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第二千五百十一話 敗北について(一)

 ノアブール近郊、つまり南ザイオン大陸北西部沿岸地域よりやや南東に下がると、広大な平野が広がっている。“大破壊”の影響が方々に見て取れる荒れ果てた平野の目立った一点に大きな丘があり、その丘の上に築かれた大都市こそが、ディヴノアと名付けられた都市だ。

 ディヴとは竜を示す古代語であり、ノアは目。つまり、竜の目という意味を持つ都市名だということだが、それは南大陸北西部から西部に多く見られる都市名の典型といっていい。ディヴニア、ディヴガウルといった都市も、竜を意味するディヴを用い、竜の体の一部をそれに繋げた名称なのだ。そしてそれら都市名は、おそらく、帝国成立以前からの都市名であり、聖皇ミエンディアによる世界統一以前、竜属の影響が強かった時代に名付けられたものだろうと推測された。帝国人も詳しくは知らないのだ。ただ、帝国が成立したときにはそう呼ばれ、だれもがそのことに疑問を抱かなかった。名前の由来、起源を探ろうとした学者ならば掃いて捨てるほどいただろうが、聖皇の大陸統一という世界そのものの改変によって書き換えられた事実を紐解くことなどなにものにもできなかったのだ。

 それはともかく、竜の目に見立てられた丘の上の都市は、現在、統一帝国の戦力が結集中ということもあり、凄まじいまでの熱気と喧噪に包まれていた。ディヴノアそのものだけではない。ディヴノアを中心に一大軍事拠点が形成されつつあり、ディヴノアの周辺に急増の陣地がつぎつぎと作り上げられている真っ只中だった。そこに各地から集いつつある統一帝国軍の将兵が入り、戦意はいや増すばかりのようだ。

 既に二十万程度の将兵は集まっているだろうか。

 上空から見下ろせば、膨大な数の将兵が陣地の構築や物資の運搬、練兵に動いている様子が見て取れた。

 そんな中、セツナたちはディヴノアに降り立った。ノアブール上空を通過し、まっすぐディヴノアまで移動してきたのだが、それは無論、ノアブールはもはやひとっこひとりいないからだ。ノアブールの放棄は統一帝国首脳陣によって決定された事項であり、ノアブールを死守する意味はない。大帝国の海上移動城塞が南大陸に到着し、軍勢が上陸した際、ノアブールがまっさきに陥落するだろうが、それは致し方のないことだ。ノアブールを要塞に見立て、少数の戦力で待ち構えるのは愚策でしかない。こちらはまだ戦力が整ってすらいないのだ。そんな状況で戦ったところで、なんの意味もなかった。無駄に命を散らせるだけのことだ。

 セツナたちが踏ん張れば、多少なりとも戦果を上げることができるかもしれない。

 しかし、八極大光陣を打ち破れない限り、また全滅するだけだ。それがわかりきっているから、セツナたちは首脳陣が導き出した結論に従い、総力戦にすべてを賭けることとしたのだ。そのためにノアブールが蹂躙されることには目を瞑るしかない。

 幸い、北西部都市群の一般市民の避難は完了している。民間人が無闇に殺されるようなこともなければ、犠牲になるようなことはない。それだけで、戦闘に集中できるというものだ。もし、民間人が各都市に残っているようなことがあれば、それらを守りながら戦わなければならず、自然、戦力を分散せざるを得なくなるだろう。それは、このたびの決戦において、愚策というほかない。全戦力を結集し、総力戦を展開してなお、勝てるかどうかわからない相手なのだ。

「首尾はどうだ?」

 ニーウェハインは、開口一番、そう質問してきた。

 ディヴノアに到着したセツナたちは、帝国兵に案内されるまま、ディヴノア基地の施設内に入っている。そして、セツナひとり、ニーウェハインの待つ一室に通されたのだが、ニーウェハインは、セツナとふたりきりということで口が軽くなったらしい。彼には、そういうところがある。セツナとふたりきりだと、外面を気にしなくなるのだ。それが良いか悪いかはわからないが、話しやすくはあった。

 皇帝の部屋には似つかわしくない狭い一室だったが、むしろ彼にはそのほうが気楽そうに見えた。皇帝だからと広い部屋をあてがわれるのは、あまり好みではないらしい。とはいえ、室内の様々な調度品の数々は、彼の身分に合わせた高級品ばかりのようだが、そのことで彼が気遣う様子も見えない。それは、彼が皇族として生まれ育ったからだろう。

 そして彼は、仮面を外し、机の上に置いていた。常に仮面を被っているには暑苦しいらしく、普段は極力外しているらしい。白化症に冒された部分は、包帯に隠されている。そのおかげで、セツナ以外の前でも仮面を外すことができるため、彼はマユリ神に感謝してもしきれないといっていたことを思い出す。やはり、三武卿やニーナの前では、仮面を外していたかったのだろう。しかし、白化症がそれを許さなかった。

 白化症に冒された人間を元に戻す方法が見つかっていないいま、白化症の発症は、不治の病に冒されている以上に最悪の事態といっていい。化け物に成りつつあるということなのだ。そんな状態で皇帝を続けているという事実を明らかにすることは、だれにもできない。だから彼は仮面を被り、心も閉ざした。そうしなければ、やっていられないから。

 セツナとは、そんなニーウェハインが自分を曝け出せる相手なのだ。異世界におけるもうひとりの自分だったセツナにならば、すべてを打ち明けられる。なにもかも曝け出し、ぶつけたところでなんの問題もない。そう想える相手なのだ。ニーウェハインにとって、セツナとは。

 セツナにとって、ニーウェハインがそうであるように。

「どうもこうも」

「芳しくはなさそうだな」

「……海上移動城塞が近づいたというんでな、空から攻撃を仕掛けてみたのさ」

「少しでも敵戦力を削ろうとして、か」

「最初はそうだった」

「最初は?」

「ああ。でもさ、どうせなら、って考え直した」

 発案は、ミリュウたちだが、そのことはいう必要がなかった。結局、その提案に乗ったのだ。乗った以上、責任はセツナにある。了承した責任があるのだ。乗り気にもなった。そして、全力をぶつけ、結果、敗れ去った。完敗。完全無欠に敗北した。

「どうせなら、大帝国の神をも討ってしまえば、決戦を起こす必要すらなくなる。そう想ったんだ」

「なるほど。確かにその通りか。大帝国が神に支配され、神によってこの戦いが引き起こされたというのなら、神を討てばすべてが終わるか。少なくとも……大帝国が南大陸に侵攻する理由はなくなる……はず」

「それを期待したのさ」

 セツナは、ニーウェハインの目を見つめながら、いった。鏡を見ているような気分になるのは、包帯に覆われた顔の中にあるその目の形が自分とそっくりそのままだからだ。紅い虹彩も、瞼も、睫の数も、なにもかも、セツナと同じだ。世界も親も生まれも育ちも家庭環境もなにもかも違うというのに、どうしてここまで同じになるというのか。

 それが同一存在というものだから、なのだろうが。

「けど、失敗した」

「そうか」

「全滅したんだよ」

「全滅?」

 さすがのニーウェハインも、その一言には驚きを隠せなかったようだった。目を見開き、セツナを凝視して、尋ねてくる。

「君らがか?」

「ああ。完敗も完敗だった。完全無欠に敗れ去ったのさ」

 それを認めることは、心苦しいことだ。

 思い出さなければならない。あの瞬間、セツナの目の前で、周りで起きた出来事を思い出してしまう。どうしたところで、脳裏に浮かび、心を掻き乱すのだ。

 なにもかもを白く染め上げた光は、彼からなにもかもを奪った。

 奪い尽くした。

 そのときの痛みは、時が戻り、なにもなかったことになったいまもなお、彼の心を抱きすくめていた。




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