第二千四百九十九話 接近
ウルクナクト号が海上移動城塞を索敵範囲に捉えたのは、九月二十日午後二時のことだ。
南ザイオン大陸北部近海を悠然と南進し続ける巨大な白亜の城塞は、セツナたちが初めて見たときより形状が変わっていた。城塞を囲う城壁、その八つの角に聳えていた塔が、その基底部ごと大きく迫り出しており、城塞から八つの足が飛び出し、そこから牙か角でも生えているような印象を受けた。その塔ひとつひとつが巨大なのはいうまでもないが、塔が基底部ごと迫り出したことにより、城塞そのものがさらに迫力を増している。ただし、城壁そのものに大きな変化はなく、以前、塔があった場所からは城壁内部が覗き見えた。つまり、そこから内部に入り込める、ということだ。
「接近できれば、の話だがな」
「そうね」
ファリアが、映写光幕に映し出された城塞を見遣りながら、冷ややかに肯定した。
「簡単に近づけそうもないわね」
というのも、海上移動城塞の直上を無数の神鳥が飛び回っているからだ。さながら海上移動城塞を周遊する衛星のようだが、問題は、そこではない。その数が問題だ。海上移動城塞の上空を白く塗り潰すほどの数だ。数え切れないといっていい。
もし城壁に生まれた隙間から突入するというのであれば、その数え切れない神鳥の猛攻を凌ぎきらなければならず、セツナたちであったとしても無傷というのは難しいのではないか。そう想えるほどの数であり、その数を認識しただけで、海上移動城塞が移送中の大帝国軍の総兵力が百万どころではないだろうと感じ取れた。百万というのは、将兵の数だ。北ザイオン大陸を二分した南北帝国の、統一後の総兵力。その後、ウルクには伝えられることなく、増員された戦力があったとしてもなんら不思議ではない。相手は神だ。神鳥や神獣の類が数多に海上移動要塞に乗り込んでいたとしても、別段、おかしなことではなかった。そして、その予測は、当たった。
膨大な数の神鳥の群れを目の当たりにして、セツナは、このたびの特攻作戦への変更が正解だったことを思い知った。
「ま、近づく必要はないんだがな」
セツナは、機関室でだれよりも緊張し、つい先程まで呼吸を整えていた人物に目を向けた。ミリュウたちからの反感に考慮したのか、やや厚着といえるような格好をしたラミューリン=ヴィノセアが、機関室に備え付けられた水晶球の前にいる。つまり、女神マユリの鎮座する目の前であり、機関室に集ったセツナたちの注目の的となっていた。そのことが彼女の緊張を加速させているのは、いうまでもない。しかし、セツナたちが彼女に注目するのは自然なことであり、致し方のないことだ。
彼女は、この度の作戦の要だ。
この度の作戦は、当初、海上移動要塞への牽制および調査を目的としていた。そして、その作戦の本題、主眼というのは、実はラミューリンの戦神盤にあったのだ。ラミューリンの戦神盤こそ、対大帝国戦の切り札であり、勝利の鍵というべきものなのだが、それは、マユリ神がラミューリンに力を貸すことで初めて意味を成す。通常、ラミューリン個人の力で引き出せる戦神盤の能力だけでは、対大帝国戦における戦場を掌握し、その戦場に展開する戦力情報を完璧に把握することは困難であり、そのため、マユリ神の加護が必要不可欠だった。とはいえ、それを一度も試すことなく、いきなり実戦に投入するというのは、無謀も甚だしく、今回の海上移動要塞への攻撃において、試験運用してみることとなっていたのだ。
それが、突如として作戦内容そのものを大きく変更することとなり、ラミューリンにかかる責任も増大した。統一帝国首脳陣が集う会議の場においても沈着冷静かつ艶然たる表情を崩さなかった彼女が、緊張のあまり呼吸を整えるのに必死になるのも無理からぬことだ。
セツナたちの命運および統一帝国の存亡は、ラミューリンの双肩にかかっているといっても過言ではない。
もちろん、ラミューリンだけではない。ラミューリンを加護するマユリ神もまた、セツナたちの命運を握っている。マユリ神の見立てに誤りがあれば、見込み違いであったりすれば、セツナたちは、敵地に放り込まれるだけ放り込まれ、終わることもありうる。最悪、そうなったらそうなったで苦境を脱するだけの自信がセツナにないわけではないが、そうなって欲しいわけではない。
当然の話だが、ラミューリン配下の武装召喚師二百名も、このたびの作戦に参加することになっている。彼らは既にウルクナクト号の甲板上に待機しており、作戦開始とともに海上移動城塞への攻撃を仕掛ける手筈となっている。彼らが海上移動城塞へ攻撃を仕掛けたとき、それがつまり、戦闘開始の合図であり、戦神盤が戦場認定を行う瞬間となるだろう。
戦神盤の能力が作用するのは、例外を除けば、戦神盤が戦場と認定した領域のみであり、戦場と認定するには、いずれかの軍勢がなんらかの行動を起こさなければ戦場と認定しないのが戦神盤の厄介な点といえた。
本作戦において、戦神盤が中核を成すのは、その能力が極めて特異かつ強力無比だからだ。戦神盤は、戦場と認定した領域内における戦力を完璧に把握することができ、すべての戦力を使用者たるラミューリンに認識させる。それら全戦力は、戦神盤が独自に分析し、強弱をも算出するといい、それによってかつてセツナを重点的に狙うといった戦術を取ったのがラミューリンだ。つまり、海上移動城塞内でもっとも強大な力を持つ存在の座標さえも明確にわかるということであり、戦神盤のもうひとつの能力を用いることで、セツナたちは、労せずして大帝国の神と直接対決に及ぶことができるのだ。
戦神盤は、自軍戦力を自在に動かすという強力無比な能力も持っている。セツナたち戦場の戦力は、まさに戦神の盤上に配された駒となるというわけだ。
もっとも、敵本陣に敵軍の最大戦力が配置されているような戦場ばかりとはいえないため、必ずしも素早く敵大将を討つことができるかといえばそうではないだろうが、今回に限っていえば、間違いなく役に立つことがわかっている。
なぜならば、海上移動城塞には、大帝国の神がいるはずだからだ。
巨大な城塞が海上のみならず、海中をも移動していたのだ。神の力なくしてそのようなことができるはずもない。何百人、何千人もの武装召喚師が力を結集すればその限りではないが、マユリ神の見立てでは、その可能性のほうが極めて低い。海上移動城塞からは、莫大な神威を感じ取れるという。故にこそ、この度の特攻作戦に意味を見いだせたのだが。
もし、海上移動城塞に大帝国の神がいないということがわかっていれば、特攻作戦など行う必要もなかった。方舟から全力で攻撃し、海上移動城塞を破壊し尽くすだけで事足りるだろう。そのために数え切れない帝国人が命を落とすだろうが、統一帝国のためであれば、致し方がない。
そう、考える。
割り切る、ということは、そういうことだ。
そしてそれができるのは、大帝国の人間と関わりを持っていないからだ。
リグフォードたちの死を未だ引きずっているのは、要するに、彼らと触れ合い、ひととなりを多少なりとも知ってしまったからにほかならない。なんの関係もない人間ならば、無関係な人間であれば、意識せずに済む。任務だ、使命だ、と、割り切れる。薄情だが、人間とはそういうものだろう。
少なくともセツナは、そうやって今日まで生きてきた。
すべての人間を救えるとは想っていないし、そこまで傲慢でもない。
全能ではないのだ。
神をも滅ぼす強大な力を持った一個人に過ぎない。
(それがどれほどのものか、よくわかっているつもりだが)
セツナは、無意識に拳を握り締めている自分に気づいて、はっとした。いつになく、力んでいる。この作戦に統一帝国の存亡がかかっているから、では、あるまい。もっと大事なことがある。
自分たちのことだ。
敵は、神。
それもマユリ・マユラ神以上の力を持った神だ。
おそらくこれまでセツナが戦ったことのあるどの神よりも強大な力を持っているのだろう。
セツナひとりで立ち向かえるものではないのは明らかであり、そのために、皆の力を借りることになる。ファリア、ミリュウ、レム、シーラ、エリナ、ウルク、ダルクス、エスク、それにサグマウ、タズマウ。そして二百名の武装召喚師。そのすべての戦力でもって、大帝国の神と当たる。
この特攻作戦の肝は、そこだ。
現在投入できる全戦力を一点に集中するのだ。
セツナたちと海神の使徒、それに統一帝国が誇る精鋭武装召喚師二百名が力を合わせれば、たとえ大帝国の神といえど、倒せないはずがない。
そう、思い込まなければ、信じ込まなければ、やってはいられない。