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第二千四百八十三話 先制攻撃(三)

『全員、戦闘配置についたな?』

「おうよ」

 マユリ神の問いかけにセツナは皆を代表して勢いよく返答した。

 船内から船外へ攻撃することができない以上、ウルクナクト号の甲板が、このたびの戦闘配置ということになる。一行の内、長距離射程の攻撃手段を持つものだけが、甲板上から敵船団を攻撃するというのが、この先制攻撃作戦の概要だ。敵船団を発見し次第、方舟で急速接近し、全力で攻撃を叩き込み、敵の攻撃が始まる前に迅速に戦線を離脱する。敵の攻撃が止んだのを見計らい、さらなる攻撃を加え、また離脱する。その繰り返しで、敵船団の壊滅を狙いたいのだが、当然、そう上手くいくわけもないことはわかっている。

 大帝国は、神の軍勢と言い換えてもいい。当然、神の加護を得たものたちがいるだろう。マルカールやゼネルファーのように、強大な神の力を分け与えられたものが複数いたとしても不思議ではない。さらには、神人や神獣が従軍している可能性が極めて高いことを考慮すれば、一筋縄ではいかないのは明らかだ。故にこそ海上を移動中の大船団に先制攻撃を仕掛け、戦力を削ぎに削ごうというのがセツナたちの目的であり、任務なのだ。

 神人や神獣が海に落ちたところで溺死することはないかもしれないが、通常戦力を削ることはできるだろう。大帝国軍の兵員の大半が通常戦力であると推測される以上、船を落とすことは無意味ではない。ただ、先もいったように神の軍勢だ。神そのものが乗船している可能性もあり、その守護が及ぶ範囲の船を落とすことは難しいだろう。

 戦闘員の中で、長距離射程の攻撃手段を持つのは、セツナ、ミリュウ、ファリア、エスク、ウルクの五名だ。船を接近させることができれば、レムやダルクスにも出番はあるが、シーラは召喚武装の特性上、今回の任務には不利だった。血を触媒として発動する能力。敵船団の乗船員たちが戦場となる海上一帯に血をばらまくような事態となれば、彼女が活躍することも不可能ではないが、そこまで血が流れるような戦い方にはならないだろう。

 攻撃するのは船そのものであり、船員ではない。もちろん、船を撃沈すれば、乗船員たちが巻き込まれ、血を流すこともあるだろうが、そこに期待するほどシーラも愚かではない。

 攻撃の要となるのは、セツナだ。セツナがどれだけ船を落とせるかに本作戦の成否はかかっているといっても過言ではない。マユリ神は船の制御と守護に力を割かねばならず、攻撃への本格的な参加はできない。神威砲が使用可能であれば話は別だっただろうが、残念ながら、船の主砲は壊れたままだ。となると、攻撃手段となるのはセツナたちであり、セツナは黒き矛と眷属のすべてを同時に召喚する完全武装を行うつもりだった。

 状況次第では、大帝国の神と戦う可能性もある。ならば、最初から全力で行くべきだと考えていた。

 そんなセツナを支援するのがファリアたちだ。ファリアのオーロラストームは長距離射程攻撃を得意とする召喚武装だし、ミリュウはラヴァーソウルと擬似魔法がある。エスクにはソードケインとエアトーカーがあり、ウルクには波光砲を搭載している。それらがセツナたちの攻撃手段であり、それだけでどれだけの船を落とせるのかは未知数だ。

『よろしい。ならば、まずは、敵船団の偽装工作を暴ききってやろうではないか』

「そんなこと、できるの?」

「まあでも、そうしないことにはどこをどの程度攻撃すればいいかわからないし」

「そりゃあそうだけど」

「それで、どうするんだ? マユリ様」

『まあ、見ているがいい』

 いうが早いか、船体が大きく揺れた。ミリュウがわざとらしくセツナに寄りかかってきて、その勢いのまま抱きついてくるが、彼は構わず、船の手摺りから眼下を見下ろした。ウルクナクト号は、白く輝く巨大な翼を最大限に広げ、急加速していた。違和感のある海上に向かって滑空するかの如く接近しながら、船そのものがまばゆい光を拡散させていく。莫大な量の光の散布。それが神威の拡散であることは、マユリ神に聞くまでもなく理解できた。空の蒼と海の碧の狭間を神威の白が塗り潰していく。爆発的な速度で、とてつもなく広大な領域を純白に染めていくのだ。その白さは目に痛いほどであり、セツナは思わず目を細め、その瞬間、純白一色の中に混ざる不純物のように黒い物体がつぎつぎと浮かび上がってくるのを目の当たりにした。

 セツナが違和感を覚えた海上一帯に続々と浮かび上がってきたのは、漆黒の船の数々だった。外面を黒一色に染め上げられた無数の船。一目で帆船ではないことはわかったものの、なにを推力として海上を進んでいるのか判然としなかった。やがて、大海原の上に数えるのも不可能なほどの数の船が出現すると、マユリ神が散布した神威の光は消えて失せた。

「なにあれ……」

「すっごーい」

 ミリュウが呆然とし、エリナが愕然としたのも無理はないだろう。

 碧く輝く大海原を悠然と進む大量の船は、百や二百では足りなかった。少なくとも五百隻を優に越す数はいて、それら一隻一隻がそれなりの大きさをしていた。

「百万の軍勢を運ぶんだ。そりゃあ、あれくらいはあるだろうさ」

「まあ、覚悟はしていたけど……それにしたって」

「多すぎませんかねえ」

『ざっと千五百隻だ。おそらくあの中心の船が、マリシアハイン号とやらだろう』

 マユリ神の通信を聞いて、セツナは、むしろ聞きたくない数を聞いてしまった気分になった。千五百隻。それら一隻一隻にどれくらいの人数が乗っているのかはわからない。千人の船もあれば、五百人とか、もっと少ない船もあるだろう。が、セツナ自身がいったように百万の軍勢を運ぶ船団だ。船の大きさによっては、千隻や千五百隻はいるだろう。

 それらの船がいまもなお悠然と進んでいることに違和感を覚えずにはいられなかったし、嫌な予感がせずにはいられなかったが、セツナは深く考えないようにした。偽装工作が剥がされ、なおかつ方舟を視認しているにも関わらず、なんの反応も示さないのだ。なにか裏があるのではないか、と考えてしまうのは、致し方のないことだろう。それが邪推であることを願うしかない。

 そして、マユリ神がいったように皇帝の名を冠した船と思しき超大型船が、船団の中心にあった。ほかの船同様、外観は黒塗りだが、金色が混じっている。黒と金は、帝国において高貴な色とされる。黒だけでなく、金色まで採用されている船は、その超大型船以外にはなく、その船こそがマリシアハイン号だということは明白だ。もっとも、そのマリシアハイン号に皇帝マリシアハインが乗船している可能性は、決して高くはないだろうが。

 皇帝みずから戦場に打って出るなど、通常あるものではない。それもただの外征ではなく、海の外、別大陸への侵攻に皇帝自身が出向くなど、あるものだろうか。

(いや……)

 セツナは、内心、己の考えの愚かさを認めざるを得なかった。

 大帝国は、神によって支配された国と見ていい。皇帝を神と崇め称えるのが帝国の常ならば、大帝国は、神を皇帝としている国なのではないか。そして、そうであれば、皇帝自身が出陣してきたとしてもなんら不思議ではない。無論、その場合、神そのものが皇帝を加護しているだろうが。

『なに、たかが千五百隻。ものども、すべて沈めてしまえ』

「ものども、って」

「調子に乗っちゃって」

「けどまあ、マユリ様のいうとおりだ。千五百隻全部沈めりゃあいいんだろ」

 セツナは、呆れながらも笑うミリュウたちに向かって、いった。

「そうすりゃ、俺たちの勝ちだ」

 大帝国軍の南大陸上陸は、まさに水の泡となること間違いない。なにもすべての船を沈める必要はなく、大帝国皇帝を、皇帝を操っているであろう神を討てばいい。が、その場合は、まず、神を引きずり出さなければならず、そのためにも船団への攻撃は必須だろう。

 マリシアハイン号に攻撃を集中させるという手もなくはないが――。

 彼は、内心頭を振った。

(そんなことをして、攻撃を防がれでもしてみろ)

 せっかくの先制攻撃の機会を失いかねない。

 敵はまだ、こちらに対し、なんの反応も示していないのだ。



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