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第二千四百八十話 戦力差(二)

「大陸統一が無事に終わったと想ったら、今度は北からの大侵攻か……」

 シーラがつぶやいたのは、船首展望室でのことだ。

 夜中。

 セツナ不在の方舟内は、極めて静かだ。セツナは、ノアブールに降り立っている。基地司令に状況を説明し、非戦闘員の避難を訴えるためだった。

「とんでもないことになったな」

「それも、兵力差、戦力差でいや、相手のほうが遙かに上なんだよな……」

 南ザイオン大帝国を名乗る敵軍の総兵力は百万超であり、その百万超のすべてが海を渡り、この大陸を目指しているという。そのためにはどれだけの数の船が必要なのか、考えるだけで頭が痛くなる。それら何万もの船を作るためにも膨大な数の人間が動いただろうし、資材も費やされただろう。なにもかも、規模が大きすぎる。

 南大陸における東西紛争以上の規模で、ひとが動いている。

 東西紛争におけるひとの動きでさえ、頭が痛くなるくらいだったというのに、だ。

 小国家群とは、規模がなにもかも違いすぎるのだ。感覚が麻痺しそうになる。たとえば、小国家群の国々が都市に駐屯させる兵数というのは、千から千五百、多くて二千程度だったのだが、東西帝国は少なくとも五千以上の兵を駐屯させていた。大都市ともなれば一万以上が当たり前といってよく、小国家群が三大勢力によって容易く蹂躙されたのも当然と思えた。

「兵力差は二十万ほど。実際の戦力差は、未知数」

 兵力差が戦力差に直結するわけではないことは、セツナとともにいれば一番よくわかることだ。セツナは、寡兵でもって多勢を圧倒するような戦いをすることが多く、兵力差が勝敗を分ける決定的なものではないことを証明する存在といってよかった。が、今回ばかりは、そうではない。むしろ、兵力差以上の戦力差が見られそうだ、という絶望的な想いのほうが強い。

 ウルクから得られた情報により、大帝国の実情が判明している。

 大帝国は、神の国であるということがわかったのだ。百万超の将兵全員が神の加護を受けたとすれば、その戦力は何倍にも引き上げられるだろう、とのことだ。

「俺たちだけで覆せるものなのかな」

「どうだかねえ」

 エスクは肩を竦めて、彼にしなだれかかったまま、寝息を立てているネミアの髪を撫でた。船首展望室には、エスクとネミア、シーラ、ダルクスの四人しかいない。ファリア、ミリュウ、エリナ、レムの四人は、ウルクを衣装部屋に連れ込み、彼女に似合う服装について討論を繰り広げているとのことだ。当初、シーラもそれに付き合っていたそうだが、彼女にはわからない領域の話になってきため、撤退したという。

 ウルクが生きていた。

 それは、驚くようなことではなかった。彼女は人間ではない。魔晶人形と呼ばれるよくわからない技術で作られた存在である彼女は、召喚武装による攻撃にさえびくともしない鋼の肉体を持っていた。“大破壊”さえ生き延びるに違いないという確信は、エスク以外のだれだって抱いていたのではないか。ただ、生き延びたとして、再会できるかどうかは、わからなかった。

 エスクも、ウルクとの再会を嬉しく想っていた。

 そういう感情が不意に湧いてきて、彼を困惑させたのはいうまでもない。

 やはり、あの時代、あの日々こそ、自分にとっての黄金時代だったのだろう、と、想わざるを得ない。

 隣にはレミルがいて、いつも軽口を叩くドーリンがいた。主としてのセツナはいつも眩しく、烈しく、鋭く、焦がれるようだった。シーラとの口喧嘩も、いまとなってはそれが日課のようなもので、なくてはならないものだったのだと、この二年で思い知った。ファリア、ミリュウ、レム、ラグナ、ウルク――。

 あの時代、あのころ。

 もはや取り戻せないものばかりが脳裏を過ぎり、彼は目を細めた。

 時は動いている。時計の針は戻せても、時間は進み続ける。時を遡る方法はなく、失ったものを取り戻す手段もない。そんなことを探している暇もない。

 いま。

 生き残ってしまった以上、いまを生き抜くしかない。

 再び、逢えたのだ。

 ならば、彼のために剣を捧げると誓ったのであれば、そのために生き抜くべきだ。

「大将なら、やれるさ」

「……そうだな」

「俺たちにできることは、そのために大将を護り、支えること。そうだろう」

「ああ」

 シーラがこちらを見た。

「わかってる」

 彼女がなにかを決意したように静かにうなずいた。

 シーラは、強い女だ。だれよりも烈しく、熱い魂を持っている。そして、その烈日の如き魂に相応しい召喚武装の使い手でもある。彼女ならば、なんの心配をする必要もない。

 エスクは、自分のことを考えていればいい。

 自分がどうすれば、セツナの力になれるのか。

 そればかりを考えていればいいのだ。


 セツナがウルクナクト号に戻ってこられたのは、夜更けも夜更けだった。

 だれもが寝静まる頃合い、ノアブール基地において全市民の避難が決定された。さらには近隣の都市にも働きかけ、北部沿岸地域の都市から非戦闘員が避難する動きもできた。これにより、たとえ北部沿岸地域全体が戦場となったとしても、一般市民が戦火に巻き込まれる可能性は極めて低くなるだろう。戦線の広がり方次第では、さらに広範囲の都市から避難しなければならなくなるかもしれないが、巻き込まれ、命を落とすよりは遙かに増しだ。

 敵は、南大陸の掌握を目的としている。そのためならば多少の犠牲を厭いはしまい。一般市民がどれだけ血を流し、命を落とそうと、関係がないのだ。少なくとも、そのような戦いが想像できるような戦力の投入方法ではない。

 無論、大海原を渡っての侵攻である以上、戦力の逐次投入などできるわけもなく、最初から全戦力を投入するというのは、あながち間違いではないのかもしれないが。

 セツナは、そんなことを考えながらマユリ神に船への転送を願い、望み通り船内に転送された。ウルクナクト号は、ノアブール上空に浮かんだままなのだ。それはなぜかといえば、ノアブール上空から北の海を警戒するためだった。ノアブールは南大陸北部沿岸の都市であり、港町だ。海に面しているということは、その上空からならば海を一望できるということであり、大帝国軍の大船団の接近をいち早く確認できるだろうからだ。

 そして、確認し次第、先制攻撃をしかけるべきだという結論が、セツナたちの間で出ている。

 こうなった以上は、ニーウェハインの望みである帝国人はできるだけ生かしたい、という甘い考えは捨てなければならない。

 敵は、百万の将兵をもって南大陸の掌握に乗り出しているのだ。

 それら百万の将兵が帝国人だからという理由で攻撃せず、上陸を許せばどうなるか。

 考えるまでもない。

 セツナたちがどれだけ奮戦したところで、圧倒的な物量差、戦力差によって、統一帝国軍に多大な被害が出るだろう。たとえ大帝国軍を撃退する結果になったとしても、その損害たるや、物凄まじいものになるのは火を見るより明らかだ。

 その損害を考慮すれば、先制攻撃によって船を沈没させ、少しでも敵戦力を削ぐほうが結果的に死者を少なくするのではないか。それに、大帝国の損害よりも、統一帝国の被害を減らすことを優先するべきなのは、いうまでもない話だ。ニーウェハインらとしては、大帝国も同じ帝国人による国であり、できれば攻撃したくないし、死者も出したくなどはないだろうが、そんな悠長なことをいっていられるような状況にはなかった。そんなことがいえるのは、戦力的にこちらが大きく上回っているときくらいのものだ。

「セツナ、おかえりなさい」

 不意に投げかけられた声に顔を上げると、ウルクが立っていた。

 船外から転送された際、送り込まれる部屋というのは決まっていて、仮に転送室と名付けられたその部屋は、ウルクナクト号の中層の中程に位置していた。その転送室にて、ウルクはひとり、セツナの帰りを待ち続けていたようだ。ほかの皆は、眠りについているのだろう。そんな時間だ。

「ああ、ただいま。ウルク」

 セツナが微笑むと、彼女は、少し間を開けて、尋ねてきた。

「どうですか?」

「どう……?」

 問われて、はたと気づく。

 ウルクは、外見の印象が大きく変わっていた。というのも、まず長かった髪をばっさり切り落とし、首より上の長さになっていたというのが大きい。焼け焦げていた部分だけを切ったのではなく、全体的に短くしたのだろう。髪型は、外見の印象を左右する要素の中でも特に大きなものだが、ウルクの場合でも同じ事がいえた。さらに彼女は、その短めの髪型に似合うすらりとした衣服を身につけていて、それが彼女の長身痩躯を引き立てていた。

「ああ……似合っているよ、ウルク」

「そうですか。似合っていますか。気に入っていただけたようで、なによりです」

 そういったウルクの声音に無機的ながらもどこか弾んだような響きがあるのは、気のせいなどではあるまい。ウルクは、感情表現というのは極めてわかりにくいが、わかれば、これほど愛しいものもほかにはないだろうと思えるほどのものだった。

 セツナは、ウルクが内心喜んでいることに笑みを隠しきれず、彼女とともに転送室を出た。

 



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