第二千四百七十七話 希望(一)
「ウルク、躯体の調子はどうだ?」
セツナがウルクに問うたのは、ウルクからの事情聴取とでもいうべき情報収集を終え、しばらくしてからのことだった。
女神マユリがセツナの記憶に残った情報を元にウルクを修復し終え、随分と時間が経過していた。ウルクが自身の躯体に違和感を覚えることがあるとすれば、既に感じているころだろうし、セツナはそのことが気がかりでならなかった。女神はいったのだ。完璧に修復できたわけではない、と。それもそのはずだ。現在、セツナたちの手の届く範囲に精霊合金の元となる金属が存在するわけもなければ、精霊合金の作り方そのものは不明なのだ。そればかりは、さすがのミドガルドもセツナに話していなかったらしい。たとえ聞かされていたとしても、女神の力で精霊合金を作り出すことができたかどうかはわからない。
セツナがミドガルドから託されたのは躯体の整備方法であり、それに基づく、躯体の詳細についてだ。その詳細な情報を元に、マユリ神は、ウルクの首を繋げ、破損部位を精霊合金とは異なる金属で補った。そのため、ウルクが最大出力を発揮することは難しいだろうというのが、マユリ神の見解であり、間違いのないことなのだろう。精霊合金とは異なる金属で継ぎ接ぎされているのだ。ウルクが違和感を覚えるとすれば、当然のことであり、必然というべきだ。
「再起動以降、特に不安定というような部分はありません。心核からの波光動力の供給も滞りなく行われており、全身、あらゆる部位が正常に動いています」
ウルクは、そういうと、セツナに見せつけるようにして両手の指を自由自在に動かして見せた。人間と同じだけの関節を持つ指先が人間以上の器用さで動いている。機械人形という概念を覆すかのようななめらかな動作は、魔晶人形がただの機械人形ではないことの証明だろう。特にウルクは、人間と同じく自我を持ち、感情、心を持つ、生き物なのだ。確かに首が吹き飛んでも死なないという意味では生き物とは異なるのだが、彼女は確実に生きていて、だからこそ、こうして感情豊かなのだ、と、セツナは、想っている。
「この通り、指先までなんの問題もありません」
「そいつはよかった。マユリ様に感謝しないとな」
「はい。ですが、ひとつだけ」
「ん?」
「首回りに違和感があります」
両手で首を包み込むようにしながら、彼女がいった。
「ああ……」
「話に聞いたとおり、弐號躯体とは異なる材質で継ぎ接ぎされた影響のようです。日常活動に支障はなさそうですが、戦闘行動となると、現状ではなんともいえません」
それは、マユリ神がいっていたことだ。魔晶人形の躯体には、精霊合金を用いられている。精霊合金とは、神聖ディール王国領で採掘される金属であるところの精霊金を元とする。魔晶石が発する波光を浴びることで変質する金属であり、その変質の方向性を制御することで、躯体の防御性能を極限まで高めることを可能としている。それ故、魔晶人形の躯体には精霊合金が用いられているのだが、精霊合金だからこそ、心核から供給される波光の熱量に耐えられる可能性が高く、それ以外の金属を継ぎ接ぎに利用している以上、供給される波光の量次第では、その継ぎ接ぎに問題が生じる可能性があった。
日常活動時と戦闘時では、供給される波光の総量に大きな違いが出るのは当然のことだ。戦闘時は、躯体の防御性能を高めるため、膨大な量の波光が心核より供給される。その波光に継ぎ接ぎ部分の金属が耐えきれるかどうか、いまのところわからない。
「そうか……。よし、あとで調べてみるか」
「調べる? どうやって、ですか?」
「この船には訓練用の部屋があるんだよ。そこで、模擬戦をやってみればいい。それで首の違和感が戦闘にどれだけの影響が出るのか、多少なりとも確かめることができるはずだ」
「なるほど、理解しました。では、セツナのいうとおりに致しましょう」
「うん」
セツナは、ウルクがうなずくのを見て、満足した。すると、部屋の外から室内に声がかかった。
「そうだわ、ウルク。ひとつ思い出したのだけれど」
そういって部屋の出入り口に顔を覗かせたのは、ファリアだった。
「なんでしょう、ファリア」
「髪、切ってあげようと想うのよ」
「髪、ですか?」
「ええ。だって、いまのあなた、とても不格好よ」
「不格好……?」
ウルクが小首を傾げる。その仕草があまりにも見慣れたもので、セツナは、彼女を抱きしめてあげたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。再起動以来、ウルクへの愛情が溢れている。敵対してしまったことと、それにより、彼女自身の過去最大の愛情表現を目の当たりにしたことが、セツナの心を激しく揺らしていた。ウルクがあれほどまでの愛を表現してくれたのだ。セツナも彼女の想いに応えなければなるまい。
「髪、燃えちゃってるでしょ」
「はい。これが?」
ウルクは、自分の髪を手に取って、またしても小首を傾げた。腰辺りまであるはずの美しい灰色の髪のほとんどが途中で焼け焦げている。波光大砲を首に撃ったせいだが、ウルクは意に介してもいない。彼女には、人間らしい美的感覚というものが備わっていないようであり、そのため、髪が焦げていようと、どうなっていようと関係がないのだろう。たとえ髪がすべて燃え尽きていたとしても、まったくなにも感じなかったのではないか。ウルクには、そういうところがある。
だから、皆と部屋を出たはずのファリアがわざわざ戻ってきたのだろう。ファリアが言い出さなければ、ウルクは一切気にしなかっただろう事は明白だ。そしてファリアは、ウルクの心を動かす方法を心得ている。
「セツナに嫌われちゃうわよ」
「セツナに……」
ウルクはファリアの一言を反芻するようにしてこちらを一瞥し、すぐさまファリアに視線を戻すと、無言のまま、彼女の元へ急いだ。
「セツナ。模擬戦の日程が決まり次第、教えてください」
「ああ、わかったよ」
セツナがうなずくと、彼女は、主に対して最低限の礼儀として首肯したのち、ファリアに合流した。ファリアは、そんなウルクの反応を愛おしく想ったようで、嬉しそうに微笑んだ。
「うふふ、じゃあ、ついてきて」
「はい、ファリア。ありがとうございます」
「いいのよ、気にしないで」
ファリアは、ウルクの素直な反応がこの上なく嬉しそうだった。ウルクは、いつだって素直だ。彼女ほど自分の感情に素直なものもいまい。感情のままに生きているようなミリュウですら、必ずしも感情通りに生きているわけではない。人間である以上、ときには己の感情を偽ることも必要だ。時と場合、というものがある。時と場合、状況に応じて、感情を制御するのが人間という生き物だ。
しかし、ウルクは、感情を獲得し、自我を得た魔晶人形だが、人間のような感情の足かせがなかった。時と場合を弁えず、状況を加味せず、自信の想いの赴くままに言葉を発し、行動を起こす。それ故、彼女は、だれから見ても素直に見えたし、眩しく思えるのだろう。その素直さがときに厄介な問題を引き起こすこともあるが、そのことで、彼女に人間らしさを求めようとはだれも思っていなかった。
ウルクは、ウルクだ。
ウルクという人格であり、生き物なのだ。
だからこそ、セツナはウルクに手を下せなかった。
ウルクの躯体を破壊するという最終手段を取ることができなかった。絶体絶命の窮地ともいうべき状況にあるにも関わらず、だ。
そのことがいまもなお、セツナの心に引っかかっていた。