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第二千五百七話 光明神(二)

 どこからともなく満ちた光は、室内を満たしていた闇という闇を飲み込み、焼き尽くし、蹂躙し、薙ぎ払い、消し飛ばした。闇だけではない。セツナの目に映るもの、映らないものに限らず、室内に在ったほとんどすべてのものを尽く灼き払っていったのだ。

 そしてそれは、一瞬のことだ。

 刹那の時間にすら満たないほどの一瞬。

 その間にすべては決した。

 すべてが、失われた。

「セツナ――」

 断末魔が、耳に残っている。

「ごめん――」

「御主人様――」

「お兄ちゃん――」

「すまねえ――」

「セツナ――」

「大将――」

 つぎつぎと聞こえたのは、彼女たち、彼らの断末魔だ。

 室内に満ちた光によって蹂躙され、破壊され尽くし、殺されたものたちの最期の言葉。今際の際、正気を取り戻した皆の懺悔であり、最期の言葉――。

 セツナは、視ていた。

 光が、すべてを消し飛ばす瞬間を完全武装によって強化された五感が余すところなく捉え、把握させ、認識し、理解させたのだ。

 光。

 室外の八方向から到来したように想える。それは、刹那にさえ満たない極わずかな時間でもって室内を蹂躙し、世界そのものを作り替えるが如く、極彩色に塗り潰した。そこからの出来事もすべて、一瞬のうちに起こったことだ。

 光が、ファリアの首と胴体を切り離し、消し炭に変えた。ミリュウは胴体を真っ二つにされ、シーラもまた、ばらばらに切り飛ばされた。エリナは粉微塵になり、ウルクはでたらめに破壊された。ウルクは消滅し、エスクは全身を徹底的に粉砕され、ダルクスもまた、鎧ごと抹消されるようにして、消えた。光の中に。統一帝国が誇る二百名の武装召喚師たちもひとり残らず消滅すれば、サグマウもまた、抗うことすらできず、光の中に消えてなくなった。

 なにもかもすべて、光に飲み込まれた。

 残ったのは、セツナだけだ。

 セツナただひとりと、女神ナリアとその使徒たる人形遣いアーリウル。

 それだけが、光に満たされた空間に残った。

「なにを……」

 すべてを理解しながらも、セツナの口から発せられたのは、そんな言葉だけだった。なにもかもを把握している。なにが起こり、どのような末路を辿ったのか、どのような結果となったのか、完璧に近く理解している。皆、死んだ。室内に満ちた光に焼き尽くされて、滅ぼされた。死に様は様々だったが、死体ひとつ残さず消滅したのだ。それが事実。それが現実。それが結末――。

 光に満ちた世界。

 生き残っているのは、自分ひとり。

「なにをしたか? ですか? 簡単なことです。あなた以外の方々に消えて頂いたのです。あなたにとっても邪魔でしょう?」

 女神は、物腰も柔らかく微笑んできたが、セツナには、挑発されているようにしか受け取られなかったし、そうとしか考えようのない発言だった。体が震えている。熱を帯びている。

「邪魔……だと」

 セツナの脳裏を先程の光景が過ぎり、感情が激しく揺さぶられる。怒りは当然の如く噴き上がるのだが、同時に己の無力感にも苛まれる。結局、自分がなにもできなかったという事実に行き着くのだ。どうしたところで、結論はそこだ。もちろん、女神ナリアの力が圧倒的にも過ぎたということもあるのだが、それ以上に、完全武装状態の自分ですら為す術もなかったという事実の前には、なにもかもが霞んだ。

 なにもできなかった。

 反応すら、だ。

 だれひとり護ることもできなければ、皆を待避させるということすらできなかった。ファリアたちが全員、相手の支配下に回った時点で逃げに徹するべきだったのではないか。いや、それでは根本的な解決にはならない。支配を脱却する方法は、被支配者がみずからの命を絶つ以外に考えられるのは、支配者を討つことだ。それはつまり、アーリウルを斃すか、アーリウルの主たる女神ナリアを滅ぼす以外にはない。あそこで逃げ出したところで、厄介ごとが増えるだけだ。だが、それ以上に最良の選択肢があったかといえば、どうか。

 女神ナリアを速攻で撃滅する――。

 最良にして最上の選択肢がそれだが、それができていれば、苦労はなかった。

 しようとはした。

 しかし。

「セツナ=カミヤ。あなたは、あなたの恋人たち、あるいは従僕が敵に回ることを想定してさえいなかった。敵に回れば、あなたの刃は鈍る。あなたは、愛に生きている。愛という鎖があなたの自由を縛っている。それはこの上なく美しい光を発するものではあるけれど、同時に、あなたには不要なものです」

 ナリアは、告げる。なによりも圧倒的な事実を告げてくる。

 セツナの手は震えたままだ。手だけではない。体中の震えが止まらない。様々な感情が錯綜し、考えが纏まらない。少なくとも、冷静などではなかった。冷静などではいられなかった。当然だろう。なにもかもを失ってしまった。頭の中は真っ白だ。血液が逆流しているような感覚。鼓動が早まり続けている。喉が渇く。呼吸が荒くなっていく。汗が止まらない。力が制御できない。黒き矛の憤怒の声が聞こえる。声に身を委ねようとする自分を止められない。

「あなたがもし、愛よりも勝利を優先していれば、わたしを滅ぼすことも不可能ではなかった」

 告げてくるのは事実にほかならない。

 ただの事実だ。否定しようのない事実。そして、自分のひとつの考えが正しかったことを示す現実。完全武装状態で全力を発揮したならば、ナリアにすら届くという確信。だが、その確信もいまや無意味となった。無益なものとなった。なぜならば、すべてを失ってしまったからだ。

 彼がもっとも護りたいと想っていたものすべてが、この手からこぼれ落ちてしまった。

 護れたはずなのに。

「ですが、あなたは手を止めた。その結果、わたしの布陣は完成した。八極大光陣は絶対無敵の布陣。これある限り、わたしはなにものにも敗れ去ることはない。そう、たとえあなたであっても」

 女神は、燦然と輝いていた。

 つい先程までの暗闇は、このときのためのものだったのかもしれない。八極大光陣なるものによって、より強大な、絶対的な力を得たことの演出のためにこそ、この室内に暗闇を呼び込んでいたのではないか。そう想えるのは、ナリアの性格の悪さを突きつけられたからだ。

「あなたは遅きに失した。それもこれも、あなたが愛に惑ったから。あなたが愛に現を抜かさなければ、あなたが愛に囚われなければ、あなたが愛というこの世でもっとも美しいものに支配されていなければ、こうはならなかった。覚悟が足りませんでしたね?」

 室内に満ちた神々しい光の中で、ナリアは、微笑んでいた。その微笑は、見ようによっては美しいとしかいえないのだろうし、実際に美しいことこの上ないのだろう。しかし、セツナには、そのまばゆい笑顔が悪魔のように見え、その悪魔を打ち倒すべく、力を欲する自分を押し止められなかった。

 もう、いいだろう。

 そんな声が聞こえた気がした。なにもかもを諦めたような、そんな声。だれの声なのか。知っているはずなのに思い出せない。

 もう、なにも我慢する必要はない。もうなにも制御する必要はない。すべて、解き放てばいい。なにもかもすべて、解放してしまえばいい。明け渡してしまえばいい。そうすれば、楽になれる。確実な勝利を得られるはずだ。絶対的な力を得られるのだから。

 百万世界の魔王の力。

 その顕現――。

 彼は、無意識に黒き矛を掲げてていた。

 女神が目を細めた。

 ナリアはきっと、そのときを待ち望んでいたのだろう。

 それこそがナリアの望んだ展開だったに違いない。 

 だが、構わない。

 構うことはない。

 すべて、滅ぼせばいいだけのことだ。

 それだけの力がここにある。


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