第二千四百九十四話 鍵を握るもの(三)
方針が定まり、戦術も決まった。
方針は、徹底抗戦。これ以外には道はないことは当初より明らかだったが、ノアブール基地での作戦会議において改めてそう定められた。
戦術は、ラミューリン=ヴィノセアの召喚武装・戦神盤を要とする本陣奇襲策。戦神盤の能力によって判明するであろう敵陣内のもっとも強力な駒の座標にこちらのもっとも強力な駒を送り込み、早期決着を図るというものだ。いかに大帝国が百万の将兵を有していようと、その支配者たる神を討ちさえすれば、どうとでもなるだろう、と、マユリ神は考えていた。
皇帝を討つのでは、ない。
神を討つのだ。
そして、神さえ討てば、皇帝マリシアハインと交渉の場を設けることも不可能ではないのではないか、と、セツナたちは考えていて、その考えにこそ、ニーウェハインたちは縋り付いた。
マリシアハインがウルクのように神の支配から脱却し、正気を取り戻してくれれば、話し合うこともできるに違いない。そして、話し合うことが出来さえすれば、あとは、大帝国将兵ともどもに北ザイオン大陸に帰ってもらえばいい。そのためには膨大な時間がかかるだろうが、百万の将兵を養えるほどの余裕も体力も統一帝国政府にはない以上、致し方のないことだ。
あとは、戦力の結集だが、それにはやはり時間がかかった。
ときに大陸暦九月十七日。大陸各地から結集中の統一帝国軍が勢揃いするには、まだ十日ほどの日数が必要であり、それはつまり、大帝国の本格的な侵攻が開始されるまで、なんとしてでも時間稼ぎをする必要があるということだった。
「本陣急襲が戦術の要っていうなら、総力を結集するまでもないんじゃないの?」
ウルクナクト号に戻るなり、ミリュウがいった。
その疑問は、もっともだ。
戦術の要はラミューリンと戦神盤だが、勝利の鍵はセツナたちだ。現状、統一帝国軍における最高戦力といえるのは、セツナたちをおいてほかにはなく、大帝国の神の座標に送り込むのはセツナたちということになっている。セツナひとりではないのは、神の力が未知数だからだ。神を滅ぼすことができるのは、魔王の杖ことカオスブリンガーだけかもしれないが、ほかの召喚武装でも神と戦えないわけではない。
そして、セツナたちだけが勝利の鍵というのであれば、ほかに戦力を動員する必要などないのではないか。セツナたちだけを敵地に送り込めば、それだけで事足りるのではないか。結集を待つ必要など、どこにあるというのか。ミリュウがいいたいのは、そういうことだろう。
自分たちだけですべてを片付けるというのであれば、総力を集めるための時間稼ぎをする意味などないのではないか。
「念には念を入れておきたいんだ。大帝国の神を斃しただけですべてが解決するっていうんなら、俺たちを送り込んでくれるだけでいいんだがな……」
「そう上手くはいかない可能性も、あるでしょ」
「うーん……でもさあ」
ミリュウが食卓の上に突っ伏したのは、疲労が溜まっていることと無関係ではあるまい。大船団強襲以来、ほとんど休みなくいまに至っている。ミリュウだけではない。船内食堂に集まったほとんど全員が疲労を隠せない様子であり、そんな皆のためにゲインが豪勢な料理を振る舞ってくれるということで、皆、食堂に集まっていた。
『たとえば大帝国の神をセツナが滅ぼすことに成功したとしよう。それによって皇帝マリシアハインが正気を取り戻すかどうかも不明だ。ウルクを操っていたのは、人形遣いアーリウルといったな?』
「はい」
ウルクがうなずいたのは、腕輪型通信器上に投影されているマユリ神の幻像にだ。女神は現在、機関室にいる。
『その人形遣いとやらは、まず間違いなく神の加護を受けている。それもかなり強力な、な。サグマウと同じ使徒と考えれば良い。よって、これも滅ぼさなければならないだろうが、力の源となる神が滅び去れば、必然的に加護を失い、使徒としての力を失い、消滅することも可能性としてはないわけではない。それは、皇帝にもいえることだ』
「皇帝にも?」
『皇帝マリシアハインが神の加護を受けていない可能性もないわけではないが、極めて低いだろう、とわたしは見ている』
「つまり、皇帝も使徒になっている?」
『可能性の話だ。もちろん、そうではない場合だって十二分にありうる』
「……使徒は、主となる神が滅びれば、力を失い、消滅するってこと?」
『そうだ』
「ってことは、あのひとも、そうなるの?」
ミリュウのいうあのひととはサグマウのことだろう。生前の、人間としての名はリグフォード。
『マウアウ神が滅びれば、な。だが、マウアウ神は、滅びまい。セツナと敵対しなければ、滅ぼされる道理はない』
「まるで俺が神様の生殺与奪を握っているような物言いだ」
セツナは、ミリュウの腕輪型通信器が虚空に投影した女神を見遣りながら、肩を竦めた。すると、女神はこちらを一瞥して、呆れたような顔をした。
『そういっているのだがな』
「おいおい」
『おまえは、黒き矛の、魔王の杖の護持者だ。魔王の杖に選ばれた、神の敵。百万世界の敵対者。それがおまえだ。元来、おまえのようなものが神々と手を取り合うことなど、万にひとつもあり得ないのだ』
「百万世界の敵対者……とは、また大袈裟だな」
マユリ神からの評価に目を細めると、背後からエスクが声をかけてきた。
「大将に相応しいとは、想いますがね」
「おいおい、俺をどこまで買いかぶってんだよ」
「これでも過小評価なくらいじゃないっすかね」
「おまえなあ」
なにやら楽しそうなエスクを睨むこともせず、彼は嘆息するほかなかった。エスクがセツナを高く買ってくれていることそのものは嬉しいのだが、それにしたって、過大評価にもほどがあるのではないか。
「でも、マユリんはセツナに協力してくれてるじゃない?」
『元来、といった。通常ならば、本来ならば、いつもならば、ありえないことだ、と。しかし、セツナが魔王の杖が持つ魔力に取り込まれず、対話を選択肢に入れるだけの理性を持ち続けているという奇跡とでもいうべき事態が、このような状況を生んだ』
「奇跡……ね」
「そういえば……そっか。黒き矛なんて、普通のひとは扱えないもんね」
ファリアがこちらを横目に見てくれば、ミリュウもまた、こちらを見てきた。ファリアはマユリ神のセツナ評を内心喜んでいるようであり、ミリュウは、違うことを考えているようだ。黒き矛の複製に成功しながら、あまりにも完璧に複製したがために逆流現象を引き起こし、自分を見失いかけたのがミリュウだ。そんな彼女からしてみれば、セツナが黒き矛を平然と扱っていることが信じられないことだったのだ。いまでは見慣れたものであり、当然のこととして受け入れているようだが、たまに思い返すこともあるのだろう。
確かに、黒き矛は、だれもが平然と扱える代物ではない。
ミリュウほどの武装召喚師が制御できなかったのだ。神であることを隠していたマリクですら、逆流現象を起こしかけ、救世神ミヴューラは厳重な封印を施した。つまり、神なるものですら、黒き矛の完璧な制御は難しいのだ。
そんなものを自分の手足と同じくらいの気安さで扱っているのがセツナなのだが、冷静に考えてみると恐ろしいことではあった。とはいえ、その恐怖の塊そのものといっても差し支えのない黒き矛の力を頼らなければ、現状、どうしようもないという事実もあるのだ。
『話が逸れた。皇帝や人形遣いが神の使徒だった場合、神を滅ぼせば、神とともに消滅するだろう。そうなれば、万事解決――というわけにはいかないことくらい、おまえたちのほうがよくわかっているのではないか?』
「解決……しないかなあ」
「どうかしらね……」
うんざりとしたようなミリュウのつぶやきに対し、ファリアが腕組みをしながらいった。彼女以外の皆も、一様に難しい顔をしている。
マユリ神がいったのは、東西紛争後、雨後の筍の如く続出したゼネルファーを始めとする抵抗軍のことだろう。彼ら抵抗軍は、東帝国皇帝ミズガリスが降伏した事実を確認しながらも、それを受け入れられず、武装蜂起した。そのようなことが大帝国でも起きないとは限らない。いや、起きる公算のほうが大きい。
「そもそもさ、大帝国の実情が不明なんだよな」
ウルクから引き出した戦力情報も、もはや当てにはできなかった。
大船団がなんの意味もない、労力や資源の無駄遣いだった以上、ウルクが記録した戦力情報もすべて改竄されたものである可能性があった。
改竄と言うよりは、改変というべきか。
百万の軍勢というのは、人間の将兵だけを数えた場合であり、先の大船隊強襲時、大帝国側が迎撃のために繰り出してきた戦力が数百の神鳥だけだったということを考えると、嫌な予感しかしなかった。もしかすると、神人、神獣、神鳥を含め、百万を優に越す大軍勢があの移動城塞の中に犇めいているのではないか。
そしてそれら数え切れない神人や神獣たちが上陸とともに南大陸に解き放たれるようなことがあれば、セツナたちが敵陣深くに転送されたところで、統一帝国軍の被害は甚大とならざるを得ないだろう。
たとえ統一帝国軍が総力を結集したとしても、だ。
兵力差のみならず、戦力差も圧倒的とならば、致し方がない。
その損害をできる限り低くするためにこそ、総力を結集して戦力を底上げし、セツナたちは、敵移動城塞の奥深くにいるだろう神を討つことに専念するのだ。
戦力は、多ければ多いほど、いい。