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第二千四百九十一話 海の王子(二)

 リグフォードこと海神マウアウの使徒サグマウは、当然のことながら、先の戦いがどういうものなのかまったく理解しておらず、セツナたちから事情を聞くなり、大いに驚いた。

 北ザイオン大陸が南ザイオン帝国によって統一され、南ザイオン大帝国が誕生したこともそうだが、その皇帝がかつての慈悲深き皇女マリシア=ザイオンだったことが彼にとっては余程衝撃的な出来事だったようだ。そして、南ザイオン大帝国は神によって支配されており、マリシアもまた、神に支配されているに過ぎないかもしれないという話を聞いて、憤慨した。彼は、多くの帝国人同様、ニーウェハインとニーナだけでなく、ザイオン皇家のひとびと全員を敬愛していたのだろう。

 皇帝を神の如く崇め、皇家のひとびとを敬う帝国臣民にしてみれば、その絶対性を蔑ろにする神の存在など、許せるはずもないのだ。

 そして、その大帝国を支配する神が、南大陸をも掌握するべく百万もの大軍を動かし、南大陸に接近中であるという事実を伝えた。セツナたちの先程の戦いがどういったものだったのかも、包み隠さず、だ。大帝国軍の大船団が、結果的に見れば、セツナたちを嘲笑うためだけに用意されたようなものであるということには、彼も眉根を寄せた。そんな彼も、戦闘の最中、突如として海中から出現した巨大城塞にはとてつもない力を感じたといい、セツナたちに追随したのもそのためだという。

 すべての話を聞き終えたサグマウは、ニーウェハインの統一帝国のため、セツナたちと協力し、大帝国打倒に尽力することを誓った。

 セツナは、そのころになってようやくリグフォードたちの死を受け入れ、彼が海神の使徒として転生したのだという事実を受け入れることができるようになっていた。いろいろ想うところはあるが、いまは、目の前の問題に集中するべきだろう。でなければ、だれひとり護れない。なにひとつ解決できない。

 ただひとつ、彼と協力するに当たって、懸念しなければならないことがあった。

 人間ではなく、使徒という別種の存在へと生まれ変わった彼は、姿形からして人間からはかけ離れており、彼をそのままノアブールに連れて行くのはなにかと難しいことのように想えたのだ。無論、彼のニーウェハインへの忠誠心に疑いはなく、彼が帝国のために尽くしたいという想いも理解している。が、それはそれとして、帝国のひとびとが変わり果てた彼を受け入れてくれるかどうかは別問題だ。

 外見的に彼は、神人と大差がない。よく観察すれば細部が異なるのだが、だれもが注意深く観察するわけもない。一目見て異形であることを認識すれば、それがすべてとなる。この時勢、神人ほど恐ろしいものはないのだ。

 そんなセツナたちの懸念を察したのか、彼は、ノアブールどころか南大陸への上陸も、ニーウェハインへの拝謁も諦めるという旨を伝えてきた。つまり、影ながら大帝国撃退に協力するということだ。

「本当に、それでいいんですか?」

「はい」

 セツナの質問に、彼は驚くほどあっさりと首を縦に振った。

「わたしはもはや人間ではない。陛下への忠誠心は変わらねど、わたしの主はいまやマウアウ様なのです。わたしはマウアウ神の使徒サグマウ。それがすべて。このたびも、マウアウ様の御厚意によって馳せ参じることができただけのこと。本来ならば神域の外へ出ることも許されぬ身」

「リグフォードさん……」

「セツナ殿。皆様。どうか、我々のことは、陛下や方々にはご内密に」

 彼はそういったが、いつかは明らかになることだ。いや、明らかにしなければならないことだろう。

 メリッサ・ノア号は、西帝国領への帰路に着いていたのだ。セツナたちよりかなり遅れることになるとはいえ、必ずや帝国本土に帰り着くものとだれもが信じていた。ニーウェハインだって、そうだ。リグフォードが帰ってくる日を心待ちにしていた。セツナたちの活躍によって東帝国打倒、大陸統一を果たせたことを彼に伝え、彼の働きを讃える日が来ることを待ち望んでいた。

 だというのに、何ヶ月経っても帰還しないとなれば、メリッサ・ノア号になんらかの不具合が生じたり、なんらかの事故、災害に巻き込まれたのではないか、と考えるだろう。捜索のための船隊を編成するかもしれない。だが、そんなことをしても無意味だ。メリッサ・ノア号は、タズマウへと生まれ変わり、残骸すらも残されていないのだ。

 なにもわからないまま、真実を知らないままでは、ニーウェハインたちが可哀想ではないか。

 リグフォードたちの死という事実を知るのもまた辛いことだろうが、知らないことのほうが余程――。

 そんなことを考えながら、セツナは、彼と海上でわかれた。サグマウとタズマウ――海神マウアウの使徒は、その名のままに海中に身を隠した。ノアブール近海を警戒中の統一帝国海軍への配慮だろう。彼のそんな気遣いに心が痛んだ。

 

 ウルクナクト号は、ノアブール基地にセツナたちを転送すると、市外に着陸した。

 セツナたちは、すぐさまノアブール基地内で皇帝ニーウェハインに拝謁し、そこで事のあらましを伝えた。大陸北方の海上にて千五百隻もの大船団を発見したこと。そして、その大船団を急襲し、千隻以上の船を沈めることに成功したこと。その際、海神マウアウの使徒サグマウが協力してくれたこと。そういった字面だけを見れば喜ばしい報告の中でもニーウェハインが決して表情を崩さなかったのは、セツナが報告前から険しい表情をしていたからだろう。セツナは、ニーウェハインをぬか喜びさせるつもりはなかったし、そんなことをしてもなんの意味もないことを知っていた。

「しかしながら、結論をいえば、このたびの敵船団強襲作戦は完全に失敗したのです」

「……そこまで徹底的に船を沈めながら失敗とは、どういうことだ?」

「敵の本命は、大船団ではなかった、ということです」

 むしろ、大船団は、セツナたちを嘲笑うためだけの存在といっても過言ではあるまい。

 これは、自意識過剰でもなんでもなく、冷静に考え抜いた上での結論だった。

 敵――南ザイオン大帝国は、神によって支配されている、と、セツナたちは結論づけている。ゼネルファーやニーウェハインの暴走が無関係だったとしても、ウルクが神属由来の力で支配されていたという事実が、それを裏付けている。ウルクを支配していたのが人形遣いアーリウルだとしても、その人形遣いが神属由来の力を用い、ウルクを支配、操っていたのは間違いないのだ。その神か人形遣いかは知らないが、ウルクの記憶からセツナの存在を認知し、なんらかの方法でセツナが南大陸にいることを知った。それがゼネルファーかニーウェハインか、それとも別のなにかなのかは不明だが、いずれにせよ、大帝国の神がセツナを知り、黒き矛の確保を目的として行動を起こしたのは紛れもない事実だ。

 そのためのウルクの派遣であり、ウルクによるセツナの確保が失敗することを考慮していた可能性はある。そして、ウルクが支配を脱却し、セツナに情報を提供することすら予見していたのではないか。大船団は、そのときのためだけに用意したもの――というのは言い過ぎかもしれないが、敵対勢力に脅威を覚えさせた上で嘲笑うために建造したものなのは間違いないだろう。

 海上移動城塞の存在を知れば、そうとしか想えなくなる。

「海上移動城塞……だと」

「ウルクの記録上には、それに関する情報は一切なかったそうです。つまり、大帝国はウルクが敵に回る可能性すら考慮し、秘密裏に海上移動城塞を建造していたのでしょう。それも、神の力によって」

「神の力……か」

 海上どころか海中をも平然と移動する城塞が人間の手で作れるはずもない。方舟がひとの手によるものと想えないのと同じだ。海上移動城塞もまた、神の御業によるものと考えていいはずだ。それは、マユリ神の見立てでもある。そのことを伝えると、彼は、どこか呆れたように言った。

「この世は神々に祝福されているとはよくいったものだ」

「皮肉ですか」

「皮肉のひとつくらいいいたくもなるさ。そうだろう? セツナ」

「……お気持ちは、お察ししますが。我々もまた、神の協力があってのものだということをお忘れなきよう」

「忘れてはいないさ」

 ニーウェハインは、皇帝の仮面の奥底で目を細めた。

 彼の気持ちは、痛いほどわかる。彼は、人生を神によって狂わされたひとりだ。それをいうなら彼だけではないが、彼は特に、その事実を実感している。白化症に冒されるとは、つまり、そういうことだ。

 そんな彼にしてみれば、なにをするにしても神の存在がちらつく世界の現状に対し、不満のひとつも漏らしたくなるのだろう。

 そんなことがいえるのは、室内にセツナひとりしかいないということも関係しているのだろうが。



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