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第二千五百八話 滅びの力

 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。

 いや、起きたことはわかっている。わからないわけがない。戦神盤が投影する戦場図に極めて大きな変化があったのだ。戦場と認定された領域――つまり、海上移動城塞の八方向に存在した八つの光点が突如として極大化したのとほぼ同時に、複数の光点が消滅したのだ。その消滅した複数の光点というのは、主戦場に転送したこちら側の戦力を示す光点だった。つまりなにがあったのかというと、味方のほとんど全員が死亡したということだ。

 そして、戦場の中心にあってなによりも強大だった光点が、八方の極大光点に呼応するかのように極大化した。その光の強さは、黒き矛のセツナを示す光点の比ではない。圧倒的としかいいようがなかった。絶対的と言い換えてもいい。光が示す戦力では、どうしようもなく覆しようがないほどの光量の差であり、これほどの光を彼女はいまのいままで見たこともなかった。そして、これほどまでの絶対的な差も、戦神盤の記録上はじめてのことだった。

 ラミューリン=ヴィノセアは、戦神盤が示し、脳内に流れ込んできた情報のあまりの衝撃に、一瞬、我を忘れかけた。頭の中が空白に埋め尽くされるのではないかというほどの衝撃を受けるのも当然のことだ。敵本陣に転送したのは、現状、統一帝国と同盟軍が送りうる最強戦力といってよかった。二百名の武装召喚師はいわずもがな、セツナ一行の実力は、二百名にも劣らないものだ。特に武装召喚師たちは、いずれもラミューリン以上の実力者揃いだったはずだ。それらが一瞬にして、溶けるように消えた。

 二百以上の光点がほとんど同時に消滅したのだ。セツナを示す光点と、女神ナリア、人形遣いアーリウルを除くすべての光点が消え去った。そんなことがありうるのかという疑問については、現実に起こったのだから、それが答えだとしかいいようがない。が、信じられなかった。彼らは皆、マユリ神の加護を受けてもいたからだ。並大抵の攻撃では傷つかないどころか、神威への耐性もついている。つまり、神の攻撃に対しても、多少は耐えられるはずだった。

 だというのに、だ。

 ラミューリンは、思わず声を上擦らせながら女神を振り返った。

「マユリ様、これは……」

「……これは……なんだ?」

 マユリ神もまた、愕然としたように戦場図を見入っていた。美しくも神々しい女神の容貌がいつになく崩れている。ここまで女神が表情を崩したことなどあっただろうか。少なくとも、ラミューリンの記憶の中では、女神がここまで驚き、焦っている姿を見せたことはなかった。付き合いが浅いとはいえ、だ。

「なにが起きた? いや、なにが起きている?」

 女神は、ナリアを示す光点の極大化に違和感を覚えているようだった。それについては、同感だ。無論、光点は一定ではない。同じ人間であっても、その戦力のすべてが光点として現れているわけではないことは、これまでの運用試験で確認済みだ。

 たとえば、武装召喚師を戦神盤で測定した場合、召喚武装の有無で光点の輝きは大きく異なったし、召喚武装の能力によっては、使用中とそれ以外とでもで大きな変化があった。それは、セツナを見れば一目瞭然のことではある。

 つまり、ナリアが力を隠し持っていた、ということも考えられるのだが、それにしたって、光の増加量がおかしすぎた。二倍や三倍どころの話ではない。ナリアを示す光点は、戦場図全体を席巻するほどに強烈で、それ以外の光点がわかりにくくなるくらいに強烈なものになっている。

「ナリアがなにかをしたのだ。だが、なにをした? いったい、なにをしたというのだ」

 マユリ神が焦燥感に駆られながら叫ぶ。女神にわからないことが人間の身のラミューリンにわかるはずもない。

「いや、いまはそんなことはどうでもいい……! ラミューリンよ、いますぐ戦神盤の能力を使うのだ!」

「戦神盤の能力……ですか?」

「そうだ! いますぐに状況を戻せ! 戦神盤の能力ならば、開戦時に戻せるのだろう!」

「それはできますが……しかし」

「しかし、なんだ?」

「セツナ殿の光点が……」

 ラミューリンは、マユリ神の気迫に押され、おずおずと戦場図に起こりつつある変化を告げた。

 戦場図の一点、つまり、セツナたちの主戦場には、現在、大きな変化が起こっていた。つまりナリア神の光点の極大化がそれだが、それとはまた別に、もうひとつの光点が急激に膨張を始めたのだ。それがセツナの光点であることは明らかだ。マユリ神の協力によって、ラミューリンが戦神盤から得られる情報量は遙かに増大し、詳細までわかるようになっていた。通常、戦力を示す光点はただの光の点に過ぎなかったのだが、光点が多様な形で表示されるようになったのだ。丸みを帯びた光点だったり、角張った光点だったり、おそらく戦力の実態に応じて変化するようになったのだろう。

 セツナを示す光点は、他の光点よりも鋭角的で攻撃的だった。

 その鋭角的で攻撃的な光点が急激に膨張し、ナリアの光量に追いつかんとするほどの勢いを見せていた。

 ラミューリンは、その現象を目の当たりにして戦慄を覚えたのだが、それは、およそ人間業などではないからだ。並どころか極めて優れた武装召喚師でも辿り着けない境地へと至っている。なぜならば、マユリ神を遙かに凌駕するナリア神の光量に近づきつつあるのだ。ひとの身に持ちうる力などではないことは、明らかだ。

 では、セツナは、いったいなにものだというのか。

 彼は、紛れもなく人間だ。ニーウェハインとそっくりというだけの、ただの人間。どういうわけか武装召喚術を結語だけで使用することができるのは特筆するべき事項だったし、彼が召喚する黒き矛の力が極めて強大なのはいうまでもなく特別ではあったが、それだけのことだ。それ以外、ほかの武装召喚師とも、人間とも変わらない。

 だというのに、彼は、いま、ナリアなる神の絶対的な力に追いつこうとしている。

 そんなことがあり得るのか。

 あり得るのであれば、見届け、勝利を待つべきではないのか。

「だからこそだ!」

「え?」

「いますぐ元に戻せ! このままでは、世界が滅ぶぞ!」

「世界が滅ぶ……?」

 ラミューリンには、マユリ神のいっていることがまったくもって理解できなかった。なにをもって、世界が滅ぶというのか。確かにこのままセツナの力が際限なく膨張を続ければ、そのようなこともありえないこともないのではないか、と想えなくもないのだが、そんなことはないだろう。彼は人間だ。限界があり、いずれ力尽きる。無尽蔵に召喚武装の能力を引き出せる人間などいようはずもないし、そこは心配する必要はないだろう。もちろん、失った戦力を考えれば、ここで元に戻すという選択肢もないわけではない。二百名の武装召喚師に、セツナの同胞たち。その全員を蘇生させるには、戦場回帰以外の選択肢はない。だが、ナリアを討つには、いまこの好機を置いてほかにはないのではないか。

 ラミューリンの逡巡はそこにあった。

 どのような犠牲を払ってでも統一帝国に勝利をもたらす。

 それが、彼女に課せられた使命だ。

 統一帝国の勝利と将来のためならば、この船が墜ちようとも、ラミューリン自身が死のうとも構いはしない。だれが死のうと、どれだけ命を散らせようとも、勝利こそが最優先にするべきなのだ。だが。

「なるほど……そういうことか。そういうつもりか。ナリア。おまえの考えは読めたぞ。すべては、このための茶番だったわけだ。なにもかも、今日のこのときのための……」

 口惜しげに戦場図を睨む女神の様子からは、彼女が大袈裟に表現したのではないことがわかる。

 世界が滅ぶ。

 それがどういう意味で、なにを原因としているのかは不明なままだが、ここは女神の意向に従うのが懸命だろう。 

 たとえナリアを斃せたとして、世界が滅んでは意味がない。

 ラミューリンがここにいるのは、統一帝国の将来のためであり、勝利のためなのだ。

 世界が滅亡しては、統一帝国の未来もなにもあったものではない。

 彼女は、戦神盤の最大能力を発動させた。

 時間は、戻る――。


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