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第二千四百七十話 ウルク(一)

 戦闘は、終わった。

 操り人形と化したウルクの過剰なまでの攻撃によって、ノアブール南部の丘陵地帯からは丘という丘が消え失せ、ほぼ平坦な地形に変わり果てていた。結晶化した岩盤やら丘を覆う木々やらなにやら、照って汽笛に破壊され尽くしたといってよく、天変地異でも起きたのではないかと想うほどの様変わりっぷりであり、熱気渦巻く戦場の跡地で、セツナは、ただ呆然としていた。

 戦いを終わらせたのは、ウルクだ。

 ウルクが自分自身の首を波光大砲によって粉砕したことで、すべてが終わったのだ。

 ウルクは、自我を持つ魔晶人形だが、魔晶人形は本来、遠隔操作や設定された目的を自動実行するように設計され、開発されている。術式転写機構と呼ばれる機構が頭部に搭載されており、遠隔操作の際は、そこに命令を送ることで行動させるといい、術式転写機構にあらかじめ目的を詳細に設定し、自動実行させることもできるということだ。つまり、術式転写機構が魔晶人形における頭脳なのだ。そして、ウルクは、その術式転写機構に異変が起きたことによって、自我を獲得し、みずから思考するという魔晶人形として希有な存在になり得たのだ。

 ウルクが首を破壊したのは、その術式転写機構と胴体の繋がりを絶つことで、術式転写機構からの胴体に送られる命令を遮断するためだと想われた。神の力で操られていたところで、体を動かしているのは本人の脳である、という証左だろう。だからこそ、頭部を失ったウルクの胴体は、動かなくなった。

 神の支配を脱却した、といえるのかどうか。

 セツナは、もはや体重をかけることもなくなったウルクの胴体から抜け出すと、まず、彼女の頭部を探した。弐號躯体の強固な装甲、骨格を粉砕するほどの威力を発揮した波光大砲は、首から上の部分を遠くまで吹き飛ばしており、探し出すのに多少の時間を要した。その間にファリアたちが駆け寄ってきて、頭部を失ったウルクの目の前で凍り付いたように動かなくなった。レムとエリナはウルクの胴体に縋り付き、エリナは声を出して泣いた。見るからに痛ましい姿だ。エリナが泣きたくなるのもわからなくはない。

 セツナも、なんともいえない感情が胸の内で渦巻いていて、処理する方法もわからないまま、ウルクの頭を探していた。

「いったい……どういうことなの? なにが起こったのよ……」

「見りゃわかるだろ。ウルクは、自分で自分の首を吹き飛ばしたんだよ」

 ウルクが、セツナの声に反応を示していたのは、間違いではなかったのだ。記憶を改竄され、神の如き力によって操られながらも、セツナのことを必死になって想いだそうとしてくれていたのではないか。だからこそ、彼女の中で混乱が起きた。そして、その混乱の果て、彼女は、セツナを護るための行動を取ったのではないか。自分を取り戻したが、神の支配を脱却することはできない。だから、自分の首を吹き飛ばした。そうすることで、セツナを苦しめようとする自分の体を止めたのではないか。

 そうとしか考えられない。

「あいつは、正気を取り戻したんだ。俺の声を聞いて、さ」

 ようやく、土砂を被ったウルクの頭部を発見して、駆け寄り、急いで抱きかかえる。特殊合金製の頭部だ。同じ大きさの岩石などよりも遙かに重く、金属製の鍛錬器具などとも比べものにならない。しかし、セツナは意に介さなかった。抱えたまま、ファリアたちの待つ、ウルクの胴体の元へ向かう。

 ウルクの頭部は、近くで見れば見るほど美しく整っている。瞼は閉ざされ、安らかに眠っているように見えるのも、その美しい容貌のせいだろう。しかし、残念なことに長く美しかったはずの灰色の髪は、波光大砲の爆発に焼かれてしまっていた。後でレム辺りにでも手入れをしてもらった方がいいだろう。かなり短くなるだろうが、焼けたままよりは余程いいはずだ。きっと、ウルクもそのほうが嬉しいに違いない。

 彼女には、感情がある。

 無感情な戦闘兵器などではないのだ。

 だからこそ、ウルクはセツナの声に応え、みずからの首を撃ち抜いた。

 きっと、そうだ。そうに違いない。

(なあ、ウルク。そうだよな)

 もはや物言わぬ金属の塊となったウルクの頭部を抱えたまま、セツナは、彼女の胴体の前に辿り着いた。エリナがレムに縋り付くようにして泣いている。エリナにとって、ウルクは人形などではなかった、ということだろう。感情を持ったひとりの人間として、相手をしていたに違いない。わずかばかりの期間ではあったが、ウルクと触れ合った日々は、いまもなお、彼女の中に強く息づいているのだ。

 悲しんでいるのは、なにもエリナだけではない。ファリアもミリュウも、レム、シーラ、エスクだって、ウルクの姿に感じ入るものがあるようだった。ダルクスには理解できないことだろうが、それはそれとして、彼も無言でウルクの体を見ていた。

「なにを嘆くことがある」

 不意に聞こえたのは、女神の肉声だった。

 ふと見ると、ウルクナクト号がいつの間にか地上に降り立っていて、マユリ神の姿が思った以上に近い場所にあった。

「ウルクは、おまえの声に応えたのだ。神属由来の強大な支配に抗い、振り切る事に成功したのだ。それはおまえとウルクの完全な勝利といっても差し支えがないのではないか? ウルクを信じたおまえと、おまえを信じたウルクのな」

 マユリ神の慰めの言葉を聞いて、セツナは、抱きかかえたウルクの頭部に目を落とした。女神のいいたいことはわからないではない。しかし、いまはそんなことをいえる状況ではなかったし、勝利の実感などあろうはずもなかった。実質的には、敗北したのではないか、と、そう思えるのだ。なぜならば、セツナが否定したウルクの躯体の破壊を、ウルク自身にさせてしまったのだ。

「それはそうかもしれないけど……でも、そういうことじゃないでしょ」

「いまは……ね」

「だから、なにを嘆くことがあるのだ」

 マユリ神は、やれやれと肩を竦めた。いつも背中にいるはずの半神の姿はなく、少女めいた女神一柱がそこにいる。ゆっくりとこちらに向かって歩み寄ってくる

「ウルクは、人間ではないのだぞ。たとえその体が破壊されたとして、生物のようにその命が終わるわけではない。そのことはおまえが一番よく知っているはずだ、セツナ」

「ああ……」

 だからこそ、セツナは、悲嘆に暮れずに済んでいるのだ。ウルクは、みずからを破壊したが、その命数が尽きたわけではない。行動不能にはなったが、彼女の記憶が詰まっているであろう頭脳には傷ひとつついていないはずだ。なぜならば、ウルクの頭部はまったくの無事だからだ。首は破損し、髪は焦げてしまったが、それ以外に目立った損傷はない。つまり、彼女の躯体を修復することができるのであれば、頭脳と体を繋ぎ合わせることができるのであれば、問題なく動き出すはずだった。

 そんなことができるのは、ミドガルドたち魔晶技師以外には考えられないが。

(ん……?)

 ふと、マユリ神の先程からの言い方に引っかかりを覚えて、セツナは顔を上げた。

 女神は、こちらを見て、微笑んでいた。




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