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第二百四十七話 光の速さ

 エイン=ラジャールがこの戦いでやったことといえば、作戦の立案と部隊配置、雑用程度のことだ。実際に戦うのは前線の兵士たちであり、采配を振るうのは部隊長たちであり、軍団長たちである。彼自身は武器を手にとって前線に立つことはない。部下に命令することもほとんど必要なかった。彼の部下には優秀な指揮官が揃っている。彼は高みの見物を決めてもよかったのだが、作戦の成否を見届けたいという欲求には敵うはずもなかった。

 そのため、彼みずから東の森に罠を仕掛けることにしたのだ。バハンダール地下壕で見つけた油壺を大量に持ち運ぶのは苦労したが、セツナが敵を引き連れてくるまでに森の中を油まみれにするのはもっと苦労したものだ。なにせ、時間がない。セツナ隊が飛び出すのとほぼ同時に東の森に向かったエインたちは、とにかく素早く作業を終わらせることに専念した。体が油臭くなっても、油まみれになっても気にしている場合ではなかった。無論、引火しないように気をつけなければならなく放ったが、森の外にいる限りは大丈夫なはずだと結論づけた。

 部下たちの頑張りもあって、セツナ隊が敵軍を誘引する前に作業は終わり、弓兵の配置も滞り無く終了した。あとはセツナがどれくらい敵兵を連れてこられるかが問題だった。百人程度なら失敗といってもいい。それならセツナが敵本陣で暴れた方がいい。三百人ならギリギリ合格点だろう。五百人なら褒めてあげたい。が、たとえ十人であっても、敵武装召喚師を引き連れてきたのなら、五百人以上の価値があるといってもいい。

 武装召喚師をここに引きつけておけば、敵戦力を大幅に削り取ることに成功したのと同じことだ。しかも、セツナが撃破してくれるに違いないというおまけ付きだ。

 そうこうするうちにセツナ隊が森に飛び込んできた。騎馬隊はセツナを残して森を突破すると、予定通り、エインの支配下に入った。敵の追撃部隊は三百人ほどだったか。その時点では合格点ともいうべき敵部隊が森の中に入りきったのを確認したエインは、各所に配置した弓兵に聞こえるように大声で命令を下した。放たれたのは火矢だ。

 東の森は、ものの見事に炎上した。

 想像以上の勢いで燃え上がった炎は、まるで天を焼き焦がすほどの火柱となって、森の外にいたエインたちをも驚かせた。森の中にはセツナや弓兵が残っている。生き残った敵兵を皆殺しにするためだ。無論、投降してくるのなら話は別だが、恐慌状態に陥った敵兵にそういう判断ができるはずもなかった。

 あとは、残る敵兵を掃討するだけだった。森の外に抜け出してきた敵兵には、騎馬隊が対処する手筈になっていた。一兵たりとも逃さないという決意がある。確固たる勝利を手にするには、それくらいの意気で戦いに望まなければならない。勝敗が決まり、戦意を完全に喪失しているというのなら話は別だが。

 しかし、戦いは思った以上に長引き、異変があった。森を灼いていた炎が瞬時に消えたのだ。なにがあったのかと思ったが、セツナが黒き矛の能力を使ったのだと思い至る。黒き矛カオスブリンガーにはいくつもの能力がある。そこらへんはほかの召喚武装も同じだ。召喚武装とは、ただ異世界の武器というだけではない。魔法染みた能力を秘めた武器なのだ。でなければ、わざわざ異世界から召喚するよりも、店で買ったほうが早い。

 黒き矛の能力のいくつかは、《獅子の尾》副長ルウファがセツナへの取材によって明らかにしており、文書として纏められたのち、国家機密扱いになっていた。それをエインは手に入れている。彼を運用するに当たって参考にした文献のひとつがそれだった。

 皇魔ブリークの雷球攻撃を弾いた能力、カランの街を焼き尽くした炎をすべて吸収した能力、吸収した炎を攻撃手段とする能力、光線を発射する能力、血を媒介として空間転移する能力。特に驚くべきは空間転移能力であったが、いま考えるべきはそれではない。

 セツナが、炎を吸収する能力を使ったのだ――エインはそう思った。敵兵士を殲滅し、戦いが終わったから鎮火したのだろうと判断したのだ。しかし、それで戦いが終わったわけではなかった。静寂の闇を切り裂くような戦いの音色が、森の外まで響いた。叫び声が聞こえた。男と女。セツナと、ザルワーンのなにものかが戦っていたのだ。

 敵の武装召喚師だということは、考えなくてもわかった。黒き矛のセツナと戦って無事でいられるのだ。武装召喚師以外に考えられなかった。

 激しい戦闘が繰り広げられているのは、森の外にいてもわかった。それくらい激しい音が間断なく鳴り響く。凄まじい戦いが起こっているのだ。その戦いを垣間見たくはあったが、エインにはそんな暇もなかった。敵兵の生き残りはわずかだという報告もあったし、セツナと戦っている敵武装召喚師はひとりだと判明していた。

 セツナは間違いなく勝つ。彼は黒き矛だ。たかが武装召喚師ひとりに遅れを取るはずがない。負けるはずがないのだ。絶対の信頼は、セツナがこれまで積み上げてきた戦功や彼自身の実力を冷静に考慮した結果だ。盲信ではない。狂信でもない。

 森の中がどういう状況なのかはわかっていた。敵武装召喚師が黒き矛を複製したという情報まで掴んでいた。そして、偽りの黒き矛を手にした敵武装召喚師ミリュウ=リバイエンが、セツナを押しているという事実も、彼の耳には入っていた。だが、ここでエインたちがセツナに加勢したところで、状況が好転するとは到底思えなかった。当然だろう。

 確かにエインの部下は優秀に人材が揃っている。皆、ログナー人としての誇りがあり、矜持もある。エインが命じれば、身命を賭して戦うだろう。たとえ死ぬとわかっていても、敵武装召喚師に挑みかかるだろう。しかし、それだけだ。黒き矛のセツナを圧倒する敵を相手に、ただの人間が戦いを挑んだところでどうにもならない。挑んだ次の瞬間、物言わぬ屍となるだけだ。エインには、そういう実体験がある。黒き矛に挑んだ同僚たちがつぎつぎと死んでいく様を目に焼き付けたのだ。同じことを、部下に命じることはできなかった。

 エインは、アスタルにはなれないのだ。

 ここは、セツナの勝利を信じるしかなかったのだ。

(どうか、御武運を。セツナ様)

 エインは、騎馬兵を百人、森の外に配置すると、部隊長にその場を任せた。

 エインにはエインのやるべきことがある。約五百名の部下とともにアスタル隊に合流し、敵軍を撃破しなければならない。

 アスタル隊は約八百人。敵軍の総数は千五百から二千というのが物見などの報告から割り出した数であり、エインは多めに考えて戦術を立てている。二千。セツナが東の森に誘引できたのが約三百と武装召喚師。敵にはほかに二名の武装召喚師がいた、というのはセツナ隊として行動していた部隊長たちから聞いている。つまり、敵軍には総勢三名の武装召喚師がいたということだ。セツナに単騎突撃させていたら、目も当てられない事態になっていたかもしれない。武装召喚師ふたりくらいなら、セツナでもなんとかなっただろうが、三人目ことミリュウに黒き矛を複製され、セツナが窮地に陥ったのは考えるまでもない。

 結果論だが、分断作戦が功を奏していた。

 複製された黒き矛だけならば、セツナでもなんとかしてくれるはずだ。でなければ、西進軍の勝敗事態危うくなる。ただでさえ凶悪なセツナを超える黒き矛の使い手など、想像するだに恐ろしい。

 また、セツナは敵部隊を誘き出すにあたっての強襲時、百人ほど殺しているらしい。その戦闘の凄まじさにはエイン配下の部隊長たちが声を潜めるほどだったようだ。これで四百人。セツナひとりで四百人の敵兵を屠った計算になる。残り千六百人。南側のアスタル隊と、西側のドルカ隊に敵が戦力を分散してくれるかどうか。

(間違いなくするだろう)

 馬を走らせながら、エインは考える。後方、森のことはもはや頭の中になかった。セツナに任せるしかないのだ。考えるだけ無駄なことだ。悲観的な想像も、希望的観測も、意味がない。セツナの勝利を信じて待つだけのことだ。彼が勝ち、戻ってきたら、全身で喜びを示せばいいだけのことだ。

 敵軍は、部隊を割かざるを得ない。ガンディア軍が正面から攻め寄せてくるだけなら、部隊を分ける必要はない。力と力のぶつかり合いになるだけだ。戦力差はほとんどない。互いに二名の武装召喚師を有してもいる。単純な力比べになっただろう。

 しかし、エインは部隊を分け、ひとつを正面から、ひとつを側面からぶつけた。側面から横腹を衝かれれば、たとえ扇型陣せんけいじんという堅陣を敷いていても、痛いはずだ。扇型陣は、特に正面からの攻撃に対する防御陣形である。前面には分厚い防壁が構築されているのだが、それは同時に後列へいくほど兵数が少なくなるということでもあり、側面攻撃に対しては脆さを露呈する。

 ザルワーン軍がその陣形を取ったということは、陣形の弱点も当然知っているはずだ。側面から迫ってくる敵に対して部隊を派遣しないはずがなかった。しかし、どれくらいの戦力を割くのかは神ならぬエインにはわからない。前面の敵部隊を考慮したとして、半数も割くだろうか。

 こちらの側面攻撃部隊ことドルカ隊は九百名。千六百の半数である八百人をぶつけられたとしても、数の上では上回っている。そして、兵の質でログナー軍人がザルワーンに負けるはずもない。その上、ドルカ隊にもアスタル隊にも武装召喚師がついている。敵武装召喚師はふたりに任せておけばいい。ミリュウのことをセツナに任せたように。

 武装召喚師を相手にするなら、物量で押し切るよりも武装召喚師をぶつけるほうがもっとも確実だろう。特に、物量の限られた西進軍では、数で圧倒するような戦術は取れない。敵が武装召喚師ひとりならばまだしも、武装召喚師だけを倒せばいいわけではない。敵軍に壊滅的打撃を与え、敗北を認めさせなければならないのだ。

 そのための戦術であり、策であったが。

「セツナ様、だいじょうぶですかね!」

「だいじょうぶだと信じたいけれど……」

(だいじょうぶだ。なにもかも、上手くいっている……)

 エインは、部隊長らの声を聞きながら焦る気持ちを抑えた。街道を急ぐ。とにかく、アスタル隊との合流が先決だった。しかし、ただ合流するのではない。アスタル隊と戦闘中の敵部隊を後方から攻撃するつもりだった。アスタル隊との挟撃であり、それが成功すれば敵部隊は壊乱するだろう。

 街道を北へ逸れようとしたとき、エインは、前方に閃光を見た。

「なんだ?」

 夜の闇を切り裂くように飛来してきた光球は、エイン隊の隊列の中を突っ切り、街道の東へと飛んでいった。物凄まじい速度で視界から消えていった光球に唖然とするが、行軍速度を落とすことはしなかった。

「なんだったんですかね!」

「召喚武装の能力……?」

「そうかもしれない」

 馬上、エインは考え込んだ。エインたちに危害を加えずに走り抜けていったことを考えると、敵武装召喚師のものではなかったのだろうか。ファリアかルウファなら、ファリアの召喚武装の能力が近い。オーロラストームは雷を発生させることができるということであり、もしかすると、光球を撃つこともできたのかもしれない。だとすればかなりの長射程攻撃ということになるが、彼女は威力を極限まで落とすことで、超長距離射撃も可能だといっていた。

 オーロラストームの能力ならば、彼女が近くにいる可能性もあった。敵武装召喚師と接触したとなれば、戦場のど真ん中ではなく、戦場から離れた場所で戦おうとするだろう。味方への被害を考慮すれば、そうしてもおかしくはない。特に彼女の召喚武装は射撃兵器であり、味方に流れ矢が当たらないとも限らないのだ。聡明なファリアならば戦場を移すはずで、彼女が近くにいるならば馬で拾っていってもいい。

 もっとも、戦場からそこまで遠く離れた場所にまで移動したとも考えられないが。

 エインは、部下に周辺の捜索を命じると、自分は部隊を率いて敵軍後方に向かった。

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