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第二千五百四話 神への挑戦(五)

「来てくれただって?」

 セツナは、総毛立つのを認めながらも、ぐっと堪えてその場に踏み止まった。反射的に体が飛び出そうとしていたのだ。無意識の反射を思考によって制御することができたのは、とりもなおさず、完全武装状態のおかげだろう。召喚武装の副作用による強化は、肉体のみならず精神にも及ぶ。精神を摩耗しながら、精神を強化するというのも奇妙な話だが、実際にそうなのだから仕方がない。そして、その精神強化のおかげで黒き矛の反応を制御することができたのだから、重畳というほかない。もし、黒き矛だけしか召喚していなかったならば、魔王の杖の怒りのままに殴りかかっていたのではないか。そしてそうなれば、大いなる神の反撃に遭い、命を落としていたに違いない。

 そこまで理解できたのもまた、完全武装状態だったからだ。

 完全武装――つまり、黒き矛と六眷属のすべてを召喚し、装備した状態のセツナは、通常はもちろんのこと、黒き矛のみ召喚したとも比較しようもないほどに強くなっている。

 強くなっている、というのは極めて抽象的な言葉だが、具体的にいえば、視覚、聴覚、嗅覚などのあらゆる感覚が何倍、何十倍にも増強され、身体能力もそれに見合うだけのものとなっているのだ。ただ走るだけで、飛ぶだけで、常人のみならず、並大抵の武装召喚師にも捉えられないだろうし、軽く拳で殴りつけただけで致命傷になるはずだ。もっとも、肉体の強度は常人と大差はない。が、召喚武装の能力を駆使すれば、その脆弱な人間の肉体を鋼よりも硬くすることもできるし、なにより、神の加護がある。

 マユリ神の加護は、セツナのようなただの人間が神のような存在と戦う上で必須といっても言い過ぎではない。マユリ神の加護なく戦った経験がそう確信させるのだ。

「そうですよ、セツナ。わたしはあなたに逢いたかった。あなたに逢って、あなたと話し、あなたと触れ合い、あなたを感じ、あなたを知る。そしてあなたには、わたしを感じ、わたしを知って欲しいのです」

 マリシアハインの声で、それはいう。

 マリシアハインの肉体を依り代とする大いなる女神ナリア。その肉声はマリシアハインそのものだというのに、声から感じられる気配はまったくといっていいほどに異なっていた。だからこそ、黒き矛が反応し、脳が警告を発するのだ。これまでの敵とは比べるべくもない強敵であり、戦うならば相応の覚悟が必要だ、と。

 声だけではない。姿形も、先程までとなにひとつ変わってなどいなかった。変化があるとすれば、そう、その気配だろう。人間に近かった気配はまったく異質の波動となり、渦を巻いた。風など吹いてもいないというのに揺れる長衣の内側には、当然のように暗黒があるのだが、その狭間には無数の光が瞬いていた。さながら星々輝く宇宙の如くであり、ナリアの誇る絶大な力、その一端を見せつけられた気がした。

「なぁにいってんのよ! 気持ち悪い!」

「そうだそうだ!」

「御主人様に触れていいのはわたくしたちだけでございます!」

「そうだよ!」

「レムのいうとおりです」

「……セツナ」

 ミリュウたちが気丈にも言い返す中、ファリアがそっと話しかけてきたのは、セツナの気配に不安を感じたからだろう。セツナは、いまにも飛びかからんとする黒き矛を抑えるのに必死だったのだ。少しでも気を抜けば、その瞬間、セツナは、黒き矛そのものとなってナリアに襲いかかりかねない。それくらい、黒き矛は殺気立っている。

 黒き矛が神を敵視していることは知っている。これまでも何度となく神に対し、極めて凶悪なまでの殺意を抱き、セツナに神殺しを働きかけてきていた。実際に神殺しをなしたときには、セツナを限りなく賞賛したものだし、マユリ神を仲間として見ていることに関して、腹立たしく想っている節がある。

 黒き矛は、魔王の杖の異名を持つ。

 その異名の通り、魔王の力の顕現である、という。

 百万世界の魔王の力。

 故に神々は黒き矛を忌み嫌い、黒き矛もまた、神々を敵視している。

 その黒き矛の想いがいままで以上に強烈に現れているのは、ナリアがそれほどまでに強力な神だということの現れなのだろう。

 そして、だからこそ、セツナは、黒き矛を握り締め、流れ込んでくる膨大な量の感情を制御しながら、言い切れるのだ。

「俺はだいじょうぶだ。あんなのに惑わされたりはしないよ」

 黒き矛が味方である限り、神に誘惑されることなどありえない。

「惑わす? わたしが?」

 ナリアは、困ったように目を細めた。そして、悠然とした動作で、口元に手を当てる。人間らしい仕草は、五百年もの間、帝国のひとびとを見守ってきた間に身につけたものなのか、それとも、そうあるものとして現出したからなのか。いずれにせよ、極めて人間味に満ちた挙措動作も、その神々しさが台無しにしている。

「うふふ。面白いことをいうものですね、セツナ。あなたはわたしのことをなにか勘違いしているようです」

「勘違いだって? ウルクを一方的に支配し、操って、俺にけしかけたのはどこのどいつだよ。人形遣いが実行犯だっていうのはなしだ。あんただろ。あんたが、ウルクを操り、俺を確保することを思いついた」

 セツナは、黒き矛と同調するように怒りを吐き出した。吐き出さずにはいられなかったし、このまま殴りかかりたいとさえ想った。それくらい、ナリアのしたことは許せなかった。あのときは、ウルクが正気を取り戻し、みずからを破壊したから事なきを得たものの、そうでなければ、セツナが彼女を破壊したことだろう。無論、自分のことよりも、ウルクにそのような決断をさせ、自殺に近い行動を取らせたことが許せなかった。

「ええ。その通りですよ、セツナ」

 ナリアは、艶然と微笑む。人間の感情など意に介さないところがいかにも神らしいといえば、マユリ神に悪いかもしれない。だが、ナリアの有り様は、上位者、絶対者としての神そのものといってよく、人間の理解者にして救い手たろうとするマユリ神とは相容れないもののように想えてならなかった。

「しかし、物事を穏便に進める上では致し方のないこと。なにせ、あなたは黒き矛の使い手。魔王の杖の護持者。わたしとの話し合いになど、応じてくれましょうか?」

「だから、俺が手出しできないだろうウルクを使って、強引に話し合いの席に着かせようとしたってのか? それは話し合いなんかじゃあない。脅迫だ」

「ですが、それもこれも、この世のため。いえ、この世界だけではありません。百万世界に生きとし生けるすべてのもののためなれば」

「なにいってやがる」

 セツナは、吐き捨てるようにいって、ナリアを睨み付けた。胸の内が震えている。心が燃えている。魂が吼えている。

「あんたら皇神は……聖皇に召喚された神々の望みは、悲願は、在るべき世界への帰還だろう。それだけだ。それ以外にはなにもない。だからこそ、五百年もの長きときを待ち続けることができた。だからこそ、最終戦争を起こすことができた。この世界に生きるものたちの命なんて、塵芥と同義なんだからな」

「それは違いますよ、セツナ」

 ナリアは、わざとらしいほどに哀しげなまなざしをして見せてきた。その表情のひとつをとっても大袈裟で、わかりやすく感情を伝えてくるのだが、だからこそ、苛立ちが増していくのかもしれない。ナリアの心情など、知ったことではない。

「わたしは、ハインの子孫を彼と同じように愛しています。だからこうして、もう一度、ザイオン帝国をひとつに纏め上げようとしているのですよ」

「なにを……」

 いうのか。

 セツナは、ナリアの思考が読めず、苦い顔をした。

 



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