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第二千四百六十九話 再会は激突とともに(五) 

「これで、終わりです」

 ウルクは、無機的なまなざしでこちらを見下ろしていた。地に転倒させたセツナを組み敷き、身動きを封じることで勝利を確信したのだろう。魔晶人形の躯体は特殊合金製ということもあって極めて重く、加護のおかげで痛みこそないものの、筋力だけで撥ねのけることなどできようはずもない。ウルクがセツナの拘束に成功したと勘違いするのも無理からぬことだ。

「終わり?」

 セツナは、ウルクが体重をかけてきていることで地に沈む体を認めながらも、焦りはなかった。拳や足を撃ち込まれると加護の上からでも痛みを感じずにはいられないが、ただ体重をかけられるだけでは、なんの問題もなかった。ただ、このままではウルクを跳ね飛ばし、彼女の拘束から脱することはできそうにないが。空転する最中、カオスブリンガーとロッドオブエンヴィーが手から離れていた。ウルクの神速の連撃によって払い落とされたのだ。そのため、ロッドオブエンヴィーの“闇撫”でウルクの体を引き剥がすといった手も仕えなかった。

 いまは、だが。

「そう、終わり。あなたはわたしに敗れ去る。わたしはあなたに打ち勝ち、あなたを帝都に連れて行く。陛下の元へ」

「まだ、終わってねえだろ」

「いえ、終わりです」

 ウルクは、セツナの言葉に耳を貸すつもりなどないとでもいわんばかりに言い放つと、左腕を虚空に掲げた。そして、連装式波光砲を周囲に乱射する。青白い閃光が視界を灼き、爆音がいくつもの声を掻き消していく。セツナを解放しようとするファリアたちの接近を阻んだのだ。

 セツナは、その間もウルクを見ている。ウルクの後方、遙か上空に浮かぶ方舟は、白く美しい翼を広げ、ただ空に在るだけだ。女神は、ウルクの撃破を推奨している。それがもっとも損害を抑える方法だからだ。それ故、セツナが窮地に陥っても手助けしようともしてくれないのか。

 それとも。

(見守ってくれているんだよな?)

 マユリ神がその気になれば、ウルクを撃破することくらい、たやすいことだ。いくら弐號躯体とはいえ、本物の神様相手に敵うわけもない。抵抗することすらできず、破壊されるだろう。だが、マユリ神は、手を出しては来なかった。それはつまるところ、セツナの意思を尊重してくれているということであり、限界まで見守ってくれているということにほかならない。

 セツナは、マユリ神に内心感謝しながら、口を開いた。

「終わってねえよ、ウルク。聞こえてるだろ!」

「叫ばなくとも、聞こえています。ですから、答えているのです」

「違う、そうじゃない、そういうことじゃあないんだ、ウルク。ウルク!」

 叫ぶのは、そうでもしなければ、ウルクに聞こえないと想ったからだ。ウルクの中に眠る、本当の彼女に。彼女の躯体の奥底で眠る記憶に。自我に。心に。魂に。

 ウルクは、彼女は、神属由来の力によって支配されている。それもマユリ神の力をもってしても解放することはできないほどに強大な力によって、だ。神をも滅ぼす黒き矛の力も、こういう状況ではなんの役にも立たない。ウルクを破壊することはできても、ウルクを支配する力だけを破壊することはできないのだ。

 だが、しかし。

 彼女は、いまのいままで、何度となくセツナの呼びかけに応じるようにして、封じられているらしい記憶を呼び起こさせ、その記憶に基づく発言をしている。反応を示している。それはつまり、彼女が封印された記憶を呼び起こせば、神の支配をも脱却できるのではないか、という可能性を示唆しているのではないか。

 それは、極めて楽観的な推測だ。希望的観測に過ぎず、可能性としては極めて低い部類に当たるだろう。しかしセツナは、その希望に縋り付きたかったし、実際、手を伸ばし、縋り付いたのだ。どんな理由があれ、ウルクを傷つけたくはなく、たとえ破壊したあとに修理が可能だとしても、それで元に戻るのだとしても、そんなことを許容できるほど、セツナは物分かりの良い人間ではなかった。

 だからこそ、セツナは、ウルクの解放に拘り、この窮地を演出した。

 彼女と正面から向き合って言葉を交わすには、こういう状況を作り出すほかない。故に彼はわざと黒き矛と杖を手放し、ウルクに勝利を確信させたのだ。

 こうでもしなければ、ウルクは口を利いてもくれなかっただろう。

「セツナ。あなたの声にはどうやらわたしの思考を混乱させる力があることを認めます。ですが、それで、そのようなものでわたしをどうにかできるなどと考えないことです。わたしはここであなたを倒し、あなたを捕らえ、本国へ連れ帰ります。皇帝陛下の御前に」

「ウルク、俺の声を聞け。俺の言葉に耳を傾けろ。おまえには、俺の声が聞こえているはずだ」

「セツナ。あなたこそ、正気を失っているのではありませんか。わたしの聴覚は正常に機能し、あなたの声も言葉も聞こえています。セツナ」

 ウルクは、連装式波光砲の乱射を止めると、左手で拳を握った。爆発音が止み、ファリアたちの声がそこかしこから飛んでくる。皆、無事だ。当たり前のことだったし、なにひとつ心配していなかったが、確認できて安堵する。

「そうだろう、聞こえている。聞こえているはずだ、ウルク。そして思い出すんだ」

「思い出す? あなたはやはり、わけのわからないことをいう。わたしになにを思い出せというのです。わたしは、皇帝陛下直属の魔晶人形。それ以上でも、それ以下でもない。それ以外の記憶など、わたしには――」

「あるだろう。俺たちとの記憶が。ミドガルドさんとの記憶だって、たくさんあるはずだ。いまのおまえを形作る数多の想い出が、記憶の奥底にあるはずだ。それを思い出すんだよ」

「ミドガルド……ミドガルドは、無事なのですか? 無事? なんの話ですか」

 ウルクは、何度となく瞬きをして、セツナを見つめてきた。魔晶石の目から発せられる光が明滅を繰り返し、彼女が頭を振る。

「違う。違う、違う違う違う――わたしは、魔晶人形――神聖ディール王国魔晶技術研究所所属の――違う――南ザイオン大帝国皇帝直属の――違う――違う、違う」

「ウルク、だいじょうぶか!? おい!」

 自問自答を繰り返しながら頭を振り続けるウルクの様子は、どう見ても異様だった。彼女の中の封印された記憶が目覚めようとしているのは間違いないのだが、それが、支配する力とぶつかり合って、誤作動でも起こしているかのような印象を受ける。排熱口から蒸気を噴出し、波光をばらまくように吐き出す。誤作動どころの話ではない。

 暴走しているのではないか。

「わたしは――わたしは――わたし――」

 ウルクは、自分の頭を抱えるようにすると、なぜか右手で己の首を掴んだ。

「ウルク?」

「わたしは、いったい、なにを――」

 首を掴んでいた右手が突如青白い閃光を発し、凄まじい爆発が起きた。爆音が世界を揺るがしたのだろうが、セツナの耳に音は聞こえなかったし、しばらく、目の前が真っ白に染まったまま、凄まじい痛みの中でのたうち回ることもできず、愕然とするほかなかった。そして、視界が正常化したとき、彼は、さらなる衝撃に襲われた。

 セツナを組み敷いていたウルクの首から上が、綺麗さっぱりなくなっていたのだ。

「ウルク……?」

 セツナは、呆然としながら自分の上に跨がったままの彼女の躯体を見つめ続けた。波光大砲の直撃には、さすがの弐號躯体も無事では済まなかった、ということなのだろうが。首の破損部分から立ち上る熱気は、波光大砲の威力を示していた。

 


「あら、糸が切れてしまったわ」

 彼女は、深い闇の底のような一室で囁くようにつぶやいた。

「まさか、みずから操り糸を断ち切るだなんて、人形にしては強い自我を持ちすぎではないかしら」

 世界は揺れている。不安定に揺れ続けている。故に彼女は、自分の体さえ、糸で支えていなければならなかった。でなければ、この揺れに耐えられない。肉体そのものは頑丈でも、それ以外の部分が貧弱なのは否めないのだ。主にいえば、それくらいどうにかしてくれるだろうから、その機会を待つしかない。

「残念ですわ。糸が切れた以上、支配し続けることは不可能です」

 不愉快に揺れ続ける世界の中にあって、さらに不愉快なことがあり、故に彼女は顔をしかめるのだ。

「本当、残念ね。もう少しだったのに」

 つぶやき、不均衡な手を見下ろす。指先から伸びた糸の一本が、千切れてしまっている。それが糸が切られたことの証だ。強力無比な手駒を失ったことの証明でもある。これは、彼女の主にとっても手痛い損失だろう。とはいえ、もう一度糸を結び直すには、距離が遠すぎる。

 糸を切った人形は、この海を越えた先にいたのだ。

「はい、お姉様。もう少しでしたのに」

 嘆息する。

「もう少しで、セツナを縊り殺せたのにね」

 すると、肩が笑った。

「あら、お姉様。セツナを殺しては、あのお方の命令を無視することになりますわ」

 指摘されて、苦笑する。確かにその通りだ。自分たちの主は、セツナの確保を望んだ。故に彼女は、人形を差し向けたのだ。魔晶人形ウルクならば、セツナも本気で戦えまいという推測は、当たった。彼はウルクとの戦闘が本格化することを恐れるように逃げ回っていた。

「あら、そうだったわね。では、いずれにせよ殺せなかった、ということじゃない」

 彼女は、肩を竦めるほかなかった。

「はい、お姉様。まことに残念ですが」

 彼女はひとり、苦笑する。

「本当、残念」 

 彼女は、揺れ続ける世界を恨めしげに見遣った。

 この船旅ほど、意味もなければ価値もない余興もあるまい。

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