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第二千四百七十四話 大帝国の事情(一)

 ウルクが戻ってきたことは、セツナたちに大きな興奮と感動、喜びをもたらした。

 セツナは、ウルクがみずからの意思と力で神の支配を脱却したことに得も言われぬ感動を味わったし、彼女がそれほどまでに自分のことを想ってくれているという事実を受けて、彼女のことをこれまで以上に大切にしようと誓った。

 そんな風に想ったのは、セツナだけではあるまい。

 レムは、セツナの下僕の先輩として、ウルクの復帰を心から喜ぶとともに、ウルクが主の命を優先したことを先輩として誇らしく想う、などと彼女に伝え、ウルクはそんなレムの喜びようを嬉しく想ったようだった。エリナは、ウルクが不完全とはいえ元通りに戻ったことに涙したし、皆も同じだ。ゲインとの再会も、ウルクは喜んでいた。

 ウルクとの戦闘は苛烈を極めたが、だれひとり損なうこともなければ、傷つくこともなかった。皆がウルクを傷つけまいと必死だったこともあったし、ウルク自身、セツナたちを攻撃こそすれ、殺そうとはしなかったことが大きい。

「そういえば……ウルク、操られていたのよね?」

 ファリアが疑問を浮かべたのは、ウルクの復帰をひとしきり喜び合ったあとのことだ。ウルクは起動するまでの間寝かされていた寝台から抜け出し、かつてのようにエリナやレムと戯れている。昔はレムよりも小さかったエリナは、レムとともにウルクに抱えられたりして遊んでいたのだ。そういった触れ合いは、ウルクの情緒の成長に多少なりとも関係があるに違いない。

「そうだけど、どうしたの?」

「しかも、南ザイオン大帝国の尖兵として、こちらに送り込まれたんでしょう? だったら、どうしてノアブールでは死者ひとり出ていないのかしら。それが、ずっと疑問だったのよね」

「大帝国の皇帝陛下が、こちらの皇帝陛下と同じ考えを持っていたんじゃないのか?」

 ファリアの疑問ももっともだったし、それは常々、セツナも考えていたことだ。北の尖兵がなぜ、南大陸の帝国兵を一切殺さずにいたのか。ただ制圧するだけが目的とはいえ、一切殺さずに敵軍を制圧するというのは、もっとも困難を極めることだ。これまでセツナたちがしてきたことではあるが、死者を一切出さずに勝利することができたことなど、そうあるものではない。実戦なのだ。死傷者が出るのは、どうしたところで致し方がない。

 もちろん、ウルクならばそれが不可能ではない。

 ウルクは、鋼の肉体を持っている。いやそれどころか、その美しい躯体は、金剛不壊といって差し支えのない代物であり、それ故、敵軍の攻撃を受け続けながら、敵が消耗し尽くすのを待って、制圧に乗り出すといった荒技を行うことができるのだ。敵兵をひとりも殺さず、完全無欠の制圧をやってのけるなど、神属を除けば、ウルクくらいにしかできないことではないか。

 だとしても、ウルクにそう命じたのであれば、その理由を知りたいと想うのは、当然のことだ。もし、シーラがいったように大帝国皇帝の命令に従ったまでというのであれば、今後控えているかもしれない大帝国との闘争が想像よりは少しはましになるというものだろう。

「その可能性が一番高い気がするけれど……本当のところはどうなの? ウルク」

「そうだな……ウルク、知っていること、覚えていることを話してくれないか。どうして、おまえが南ザイオン大帝国の、それも皇帝直属の兵として、こちらに送り込まれたのか。大帝国とやらが、この大陸に対してどのようなことを画策しているのか。事と次第によっては、俺たちも動かなきゃならない」

 セツナは、ウルクがエリナとレムを肩から降ろす様を見つめながら、告げた。知りたいのは、ウルクが殺さなかったことだけではない。南ザイオン大帝国がウルクを尖兵として南大陸に派遣してきた真意も知る必要があった。もし、南大帝国が南大陸の侵攻を目論見、その先触れとしてウルクを派遣したというのであれば、すぐにでも統一帝国の全戦力を動かさなければならなくなる。しかも、それら全戦力を一カ所に集めるだけでは駄目で、大帝国軍の上陸予定地に手配しなければならないのだ。でなければ、予期せぬ場所から上陸した大帝国軍によって南大陸が混迷を極めることとなるだろう。

 なんにしても、南ザイオン大帝国の実情を知る必要があった。

「……わかりました。セツナ。それに皆さん。わたしが知っている限りの情報を伝えましょう。わたしが記憶している限りの、すべてを」

 ウルクは、セツナに視線を定めると、静かにいった。

 

 ウルクが目を覚ましたのは、いまより半年ほど前、大陸暦五百六年三月七日のことだという。

 それまで彼女は、サンディオンの美術商カーレッド=レルバーの屋敷の蔵に保管されていたらしい。なんでも、サンディオン近郊の浜辺にて漂着物の中から金目のものはないかと探し回っていた美術商は、偶然にも流れ着いたばかりのウルクを発見、彼女の躯体に美術的価値を見出し、世が治まった後になれば高く熟れるだろうと考え、サンディオンに運び込んだのだそうだ。

 北ザイオン大陸の浜辺に流れ着いたウルクの全機能が停止していたのは、まず間違いなく、セツナが現世から消え去っていたからだ。そういう意味では、レムと同じといっていい。セツナが命の源であるレムと、セツナが発する波光によって起動するウルク。どちらも、セツナと命を共有しているといっても過言ではない。セツナから命が供給されているというべきか。

 サンディオンは、旧ザイオン帝国においては第七方面に区分される都市だ。第七方面は、旧帝国領北西部一帯のことであり、かつてはニーナ・ラアス=エンシエルが総督として管理運営していたことで知られる。“大破壊”によって帝国領が南北のふたつの大陸に分かれたことで、第七方面は、北ザイオン大陸の一部となり、ニーナともニーウェハインとも無縁の地となっていた。

 ニーナは、自分が総督を務めていた第七方面の“大破壊”以降の現状を気にしていたが、かといって外遊船隊を第七方面に向けなかったのは、正しい判断だったのだろう。どうやら、第七方面は、南ザイオン帝国の本拠があったということがウルクの話によって判明したからだ。もし、ニーナが外遊船隊を第七方面に向けていれば、外遊船隊そのものが南ザイオン帝国によって捕獲されていたかもしれない。

 ともかくも、美術商の蔵で二年近く眠り続けていたウルクが突如として再起動したのは、三月七日のことだ。

 大陸暦五百六年三月七日。

 その日、なにがあったのかと思い返せば、セツナたちにとってもこの上なく重要な出来事があった日だった。

 世に言う第二次リョハン防衛戦が勃発した日であり、セツナが現世に舞い戻ってから完全武装状態を初めて披露した日でもあった。

 それまで、セツナは何度となく黒き矛を召喚し、力を振るってきたが、その程度の波光では、サンディオンのウルクには届かなかったのだろう。完全武装状態となったセツナがこれまでにない力を発揮し、とてつもない量の波光を発したことで、ようやく彼女の心核が動き出したのだ。ウルクの心臓ともいうべき心核には、黒色魔晶石が用いられており、黒色魔晶石を動かすには、他の魔晶石とは異なり、特定波長の波光が必要だった。それがセツナ特有の波光であり、彼女が長い間、蔵の暗闇の中で眠り続けていたのも、セツナが長らく、この現世において世界中に拡散するほどの波光を発さなかったからに違いなかった。

 ともかく、特定波光を受け取ったことで再起動したウルクは、現状を確認することに努めようとした。が、ちょうどそのとき、サンディオンが皇魔の襲撃を受けており、その撃滅のため、彼女は力を発揮することとなった。

 そしてそれが彼女が南ザイオン帝国に目をつけられるきっかけとなったようだ。




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