第二千四百七十六話 大帝国の事情(三)
ともかくも、ウルクの圧倒的な活躍が南ザイオン帝国に多大な勝利をもたらしたことは、いうまでもない。想像するまでもないことだ。世界最強の魔晶人形たるウルクに敵う人間などはいないし、武装召喚師が束になったところで太刀打ちできるはずもない。そんなことは、複数の召喚武装を同時併用したセツナに食らいついた彼女のことを考えるまでもなくわかることだった。
つまるところウルクは、南ザイオン大陸におけるセツナ一行の役割をたったひとりで果たしたということになるだろう。それも、戦闘の数でいえば、ウルクのほうが圧倒的に多く、貢献の度合いも、彼女のほうが圧倒的というほかあるまい。
別段、比較する必要もなければ、そのことでセツナたちが卑下することもない。与えられた役割は同じようなものであっても、内実は大きく異なるからだ。セツナたちは、各地の救援と戦争に終止符を打つための手段として大いに活躍したのだから、それで十分だろう。
それはそれとして、ウルクの語る彼女の戦績は、素晴らしいとしかいいようのないものだった。数多の戦場における度重なる勝利、数え切れない戦果は、南ザイオン帝国による北ザイオン大陸の統一を加速させ、女帝マリシアハインをして、ウルクを南帝国の英雄と賞賛したほどのものだった、という。
もっとも、ウルクはその記憶を好ましく想っておらず、むしろ、そのことを恥じ入るようにしていた。
彼女にしてみれば、それは、みずからの意思による戦いの結果ではなく、操られ、命じられるまま戦っていたころの記録なのだ。たとえその戦果が比肩するものがないほどのものであったとしても、勝ち誇れるはずもなかった。
「でも、記憶していたのよね?」
「はい。操られていたころの記録も、しっかりと残っています。ですから、恥じ入るほかないのです」
ウルクは、セツナたちに対し、恐縮する一方だったが、しかしそのおかげで南ザイオン大帝国の実情を知ることができるのだから、悪い話ばかりでもない、と、彼女を励ました。ウルクとしては、ただ操られるだけならばまだしも、セツナたちを攻撃してしまったことがいまでも許せないようであり、どれだけ励ましても、彼女は頭を振るばかりだった。
ウルクの活躍によって北ザイオン帝国を打ち倒した南ザイオン帝国は、大陸統一後、南ザイオン大帝国と名称を改めた。南という名を冠したままなのにはどういう意図があるのかは不明瞭であり、そればかりはウルクの記録にも残っていないことのようだったが、ともかくも、大帝国皇帝となったマリシアハインは、北大陸統一後も休むことなく軍備を整えるよう、命令したということは判明している。
無論、マリシアハインのつぎの目標は、南ザイオン大陸であり、旧ザイオン帝国領土の完全掌握こそが大帝国皇帝の宿願であることは、マリシアハイン自身によって宣誓されたという。旧帝国領を統一し、そこに絶対の秩序を築き上げることがマリシアハインの掲げる大義であり、大帝国臣民は、女帝の宣誓に熱狂しているという話だ。
「つまり、ウルクは、大帝国の先触れだったわけだな」
「はい。大帝国の本軍による南大陸侵攻に際し、問題なく上陸できるように露払いをするのが、わたしが先行した理由であり、優先目標です」
「で、最優先目標がセツナだった、と」
「はい」
ウルクがうなずき、セツナをちらりと見た。気まずげな視線は、セツナに襲いかかった記憶が彼女の脳裏に浮かんでいるからに違いない。
「ってことは、マリシアハインは、俺がここにいることを把握していた、ということになるな」
「はい。マリシアハインは、南大陸にセツナがいることを確認し、わたしにセツナを生きたまま確保するよう厳命しました。どうやって確認したのかは、不明です」
「――神の力……だろうな」
「おそらくは、そうだろう」
マユリ神が、重々しくうなずいた。
マリシアハインかどうかはともかく、ウルクを操るものの背後に神がいるということは、戦闘中に行われたマユリ神の調査によって判明していたことだ。神属由来の力がウルクを支配し、故に、マユリ神でもどうしようもなかった。もし、神属由来の力などでなければ、マユリ神がウルクを解放することだってありえたのだろう。しかし、現実はそうではなく、だからこそ、マユリ神はウルクを破壊することで彼女の行動を止めさせることを提案したのだ。セツナは拒絶したものの、もし、あのときウルクがみずからを破壊しなければ、結局はセツナの手で彼女を壊すことになったのは疑いようのない事実だ。
さすがのセツナたちでも、ウルクが力を使い果たすまで戦い続けることはできまい。
それくらい、わかっていた。
神。
どのような神がマリシアハインの背後にいるのかは、不明だ。
ヴァシュタラから分化した神かもしれないし、まったく別の神かもしれない。二大神のいずれかの可能性もある。なんにせよ、マユリ神以上の力を持った神であることは、間違いない。
「マリシアハインには、神がついている。セツナの所在地を把握していたのも神の力ならば、ウルクを支配していたのも、その神の力だろう。それ以外には、考えられない」
「でも、だったらなんで、神の力で大陸統一を進めなかったのよ? ウルクなんて操らなくたって、神の力だけでどうにでもできたんじゃないの?」
ミリュウの疑問はもっともだ。だれもが彼女と同じ疑問を持っただろう。神の力は、ウルクの比ではないはずだ。にもかかわらず、神とやらは、ウルクを支配し、操ることで南帝国の勝利を飾った。
「できたが、しなかったのだ」
「なんでよ?」
「さてな。わたしはその神ではない以上、なんともいえない。推測もできんよ。力が足りなかった、とも考えにくいし、戦力を用意できなかったとも考えられない。故に理解できない」
「むう……マユリんでもわからないってなると、ますますわかんないじゃん」
「わからないが、マリシアハインには神の加護があって、その力でもって南大陸の実情を把握し、南大陸への侵攻を意図し、軍備を進めているというだけでも十分だ」
セツナはそういって、その話を終わらせようとした。想像や妄想だけで話を進めても、きりがない。マリシアハインについている神の情報が不確定である以上、そのことについて長々と議論している暇はない。ウルクにより、大帝国が南大陸侵攻を本格的に計画していることが明らかになっているのだ。いまは、そのことについて話し合うことこそ、重要だ。
ウルクからは、さらなる情報を聞き出せるかもしれない。
と、ウルクが、口を開いた。
「セツナ」
「ん?」
「わたしを操ったのは、マリシアハインの側近で人形遣いのアーリウルという女でした」
「人形遣い?」
「アーリウル……当然だけど、聞いたこともない名前ね」
ファリアが肩を竦めた。おそらくは、帝国の人間だろう。その二つ名から、武装召喚師なのかもしれない。そして、その武装召喚師が神の加護を得て、より強力になった召喚武装の能力でウルクを支配し、操っていたのではないか。そんなことが想像できる。
「帝国のひとに聞いたらなにかわかるかも」
「そうだな……合流したら、聞いてみるか」
セツナは、脳裏にニーウェハインの顔を浮かべて、うなずいた。
統一帝国の戦力の一部が、大陸北部沿岸に結集される手筈となっている。南ザイオン大帝国の尖兵が上陸したとなった以上、南ザイオン大帝国が南大陸への侵攻計画を企て、実行に移そうとしている可能性は極めて高く、故に、防衛戦力を北部沿岸に集中させるべく動くのは当然のことだ。とはいえ、治安や秩序の維持の関係上、統一帝国軍の全戦力を動かすことなどできるわけもなく、軍の一部だけが現在、ノアブールに向かって動いているはずだった。
ニーウェハインのことを脳裏に浮かべたものの、彼が陣頭指揮を取るわけではない。
統一帝国皇帝には、山ほどの仕事がある。
彼の手を煩わせたくない。
だが、そんなセツナの願いも虚しく、皇帝ニーウェハインに出馬を願わなければならない事態へと発展することとなる。
ウルクからの情報により、大帝国による南大陸侵攻の全容が明らかになったからだ。