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第二千四百九十三話 鍵を握るもの(二)

 ラミューリン=ヴィノセアは、匂い立つような妖艶さを纏う女性であり、流し目で見つめられて正気を保っていられる男などいるものだろうかと想うほどの美貌を誇っていた。ただ美しいのではない。一際艶やかな色気があり、それは、セツナの周囲の女性陣にはないものといっていいだろう。ファリアもミリュウもシーラも、それぞれ異なる領域での美人であり、ラミューリンと比べられるものではなかった。

 目を惹くのはその容貌だけではない。武装召喚師として鍛え上げられながらも、異性を惹きつけて止まないだろう肉感的な肢体を隠そうともしない衣装もまた、目立った。露出が多いわけではない。むしろ、着込んでいるのだが、しかし、衣服の生地が極めて薄く、肌が透けて見えるのだ。もちろん、大事な部分は隠されているし、よく見れば透けていることによる問題はないといえるのだが、それでも男性の注目を集めるには十分過ぎるほどの格好だった。

 そんな格好で作戦会議室に現れた彼女に対し、注意するものはひとりもいなかった。どうやらラミューリンのそのような姿は、ニーウェハインたちにとっても見慣れたものだったらしい。つまり、ラミューリンのきわどい格好に驚いたのはセツナとエスクくらいだということだ。そして、セツナだけがファリアやミリュウたちに冷ややかな視線を浴びせられる羽目になったのだから、なんともいいようがない。

 ともかくも、そんな風にセツナたちの注目を集めたラミューリン=ヴィノセアが、大帝国対策会議においてもっとも注目を浴びることになったのは、その格好からではない。

 彼女の愛用する召喚武装・戦神盤こそが逆転劇の鍵を握る存在である、と、会議中、悠然と降臨したマユリ神によって名指しされたからだ。

「戦神盤が……でございますか?」

 ラミューリンは、マユリ神の神々しさに目を細めながら、唖然としたようだった。想像だにしない展開だったに違いないが、それは、彼女以外の参加者全員の想いでもあっただろう。この窮状を打破するための作戦会議だ。マユリ神が途中参加することは最初からきまっていたことだが、まさか、そのマユリ神が途中参加するなり、ラミューリンと戦神盤を窮状打開の要と指名するなど、だれも予想すらしていなかったはずだ。

 かくいうセツナも、マユリ神の想わぬ発言にきょとんとした。

「そうだ。戦場を掌握し、自軍を支配する戦神盤の能力があれば、たとえ大帝国があの海上移動城塞でもって大陸に上陸したとしても、百万の軍勢を展開したとしても、こちらには十分過ぎるくらいの勝算が生まれる」

「戦神盤があれば……?」

「無論、戦神盤ひとつあればいいわけではない。戦神盤と、戦神盤によって動かすことのできる強力無比な駒がなければ、わたしの策は空理空論となる」

「そうか……戦神盤は、自軍の将兵を盤上の駒のように自由自在に動かすことができる召喚武装」

 ファリアがマユリ神の考えを察したのか、思わずうなるようにいった。戦神盤の能力については、ミズガリスの降伏後、ミズガリスとともにセツナたちの監視下に入ったラミューリン本人から説明を受けている。その説明が嘘でない限り、極めて強力な召喚武装といえるだろう。それは攻撃や防御といった直接的な強さではないが、使い方次第では、戦況を左右し、劣勢を覆すことも不可能ではない。セツナたちの帝都急襲が成功したのは、純粋な戦力差であり、戦神盤の能力を駆使したとしても覆しようのないものだったからにほかならない。こちらが帝都に通常戦力を送り込んでいれば、壊滅したのはこちら側だろう。

「その能力を駆使すれば、敵本陣を急襲することも難しくはない……」

「なるほどね。敵本陣の敵総大将を討って、それでこの戦いを終わらせる、と」

「いかに百万の軍勢といえど、総大将――この場合は大帝国皇帝か――が討たれれば、指揮系統は乱れ、戦意は低下する。いやそもそも、戦う意味を失う……か」

「その総大将を討つのが極めて困難だということは諸君もわかっていることと想うが……なに、こちらにはセツナがいる。彼ならば、必ずや成し遂げるだろう」

 マユリ神が暗に言っているのは、敵総大将こと大帝国皇帝マリシアハインの背後には強大な力を持つ神がいる、ということであり、その神を討たない限り、この戦いに勝利はないということだ。そしてそのためには、神をも滅ぼす魔王の杖・黒き矛カオスブリンガーの力が必要不可欠だということにほかならない。

 だが、と。

 セツナは、マユリ神の金色の目を見つめながら考えるのだ。マユリ神よりも遙かに強大な力を持った神に対し、いまのセツナで対抗できるのかどうかは、よくわからない。

 神は殺せる。

 ザルワーンの戦場で神を滅ぼしたことで、不可能ではないことはわかった。だが、あの神は、マユリ神以上の力を持っていたわけではない。第二次リョハン防衛戦で交戦した神よりもずっと弱かった。獅徒ミズトリスとの合一によってさらなる力を発揮したものの、それもどの程度のものなのか。大帝国の神が、もし、それ以上の力を持っているのだとすれば、セツナが完全武装を解禁したとしても敵うものかどうか。

(いや)

 セツナは胸中、頭を振る。

(やらなきゃならねえんだ。なにを弱気になってる)

 やれるか、やれないか、ではない。

 敵うか、敵わないか、ではない。

 斃すのだ。

 大帝国を影から支配する神を滅ぼし、統一帝国を存亡の危機から救う。

 それがいま、セツナに課せられた使命なのだ。

 黒き矛と完全武装が通用するかどうかなど、考えている場合ではない。通用しないのであれば、通用するまで力を引き出せばいい。ただそれだけのことだ。

 神をも滅ぼす魔の杖ならば、それも不可能ではあるまい。

「ちょっと待ってください」

 不意にラミューリンが立ち上がった。会議室の奥に出現した女神を睨むようにして、彼女はいう。

「戦神盤の能力を知っておられますか? あれは……戦場の、戦闘要員の情報を掌握する召喚武装ですが、わたくし個人の能力には限界があります」

 ラミューリンの懸念は、セツナが懸念していたことでもある。戦神盤は、戦場を掌握する召喚武装だ。戦神盤が戦場と認定した領域に存在する戦闘要員の情報を周囲に投影するというのだが、その投影された情報を処理するのは召喚者自身であり、戦場が広くなれば広くなるほど、戦闘の規模が大きくなれば大きくなるほど、召喚者の負担は大きくなる。たとえば、ラミューリンはセツナたちの帝都急襲時には、帝都全体を戦場と見立てるようにして戦神盤を用いたが、それはラミューリンの限界に近い範囲だという話であり、それ以上の広範囲となると、彼女の力の及ぶところではないのだ。

 帝都ザイアスは、これがひとつの都市かと想うほどに広大だが、しかし、大帝国を迎え撃つ戦場となると、帝都とは比べるべくもないほどの広さとなることは疑いようもない。そして、その戦場に展開するのは、敵軍百万と自軍数十万の将兵だ。それらの膨大な情報量がラミューリンに処理できるかといわれれば、できないだろうといわざるをえない。

「知っているとも。だから、なにもおまえ個人に任せるとはいわなかっただろう。この窮状を脱する戦術の要が、おまえと戦神盤だといったのだ」

「言葉の意味がわかりかねます」

「わたしがおまえに協力するというのだよ、ラミューリン」

 マユリ神は、ぐずる子供をあやす親のような口ぶりで告げ、微笑んだ。

 ラミューリンは、そんな女神の微笑みに魅入られたように呆然としていた。

 



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