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第二千五百十二話 敗北について(二)

 セツナは、ニーウェハインにすべてを話した。

 海上移動城塞を急襲した際、どのような戦術を用い、どういう風に戦おうとしたのか、その展望についても詳しく話し、絶望的としかいいようのない結果についても、事細かに伝えた。伝えなければならなかった。彼は、ニーウェハインは、統一帝国の皇帝であり、この大陸の支配者だ。この大陸を北大陸の侵略から護るのは、彼の責任であり、責務といってもいい。故にこそ、彼には真実を伝え、覚悟を求めなければならなかった。

 海上移動城塞において、どのような出来事があったのか、と、説明する際、当然のことながら南ザイオン大帝国の支配者たる皇帝マリシアハイン・レイグナス=ザイオンについても、話した。マリシアハインが大帝国の真の支配者たる神ナリアの依り代となっていて、マリシアハインの意志などほとんど見受けられなかったという事実を伝えると、彼は、無念なようで安堵したような複雑な感情を覗かせた。

「ナリアの依り代……か」

 それはつまり、先代皇帝シウェルハイン・レイグナス=ザイオンと同じ状態ということだ。

 先代皇帝にして、ニーウェハインらの父親であるシウェルハインが、ナリア神の依り代だったということは以前から見当がついていたことだ。かつて、ニーウェがセツナとの死闘の末、帝国に帰還した際、シウェルハインに呼び出されたという。そこでニーウェは、セツナとの顛末について詳細に説明しようとしたが、シウェルハインは、ニーウェの目を見ただけですべてを理解した節がある。それは、人間の持ちうる力などではあるまい。

 神は、人間の記憶を読み取る力を持っている。

 シウェルハインに宿っていた女神ナリアがその力を用い、ニーウェの記憶を読み取ったと考えれば、すべての辻褄が合った。ニーウェの記憶から“約束の地”を見出したナリアは、“約束の地”を他の神々よりも一早く手に入れるために帝国軍を動かした――それが“大破壊”へと至った最終戦争の発端、その真実なのだろう。

 シウェルハインがナリアの依り代だったという推測を裏付ける証拠がもうひとつある。それは、“大破壊”直前、シウェルハインが、ニーウェたち皇族のみならず、帝国軍将兵のほとんどすべてを帝国領土に転送したという事実だ。ニーウェたちは、それがナリアの支配を振り切ったシウェルハインのせめてもの償いであり、家族や臣民への愛情の現れであると受け取り、シウェルハインが皇帝に相応しい心根の持ち主であったと考えている。

 当然、シウェルハインがただの人間であれば、そのようなことができるはずもない。ナリアの依り代となり、ナリアの力の受け皿となっていたからこそ、帝国軍将兵のほとんどを帝国領土に転送するといった荒技ができたに違いなかった。

 そして、シウェルハインは力尽き、ナリアは新たな依り代としてマリシアを選んだ。

「依り代となった姉上を救うことは……できるのか?」

 ニーウェハインが目を伏せるように尋ねてきたのは、それが極めて困難だということを察してのことに違いない。

「ナリアは、滅ぼさなければならない」

 セツナは、彼の気持ちを理解しながらも、そう告げざるを得なかった。

 ニーウェハインを始め、皇族の多くがマリシアが大帝国皇帝だという事実を受け入れられずにいた。マリシアは、後継者争いによって家族で傷つけ合うことを嘆き、後継者争いそのものから身を退いていたほどの人物だ。みずからの立場よりも家族を想い、臣民を想う彼女ほどの慈愛に満ちた人物はいないという評判であり、後継者争いに身を投じていたミズガリスやミルズや、皇族の中でも疎まれていたニーナやニーウェからも愛されていた。マリシアがいる場所では口論さえ起きないというくらい、彼女の存在は強く、大きい。そんな彼女が北ザイオン大陸の支配者として、大帝国皇帝として、南大陸侵攻の指揮を取っているなどと、だれが信じられようか。

 ウルクの情報が間違っていると想いたがるものが続出するくらいには、マリシアは慕われ、愛され、信じられていた。

 だが、マリシアがナリアの依り代となれば、話は別だ。神の依り代ならば、シウェルハインのように自分の意志とは無関係に皇帝となり、支配者として君臨することもありうる。

「ナリアが交渉に応じてくれるのであれば、対話の余地があるのならば話は別だった」

 しかし、それはどうやらなさそうだった。

 ナリアは、問答無用で、黒き矛とセツナをどうにかしようと考えていた。それ以外のことなどどうだってよく、ほかがどうなろうと知ったことではなさそうだった。少なくとも、セツナと話し合いたいといいながら、交渉しようという気配さえなかった。ただ一方的にセツナの力を得ようとしていただけだ。そしてそのためならば、セツナを暴走させることだって厭わなかった。

 あのとき、セツナ以外の全員を殺したのは、セツナを怒り狂わせるためだ。理性を失わせ、力を暴走させたところを支配するつもりだったのではないか。人形遣いの力では無理でも、ナリアの力ならば、それも不可能ではなかったのではないか。もしあのまま時が戻らず、セツナが我を忘れたままならば、ナリアに支配され、ナリアの人形に成り果てていたかもしれない。

「が、ナリアとは話し合うことはできなかった。あれは、俺たちの敵だ。斃すべき、滅ぼすべき敵だ。ほかに方法がない」

「……それは、わかっている」

 ニーウェハインは、静かにうなずいた。彼には、すでにすべてを話している。海上移動城塞の中でなにがあり、どのような結末を迎えたのかについて、事細かに、すべてを打ち明けている。自分の失態を伝えることは辛いものがあるが、伝えなければならないことではあった。

「使徒は、その主たる神と命を共有しているそうだ」

「うん?」

「アーリウルは、ナリアを滅ぼせば、同時に滅びるだろうってことだ」

「ああ……」

「マリシアハイン――マリシア皇女がどうなるかは、わからない」

 とはいったものの、神の依り代となったものが、神の使徒と異なる末路を辿るとは考え難かった。依り代とはつまり、神のこの世における肉体のようなものだ。肉体を持たずとも、絶大な力を駆使できるのが神属であるはずだが、なぜ、ナリアが依り代を欲し、利用するのかはわからない。しかし、ナリアがシウェルハインを依り代としていたように、マリシアを依り代としているのは事実だ。そして、依り代となったものが神の力を使うことができるということは、シウェルハインによって証明されている。

 それはつまりどういうことか。

 神と密接に繋がっているということだ。

 それこそ、使徒以上の繋がりがあると見るべきだろう。

 つまりだ。神を滅ぼせば、自然、神の依り代もまた、滅びざるを得ないのではないか。

「善処はするが……約束はできない」

「……わかった。ありがとう、セツナ。感謝を」

「いや……俺だって、あのひとなら救いたいと想うよ」

 セツナは、ニーウェハインの目を見つめながら、本心からいった。マリシアハインこと、マリシア=ザイオンに関するニーウェの記憶は、いまもセツナの記憶の奥底にある。皇族のほとんどすべてがニーウェとニーナを忌み嫌い、唾棄するが如く扱いをするなか、イリシアとマリシアのふたりだけは、姉弟に手を差し伸べた。冬の凍える寒さの中、ただひたすらに暖かい太陽の如くだった。それだけにセツナにとってもマリシアという人物は印象的であり、彼女がナリアの依り代になっていたという事実は衝撃的だった。

「いつも、頼ってばかりで本当になんといったらいいか……」

「気にするなって」

 セツナは、務めて明るく笑った。

「大総督閣下や海軍大将閣下への感謝は、これでもまだ足りないくらいだ」

 それは何度だって想うことだ。

 あのとき、ニーナとリグフォードに出逢わなければ、と。

 だからこそセツナは、ここにいる。

 ここにいて、彼に協力するのだ。

 



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