦力が集中しなかった不運を恨んでいる場合などではない。

 女神は、ひとり、考えている。

 統一帝国の総戦力とセツナ一行、そして、海神マウアウの使徒だけで、女神ナリアを討たなければならないのだ。

(討てる……か?)

 自問する。

 統一帝国軍の総力が結集したとして、海上移動城塞内に存在した百二十万の敵戦力と正面からぶつかり合えば、勝機などあろうはずもない。

 百二十万。

 戦神盤の能力によって確定した敵戦力の総数が、それだ。

 数だけでいえばこちらより五割増しだが、戦力差では二倍どころではない開きがあると見ていい。

 海上移動城塞内には、人間はいなかった。

 ひとりとして、だ。

 皇帝マリシアハイン、人形遣いアーリウルはいわずもがな、それ以外の場所に点在した百二十万の戦闘要員を詳細に調べた結果、わかったことだ。百二十万の戦闘要員に人間はいない。人間を元にしたものたちはいるだろう。そのすべてが神威に毒され、変わり果てている。セツナたちが神人と呼称する存在へと、だ。

 百二十万の戦力の内訳は、神人八十万、神獣二十万、神鳥二十万だ。

 中でも強力な存在である使徒は、アーリウルを含めて九名。アーリウルを除く八名こそ、八方の塔からナリアに向かって力を投射したものたちであり、おそらく、アーリウルとは比肩しようのない力を与えられている。ナリアの分霊といったほうが近いのではないか、と、想えるような力の密度であり、それにいち早く気づいていれば、全滅を免れることもできたのではないか。

 いや、どうしたところで、あの場に転送したのであれば、回避しようのない事態だった。

 彼女は、セツナたちを全力で守護していた。だが、その守護防壁さえも容易く打ち破り、ファリアたちは無残に殺された。あの場にいたひとり残らず、光の洪水に蹂躙された。苦痛を感じる時間すらなかったのは、幸福だったのか、どうか。いや、望まざる死に幸福などあろうはずもない。

 ただひとり、セツナだけが生かされた。

 殺せなかったのでは、ない。断じて違うだろう。黒き矛とすべての眷属を召喚し、武装したセツナは、確かにだれよりも強い。しかし、肉体は人間そのものだ。メイルオブドーターの翅を盾のように使うこともできるが、それであのとき発生した超高密度の神威を防げたかというと、そうは想えなかった。ナリアがその気であれば、セツナもこの世から抹消できたのだ。だが、セツナは死ななかった。

 生かされたからだ。

 それはまず間違いなく、ナリアの思惑が関係している。

 ナリアは、なにを目的に動いているのか。

 ひとつは、彼女がみずからの目的のために作り上げた帝国の領土をみずからの元に取り戻すことが上げられる。おそらくはそれが当初の目的であり、そのためだけに北大陸を統一し、大帝国を作り上げたのは想像に難くない。そして、その戦力でもって南大陸をも制圧し、帝国領土をひとつの意志の元、束ね上げようとしていたのだろう。

 そんな折、セツナが南大陸にいることを認識した。

 セツナが黒き矛の使い手であることは、ナリアにとっては既知の事実だったはずだ。ナリアは、ニーウェを通して“約束の地”を認識し、最終戦争を引き起こした。その際、ニーウェがセツナと死闘を繰り広げたことも認知したはずだ。セツナが黒き矛の使い手であり、ニーウェのエッジオブサーストを破壊し、黒き矛を完全なものとしたことも知ったはずだ。

 つまり、セツナが魔王の杖の正当なる護持者だということを認識したはずなのだ。

 だからこそ、ナリアはセツナを生かした。

 セツナ以外を皆殺しにした。

 セツナが愛するものたちを目の前で殺して見せた。

 セツナの心を切り刻み、感情を激発させ、黒き矛の力を暴走させるために。

 マユリは、ひとり、思案する。

 ナリアは、セツナに黒き矛の、魔王の杖の真の力を解放させようとしていた。それがなにを指し示すのか、わからないマユリではない。

 百万世界の魔王、その力の顕現。

 それは、この世界の根幹を揺るがしかねないことだ。

「絶望よな」

「……希望だよ」

 背後から聞こえてきた声に、マユリは、眉根を寄せた。振り向けば、分離したマユラがわずかに微笑んでいた。絶望を司る半神には、この状況が愉快でたまらないのかもしれない。確かに絶望的な状況だということは、否定しようがない。

 だからこそ、彼女は、ただひとり、頭を悩ませるのだ。セツナ一行の頭脳は、マユリなのだ。マユリが、考えなくてはならない。セツナたちは、先の敗戦以来、自分たちにできる限りのことをしようともがいている。悪戦苦闘の日々を送っている。そんな中、彼らの頭まで悩ませるようでは、彼らの希望たる資格はない。彼らの負担を少しでも減らすことが急務だった。

「希望? どこに希望がある。あのようなものに、いまのセツナをぶつけるなど愚行も愚行。それは、おまえが一番わかっていることではないのか?」

「ナリアは……討たねばならない」

「それは結論だ。逸る必要はない」

「いまは捨て置けと?」

「そうだ。それが、おまえが希望を失わないための最善。いずれすべては絶望に沈む。なれば、この地がどうなろうと構わぬだろう」

 マユラが嗤った。

「おまえがどうしても拘るというのであれば、わたしがこの地を滅ぼしてやっても構わぬぞ?」

「……セツナに滅ぼされたいか」

「……冗談だ」

 つまらないとでもいいたげなマユラのまなざしを見つめ返しながら、マユリは肩を竦めた。

 そして、半神が目を覚ましている事実にいまさらのように気づき、目を見開いた。

「ちょうどいい。手を貸せ」

「わたしは絶望だぞ?」

「なれば、奴らに絶望をくれてやれ」

 セツナたちの絶望になるのは御免だが、敵の絶望としてならば、なんの問題もないだろう。

 マユリは、少しだけ光明が強くなった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ