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第二千四百七十二話 ウルク(三)

 ウルクをある程度修復することができたのは、セツナの記憶の中にミドガルド=ウェハラムが託した言葉があったからだと、女神はいった。

 かつて、ミドガルドは、ウルクがセツナと行動をともにするに辺り、セツナにウルクに関する様々な情報を伝えている。そのうち、セツナが理解できたのは、ウルクの躯体の定期的な検査の必要性と、調整器の使い方くらいのものであり、それ以外の、本来ならば重要といえるだろう情報の多くは、セツナには扱いきれないものとして脳が処理し、意識することないまま封印されていた。

 たとえば、魔晶人形の躯体がどのように設計され、開発されたのか、とか、躯体に用いられる素材に関する情報なども事細かに教わっていたのだが、それらの情報に関しても、ウルクと触れ合うに辺り、深く関わることではないということもあり、記憶の奥底に沈めていたようだ。

 マユリ神は、セツナの記憶を覗き込んだ際、そういった情報も発見していたことを思い出し、改めてセツナの記憶の奥底からそれら重要な情報を引き出したのだという。

 そうして、ウルクは修復された。

『勘違いしてもらっては困るのだが、完璧な修復ではないということだ。確かにウルクの頭部と胴体を接合することには成功し、彼女が起動したところを見れば、修復にも成功したといってもいいだろうが、接合のために使ったのはあり合わせの部材でしかない』

 マユリ神が説明した通り、ウルクの首の破損部分の修復には、あり合わせの部材が用いられた。首の破損部分以外、頭部も胴体も傷ひとつ見当たらない完璧な状態で存在していたものの、ウルクがみずから撃ち抜いた部分だけは、どうあがいても欠落があったのだ。そのため、精霊合金とは異なる金属を利用するしかなく、そのせいで首の一部分が弱点とならざるを得ないとのことだった。

 つまり、戦闘の際、その部分に攻撃を受ければ、場合によっては致命傷になりかねないのだ。

 その上、その一部分のせいでウルクが弐號躯体の最大出力を発揮することも不可能となった、という。最大出力を発揮すれば、首の接合のために利用した金属に悪影響が生じる可能性があるのだそうだ。

『最大限の努力はしたがな……魔晶石を動力にし、波光を利用した特性がある以上、わたしにできるのはここまでだ。これ以上のことは、ミドガルド=ウェハラムら技師たちに頼み込むほかあるまい』

 と、女神は嘆くようにいったものの、セツナは、感謝の言葉もなく、ただただ頭を下げた。マユリ神のおかげで、ウルクの修復は瞬く間に終わったのだ。そして、ウルクは、すぐに目を覚ました。それはつまり、マユリ神の御業による修復が上手くいったことを告げている。少なくとも、ウルクが通常活動する上ではなんの問題もないということを示しているのだ。

 ウルクは、覚醒当初、判然としない様子だったものの、それはセツナを始め、ファリアやミリュウたちが一斉に声をかけ、彼女の無事を喜んだせいかもしれなかった。当然、彼女の無残な姿に泣きじゃくったエリナは、涙を流して彼女の復帰を喜んだし、レムも同様にウルクに抱きつき、ウルクは、そんな彼女たちの反応にどうすればいいのか困り果てていた。

 魔晶人形は元来、自我も感情を持たない。

 が、しかし、ウルクには確かに自我があり、感情があり、心がある。金属製の躯体故、表情こそ変わらないものの、その言動からは、彼女の感情が限りなく伝わってくる。

「セツナ……これはいったい、どういうことなのでしょう?」

 ウルクの覚醒後の第一声が、それだった。

 彼女は、自分が修復されているという事実にこそ、当惑していたのだ。

 魔晶人形の躯体、それも弐號躯体を修復できるものがいるとすれば、神聖ディール王国魔晶技術研究所の技師たちしかおらず、技師たちがこの壊れ果てた世界で生き残っているのかもわからない以上、破損した躯体が修復されるかどうかも不明だと、彼女は考えていたようだ。つまり、彼女は、たとえ自分が修復されることがなくとも構わないという決意の元、セツナを救うため、自分の首を撃ち抜いたということだ。

 たとえ、自分が永遠に目覚めることがなくなろうとも、セツナを傷つけ続けるよりは、なにものかに操られるよりはずっとましだ、と、彼女は考えたのだ。

 そのおかげでセツナはウルクを傷つけずに済んだものの、結局は、彼女に自身を傷つけさせたという事実に変わりはなく、そのことを忘れてはならないと戒めた。どれだけ力があろうと、できないこともあるという現実を思い知ったのだ。その口惜しさを忘れてはならない。

 躯体を修復することができたのは、マユリ神のおかげであると伝えると、ウルクは女神に感謝を示した。そして、女神により、セツナの記憶の奥底に眠っていたミドガルドの発言のおかげだということがわかると、彼女は、みずからの胸に手を当て、瞼を閉じるという仕草をした。

 ミドガルドを想うその仕草は、遠くから見れば、人間そのものに見えたに違いない。

 そこには確かに心があった。

 セツナを救うため、ウルクを突き動かしたもの。

 それはやはり、感情だろう。

 心の動き以外のなにものでもなく、彼女がみずからの心の赴くまま、意思の向かうままに行動したことを現している。

 ウルクに感情があることは、とうの昔にわかっていたことだが、改めて実感として理解して、セツナは、彼女の手を握り締めたものだ。

 ウルクは、セツナの手を握り返して、きょとんとした。そして、セツナの手を優しく握り返した。その手の圧力のかかりかたは、以前のウルクには見られなかったものだ。ウルクは、いわば機械人形だ。心を持っているとはいえ、その体は機械そのものといっていい。心核から供給される波光を動力とする機械人形。人間との触れ合いを目的に設計開発されたものではなく、戦闘兵器として誕生している。それ故、手を握る、という単純な動作すら、困難を極めた。手を握るのではなく、手を握り潰す、という行動になりかねないからだ。

 しかし、どうやら弐號躯体は、最初の躯体よりも遙かに改良された躯体だが、必ずしも戦闘用に特化して改良されたわけではないらしく、ウルクが驚くほど簡単に圧力の制御が可能となっているようだった。つまり、最初の躯体のように呆れるほど何度も手を握ったり、抱擁する練習をせずとも、彼女の感覚だけでそれが可能となったのだ。

 それはつまり、必ずしもウルクを最強の存在にしたいという思惑から弐號躯体が開発されたわけではないということを示しているのではないか。

 ウルクは、起動して以来、魔晶技術研究所の職員たちと触れ合う中で様々なことを教わり、吸収していったという。その頃のウルクには感情などなかったようだが、片鱗はあったはずだ。ウルクともっと触れ合いたいと想った職員もいただろうし、技師もいただろう。そういったひとびとの想いが弐號躯体の設計に盛り込まれたのだとしたら、注ぎ込まれたのだとしたら。

 セツナは、ウルクが魔晶技術研究所のひとびとにこよなく愛されていた存在なのだということをいまさらのように思い出した。

 いつか、神聖ディール王国領に向かい、魔晶技術研究所に赴くべきだろう、とも想った。ウルクは、きっと、職員や技師、ミドガルドの安否が気がかりなはずだ。“大破壊”は、帝国領だけを引き裂いたわけもない。大陸全土、世界全土を引き裂いたのだ。聖王国領もまた、帝国領同様に切り裂かれ、ばらばらになっている。

“大破壊”が起きたとき、ミドガルドがどこでなにをしていたのかは判然としないが、魔晶技術研究所の職員、技師たちは、魔晶技術研究所の所在地付近から動いてはいないはずだ。少なくとも、最終戦争に帯同していないことは、ウルクから伝え聞いていた。おそらく、聖王国領に留まった状態で、“大破壊”を迎えたに違いない。

 魔晶技術研究所の無事を確認することができれば、ウルクはきっと喜ぶだろう。

 セツナは、皆との再会を喜ぶウルクの様子を見遣りながら、そんなことを想った。

 いずれ、の話だ。

 いずれ、近い将来、聖王国領に向かおう。

 目的がまたひとつ、増えた。




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