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第二千四百七十三話 ウルク(四)

 ウルクは、覚醒後、皆との再会を心の底から喜ぶ傍ら、セツナたちに対して申し訳なさそうな様子を見せた。彼女がなぜそのような態度を見せるのか、セツナは瞬時に察した。ウルクは、セツナとの戦闘中、自分を取り戻し、自分の首を撃ち抜くことで、自分の意思とは無関係に操られる躯体を行動不能としたのだ。彼女は、自分が操られているということを認識し、その記憶が彼女を苦しめているのだろうことは、察するに余りある。

「申し訳ありません、セツナ。わたしは、あなたに刃を向けてしまった」

 彼女は、思い詰めたような口調で告げてきた。抑揚のあまりない独特の声音だが、確かに感情がある。以前よりも遙かに感情が強く出ている。ただし、それがわかるのは、彼女と付き合いの長いセツナたちだからこそ、というのはあるだろう。彼女と接したこともない人間には、ウルクが感情を持つ生き物だということはわかるまい。

 それくらい、ウルクの声音は無機質だ。

「刃というよりは拳だな」

 寝台の上で上体を起こしたウルクを見つめながら、セツナは告げた。弐號躯体は、見れば見るほど設計者の美的感覚が優れていることがわかる。元々、ウルクの躯体というのは美人が過ぎるといっても過言ではなかったのだが、弐號躯体は、美貌にさらに磨きがかかっていた。洗練された、と、言い換えても良い。間近で見れば見るほど、息を呑むような美しさがある。

 首の継ぎ接ぎのような部分さえなければ、完璧なのだろうが、こればかりは致し方がない。その金属の継ぎ接ぎこそ、ウルクがみずからを勝ち取った証明ともいえる。神の支配を脱却し、自我を守り抜いた証。

 セツナが、彼女を護れなかった証拠。

「拳だし、足だし、あと、砲?」

「砲だけやたら物騒でございますね」

「物騒だもの、ウルク」

「それはそうでございますが」

「……茶化しているのですか?」

 セツナに続いてミリュウとレムが軽妙にやり取りするのを聞いたウルクは、半眼になった。おそらく、ファリアがよくする表情を真似ているに違いない。でなければ、彼女がそのような方法で感情を表現するはずもなかった。

 瞼が動くことによる感情の表現方法は、弐號躯体となったことで獲得したといっていいだろう。

「そういうわけじゃあないが」

「そうよ」

「おい」

「どうでもいいことだもの」

 ミリュウが軽々と言い放てば、ファリアが微笑する。レムもエリナも、シーラも同様の想いであることをその反応で示した。

「どうでもいい?」

「ええ、そうよ。ね、セツナ?」

「まあ、そうだな。おまえが無事に帰ってきてくれたんだ。それだけで十分だ」

 ウルクを操っていたものや、ウルクが南大陸に渡ってくるまでなにをしていたのか、など、気になることは山ほどある。それは当然のことだ。当たり前のことだが、それはそれだ。それはそれとして、ウルクの無事はなによりも喜ばしいことだったし、嬉しいことなのだ。そのことは手放しで喜ぶべきことであり、そのときは、それ以外のことはなにも考えなくてよかった。

 ウルクとの別離は、“大破壊”直前、セツナが地獄に堕ちた瞬間だ。そしてその瞬間、あるいはその直後、おそらく彼女の心核は活動を停止したはずだった。魔晶人形の心核には、黒色魔晶石が用いられている。黒色魔晶石は、特定波形の波光を浴びることでその反応として波光を発する。その特定波光の発生源こそ、セツナだというのだ。だから、ウルクはミドガルドに連れられて、ガンディアを訪れた。もう何年も昔の話だ。

 つまるところ、セツナを命の源とするレムに続く二人目が、ウルクなのだ。

“大破壊”よりおよそ二年と十ヶ月が経過している。

 ウルクの安否は常に気になるところだったが、弐號躯体に生まれ変わった彼女が無事でないはずがないという想いもまた、あった。そして、それは間違いなかった。ウルクは弐號躯体となったことで“大破壊”を乗り越えたのだ。

「……セツナもミリュウもお人好しが過ぎます」

「そういう連中だってこと、わかりきってたことじゃないの?」

「はい。知っています」

 ファリアのなんともいえない一言に、ウルクが小さくうなずいた。

「ですから、困っているのです」

「困る? なにを?」

「そんなお人好しだから、放っては置けないのです」

 ウルクがこちらを見てきた。淡く光を放つ両目には、確かに感情がある。それが理解できる人間など数少ないだろう。魔晶石の光の彼方に揺れる感情。強い想い。それを理解すればするほど、セツナは、心が喜びに打ち震えていること気づくのだ。

 本当の意味でウルクが戻ってきたのだということがわかるからだ。

「特にセツナ。あなたを放っておけば、なにをしでかすのかわかったものではありません」

「なんとも酷いいわれようだな」

 セツナは、肩を竦めるほかなかった。すると、隣から小突かれる。ミリュウだ。

「その通りじゃない」

「そうでございます」

「まったくだぜ」

「うんうん!」

「大将も大変だ」

 皆が一斉に同意する中で、エスクが噴き出しそうになった。睨み付けても、けろりとしている。

「ですから、わたしが見張っておかなければ」

 ウルクが決然と言い放ってきた言葉には、さすがのセツナも戸惑うほかなかった。ウルクの性格が変わりつつあるのではないか、と思えたからだ。以前の彼女からは考えられないような発言だろう。

「見張るって、おい」

「そうねえ……確かにそれが一番かも」

「ファリアまで……」

 セツナが肩を落とすと、レムがウルクに歩み寄った。

「ウルク、あなたは三番目ですよ」

「はい、レム。理解しています。わたしは、セツナの下僕参号。壱号は、先輩、あなたです」

「ウルク……」

 レムは、ウルクの返答を聞いて、満足げにうなずいた。上下関係を再認識したことに満足したのではあるまい。ウルクが、レムのことを覚えていて、かつての関係性もなにもかも把握していることに感動したのだ。事実、レムの瞳が揺れていた。感極まっている。

 ウルクが改めてセツナを見つめてきた。

「セツナ。わたしは、あなたとともにいます。これから先、なにがあろうと、なにが起ころうと、わたしはあなたの下僕として、あなたのために戦うことを誓います」

「……ありがとう、ウルク。心強いよ」

 セツナは、ウルクの手を握り締めて、告げた。万感の想いを込めて。

「そして、済まなかった。今日まで、ずっとひとりにしていて」

「……ずるいです、セツナ」

「ん?」

「そんなことをいわれると、なにもいえなくなります」

「……ウルク」

 セツナは、彼女の想いを感じ取り、両手で彼女の手を包み込んだ。冷ややかな金属の躯体。血は通わず、体温もない。しかし、その金属の躯体の奥底には、人間に勝るとも劣らない熱い感情が動いている。心がある。魂が宿っているのだ。

「うう、ウルク……」

 寝台の反対側で思わず目を抑えるレムの様子を見て、セツナまで涙しそうになる。

 それは、レムがいかにウルクを後輩として可愛がっていたかを知っているからだ。レムは、ラグナのことも、ウルクのことも、下僕仲間として、先輩後輩として、この上なく可愛がっていた。まるで本当の家族のように。

「良かったわね、下僕仲間が戻ってきて」

「はい……ですが、まだ、足りません」

「そうね。まだ、足りないわね」

「ラグナちゃん……」

「きっと、無事よ」

 ファリアが、断言した。力強く、確信するように。

「ううん……きっと、どこかで生まれ変わっているわ。そして待っているのよ、セツナのこと。わたしたちのこと」

「そうで……ございますね。きっと」

 レムの言葉を聞きながら、セツナも想った。

 ラグナ。

 そう、ラグナだ。

 ラグナシア=エルム・ドラース。

 セツナを護るために命を燃やした彼女は、転生竜として、この世のどこかに生まれ落ちているに違いない。

 その彼女を探し出し、迎えに行くのもまた、目的のひとつだ。



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