第二千四百八十四話 先制攻撃(四)
南ザイオン大陸北方の近海、その大海原を覆い尽くすように展開する千五百隻に及ぶ数の軍船からなる大船団は、南ザイオン大帝国の圧倒的軍事力を顕示するものだ。もし万が一にでもそれら千五百隻の軍船がひとつ残らず南大陸に取り付き、上陸を許すようなことがあれば、たとえ持久戦、長期戦に持ち込むことができたとしても、統一帝国は、凄まじい苦戦を強いられることだろうし、想像を絶するほどの損害を出すだろうことは疑いようがない。
故に、南大陸からはまだ距離のある海上で、沈めるだけ沈めることが重要であり、統一帝国の勝利には必要不可欠なことだった。
たとえ大帝国が神の国であったとしても、戦力を数多く失えば、戦略そのものを見直し、北大陸に撤退することだってありうるだろう。それが南大陸および統一帝国を護る上では最良の決着となる。南大陸が戦場とならないのだ。それに越したことはない。
もっとも、もしそうなったとしても、大帝国の神との決戦は避けようもないが。
なぜならば、もし大帝国軍が損害の多さによって北大陸に引き上げたとしても、それを率いる皇帝、あるいは神の目的が旧帝国領土の完全掌握である以上、何年かかってでも再び戦力を整え、南大陸に攻め込んでくることは明白だからだ。統一帝国の安寧を望むのであれば、なんとしてでも南大陸への侵攻を諦めさせるほかないのだが、そのためには、神を打ち倒す以外にはないだろう。大帝国の神が交渉に応じてくれるというのであれば話は別だが、どうやらその可能性は薄い。
交渉する気持ちがわずかでもあれば、最初から問答無用で攻め込んでくるはずもないのだ。
問答無用。
(そうだ。奴らは問答無用だった)
ウルクを派遣し、問答無用にノアブールを攻撃、北部沿岸地域を制圧しようとしていた。そして、大船団の上陸を速やかなものとし、南大陸を迅速に掌握しようとしていたのだ。
交渉の余地など、あろうはずもない。
躊躇うことはない。
相手は、敵大船団は、未だこちらに反応すらしていないのだ。
セツナはというと、カオスブリンガーと六つの眷属を召喚し終えている。黒き矛と眷属たち。矛を両手に握り、メイルオブドーターを纏い、マスクオブディスペアを頭に乗せている。エッジオブサーストはメイルオブドーターと同化させ、アックスオブアンビションとランスオブデザイア、ロッドオブエンヴィーは、マスクオブディスペアの能力で生み出した闇の手に持たせていた。
完全武装状態という奴だ。
つまり、七つの召喚武装の同時併用ということであり、その維持だけで凄まじく精神力を消耗し、心身にかかる負担も凶悪というほかない。だが、その負担に相応しいだけの利点もある。まず、視覚、聴覚、嗅覚、触覚――ありとあらゆる感覚が通常とも黒き矛だけの状態とも比較しようがないほどに強化されている。大船団を覆い尽くさんばかりに肥大し、さらに鋭敏化した感覚は、セツナに万能感をも与えた。無論のことだが、その感覚に飲まれてはならない。万能感に支配されれば最後、自分を見失い、力に支配される怪物と化す、逆流現象の前触れのようなものだ。そうなれば、召喚武装から流れ込む莫大な量の力が精神を、心を、意識を破壊し尽くすだろう。
それを制御してこその武装召喚師だが、通常、武装召喚師は、七種の召喚武装を同時併用することなどありえない。二種同時併用すら、普通はしない。負担が大きく、消耗が激しいからだ。その分、身体能力や五感が強化されるとはいえ、使い慣れた召喚武装ひとつだけのほうが長時間戦闘する上では理に適っている。
しかし、今回は、長時間の戦闘を目的としているわけではない。大船団への強襲と船の撃沈こそがこの作戦のすべてであり、強襲と離脱の繰り返しは長時間、行えるものではない。ならば最初から全力を叩き込むべきだし、セツナは、七種同時併用による完全武装状態の完璧な制御こそ、ネア・ガンディアの打倒に必要不可欠な要素だと考えていた。そのためにも、完全武装状態を使いこなしていかなければならない。
あのときのように。
第二次リョハン防衛戦の光景がセツナの脳裏を過ぎった。地上に帰還して初めて完全武装状態となったあのとき、制御は完璧とはいえなかった。ネア・ガンディアの神を倒しきれなかったのもそのためだ。すべてが完璧で完全ならば、あの神を斃し、クオンにだって肉薄できたはずだ。
それができなかった。
今回は、どうか。
彼は、矛を握る手に力を込めた。
『準備はいいな?』
マユリ神の言葉に甲板上のだれもがうなずいた。
セツナは完全武装状態となり、ファリアはオーロラストームからクリスタルビットを展開し、ミリュウはラヴァーソウルの刃片を周辺に浮かべていた。クリスタルビットがファリアの背後で光背のように展開すれば、刃片は複雑な紋様を描き出している。エスクはホーリーシンボルの光輪を発生させ、準備万端と言いたげにこちらを見ていたし、ウルクもいつでも良さそうだった。エリナも、フォースフェザーによる支援を全員に行っている。それらは全員、甲板上の離れた位置に立っている。相互干渉しないようにだ。
準備は万端。
これで、どれだけの船を沈めることができるのか。
『では、できる限り接近する。各自、射程に入り次第、攻撃せよ。船は、敵船団上空を通過する。その間、できる限り撃沈するのだ』
マユリ神による作戦説明の直後、ウルクナクト号の翼が大きく羽ばたいた。六対十二枚の光の翼が方舟を加速させ、空を駆け抜けていく。そして、方舟そのものが大きく傾いた。しかし、セツナたちが態勢を崩すことはない。なぜならば、ダルクスが甲板上の重力を支配しているからだ。彼の召喚武装には、そのような使い方もある。そして、そのおかげでセツナたちは、大きく傾く船の上から、大船団をはっきりと視界に捉え、射程に収めることが可能となっていた。
方舟の甲板を覆う半透明の天蓋が展開し、防御障壁の一部が開放される。そうすることでようやく外部への攻撃が可能となるのだ。
千五百隻の黒船を真っ先に射程に捉えたのは、セツナだった。完全武装状態のセツナの射程距離は、この中ではだれよりも長い。それはわかりきっていたことだが、作戦の都合上、彼はいましばらく攻撃を待った。大船団からの反撃を考えれば、攻撃を加えるのは同時か、連続的であるほうが好ましい。攻撃後、すぐさま戦場から離脱するつもりなのだから、当然だ。
そうして、船が急速に大船団上空へと接近していく中、セツナはようやく黒き矛の穂先を敵船団へと向けた。目標は大船団の先鋒。小型船が隊伍を成す一角に向けて、彼は最大出力の“破壊光線”を発射した。黒き矛の禍々しいばかりの穂先が白く膨張したかに見えたつぎの瞬間、爆発的な光の奔流がセツナの視界を白く塗り潰す。そして視線の先、大船団上空をも白く染め上げたかと思えば、大船団の先頭を進む小型船の甲板に突き刺さり、大爆発を起こした。セツナは、そのまま、矛を横に薙ぐようにして見せると、“破壊光線”によって大船団を薙ぎ払った。先鋒の船をつぎつぎと爆撃し、破壊の渦に巻き込んでいく。数十隻は、一瞬にして塵芥となっただろう。何百人、何千人、何万人が死んだのかはわからない。
続いて、エスクがエアトーカーの能力を利用した虚空砲を乱射し、数隻の甲板に風穴を開ければ、ミリュウの擬似魔法が光の雨となって降り注ぎ、複数の黒船を飲み込んだ。さらに雷光の奔流が大船団を横切り、進路上の船をつぎつぎと撃沈していった。ファリアだ。
そしてウルクの波光大砲が数十隻の船を飲み込み、大爆発を起こした。
セツナは最後にもう一度“破壊光線”を撃ち放ち、大船団に風穴を開けるが如き破壊を巻き起こした。
ウルクナクト号は、その様子を見届けながら、船団上空を離脱する。
大船団からの反撃が虚空を貫いた。