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第二千四百八十二話 先制攻撃(二)

 海上の大船団への先制攻撃作戦が決定されると、その日から、セツナはノアブールの上空に上がり、北の海を監視することが日課となった。

 メイルオブドーターの能力を用いて遙か高空に飛び上がり、他の召喚武装を同時併用することで格段に強化された視力を駆使して、海の彼方を見遣る。陽光が煌めく碧く美しい大海原と、どこまでも続く水平線、そして茫漠たる青空を眺めていると、いまが緊急事態であるということを忘れかけるほどに平穏であり、呆れるほどの清々しさがあった。九月上旬。いまだ熱を帯びた気候は穏やかであり、風も心地いい。環境だけでいえばなんの不満もなく、問題もない。このまま、平穏無事になにもかもが過ぎ去ればいうことはないのだが、しかし、残念なことにそんなことはありえないということもわかりきっている。

 南ザイオン大帝国の総力を乗せた大船団が南ザイオン大陸に向かって航海中であることは、ウルクの情報から確定しているのだ。ウルクが嘘の情報を発するわけもなければ、人形遣いとやらが完全に支配したと認識していたであろうウルクに偽りの情報を伝えるわけもない。そもそも、ウルクはそれら情報を人形遣いのみから得たわけではないのだ。ウルクは、人形遣いに操られながらも、独自に情報を収集していた。それは、ウルクの性格が大きく影響しているのだろう。彼女は、大帝国にあって、大帝国の戦力を分析せずにはいられなかったらしい。

 ガンディア時代には、ガンディアの戦力分析を怠らなかったようだし、セツナたちの元に復帰してからもそれは変わらない。セツナたちから得た情報を元に統一帝国の戦力を分析しつつある。それがどの程度役に立つかは彼女にも不明なようだが、情報を収集し、分析せずにはいられないようだ。

 ともかくも、大帝国は、南大陸の掌握を目的とした大軍勢、大船団を出航させたのは疑いようのない事実であり、統一帝国にとっても、セツナたちにとっても絶望的ともいえる軍勢は、日に日に南大陸に近づいているはずだった。

 それなのに、だ。

「中々、発見できないのね?」

 九月十五日、いつものように空からの警戒監視を終え、地上に舞い戻ったセツナを迎えるなり、ファリアがいった。

 その頃には、北部沿岸地域の防備のために出動していた統一帝国軍の部隊が続々とノアブールや近郊の都市に到着し始めていた。無論、その程度では、大帝国の戦力を迎撃するには圧倒的に足りないのは明らかだ。

「影も見えないんだ。遙か彼方まで見ているのにな」

 遙か上空から、海の彼方まで見遣っているというのに、なんの変化もない日々が続いている。無論、大陸間の海を船で移動ともなると、数日で辿り着けるわけもない距離だということはわかりきっているし、数十日も程度の日数を要するということも理解している。しかし、大帝国とてそれを理解しているはずであり、それらを理解した上でウルクを先行させ、続いて大船団を出港させているはずだ。であれば、そろそろウルクが北部沿岸地域を制圧し、上陸するにはちょうどいい頃合いと考え、それに合わせた日程を組んでいるはずなのだが。

「やっぱり、なにかしらの方法で船を隠しているんじゃないかしら」

「その可能性が高いな……」

 だとすれば、上空から海を監視しているだけではなんの意味もないということになるし、もしかすると、既に大陸の近海に到達している可能性も高い。近海に関しては、統一帝国の海軍が魔動船を駆使して警戒に当たっているものの、セツナの目でも確認できないものの接近を海兵たちが認識できるとは考えにくい。

 セツナは、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。


 そうするうちにウルクナクト号がノアブールに戻ってきた。

 ウルクナクト号がノアブールのすぐ近くに着陸すると、一万余名の統一帝国軍将兵を引き連れ、皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンがその姿を現した。ノアブール基地が騒然となったのはいうまでもない。

「皇帝御自ら御出馬とは、どういうことですかな」

 セツナがおどけていうと、彼は、仮面の奥で苦笑を禁じ得なかったようだ。

「統一帝国の一大事だ。当然のことだよ、セツナ」

 そういったニーウェハインは、皇帝の名に相応しい仰々しさと絢爛さに満ちた鎧を身に纏い、同様に絢爛豪華な武装を身につけた近衛騎士団を引き連れ、ノアブール基地に入った。ノアブール基地に入った統一帝国の重鎮は、皇帝だけではない。皇帝側近の三武卿はいわずもがな、大総督ニーナ・アルグ=ザイオンも、その姿を見せていた。近衛騎士団の団長を務めるミルズ=ザイオンの姿もあれば、ミズガリス=ザイオンもいた。統一帝国の首脳陣のうち、大半がノアブールに移動してきた形になる。

「事情はレム殿とマユリ様から聞いた。我々としては打てる限りの手は打ったつもりだ」

 ニーナは、基地内作戦司令室にて口を開くなり、その打てる限りの手について軽く説明してくれた。

 統一帝国は、この存亡の危機ともいえる緊急事態に対し、全戦力の動員を決定。既に先発していた軍団を含め、総勢八十万超の大軍勢がノアブールを始めとする大陸北部に結集するよう、手配したという。その輸送手段として、各地の召喚車や魔動船を最大限利用することで、九月末までには大半の戦力が大陸北部一帯に展開できるらしい。

 無論、補給線も十二分に確保されており、大帝国との戦争が長引いたとしても、補給において困ることはないということだ。そこらへんは、防衛側の強みだろう。対して、大海原を渡ってくる大帝国側に補給線などあろうはずもなく、大船団に大量の兵量を積んでいようとも、長期戦となれば不利となるのは明らかだ。長期的に戦線を維持するとなれば、現地で補給しなければならず、大帝国は短期決戦を挑んでくるに違いない。なればこその全戦力の投入なのだ。圧倒的な戦力による戦争の早期終結こそ、大帝国の目論見だろう。

 それ以外には、考えられない。

 そして、短期決戦では、こちらが不利だ。短期決戦を挑もうにも、埋めがたい戦力差がある。こればかりはいかんともしがたい。

「故に勝ち目があるとすれば、長期戦に持ち込む以外にはないと見るが、現状の戦力差では、それも困難と考えたほうがいいだろう」

「つまり多少なりとも敵戦力を削らなければ、長期戦に持ち込むことも難しい、と」

「そう考えてここ数日、監視に当たっているんですが」

 長期戦はともかくとして、だ。

 セツナは、大帝国との戦争を長期戦にしようとは考えていなかった。大帝国が疲弊するのを待つには、戦力差がありすぎるのではないか、と考えたのだ。しかし、よくよく考えてみれば、持久戦、長期戦に持ち込むほうが分があるのかもしれないと思えてきた。大帝国は確かに圧倒的な兵力を誇り、神を擁していることで戦力も強大だ。しかし、その戦力の大半が人間であることを踏まえれば、補給は必要不可欠であり、船に積み込んでいるであろう補給物資が尽きれば、戦力が著しく低下するのは間違いない。少なくとも、長期的な継戦が不可能となるのは、火を見るより明らかだ。

 いやそもそも、大帝国は長期戦など元より考えてはいまい。圧倒的な戦力で蹂躙し、南大陸を速やかに掌握すること以外、なにひとつ考えてなどいないのだ。その物量と戦力に基づく戦略の邪魔となるから、ウルクを用い、セツナを確保しようとしたのではないか。

 しかし、セツナが確保できなかったからといって、戦略に大幅な変更を加えることなどはできまい。なぜならば、大船団は、既に出航済みなのだ。

「大船団の影も見当たらない」

 セツナの報告に作戦室に集まっただれもが渋面を作った。

 大船団への先制攻撃こそ、起死回生の策だということは、だれもが思いつくことなのだ。

 それにはまず、大船団の現在地を把握することが必須であり、それがわからなければ、長期戦を展開することも難しい。




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