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第二百四十六話 戦闘経過

「数で負けても、質では勝っている。なにも恐れることはない!」

 アスタル=ラナディースは、第一軍団と対峙した敵部隊の数がこちらを上回っているという報告に対し、そう断言するとともにみずから最前列に向かった。周囲の制止も振り切り、騎馬を以って敵前列に切り込んだのだ。すると、彼女の姿を見た最前列のログナー人たちは熱狂とともに追随してきた。思った通り、兵士たちは飛翔将軍神話とやらを信仰しているようだった。アスタルが煽れば、彼らは命を擲って戦うだろう。

 彼女はそういう兵士たちの感情を理解しているからこそ、前線に飛び出している。

「死を恐れるな! ログナー人の魂が穢れることを恐れよ!」

 アスタルが敵陣に槍を突き入れながら声を張り上げると、周囲から地鳴りのような喚声が上がった。自軍兵は、いつの間にか彼女の周囲をも埋め尽くしていたのだ。そして、瞬く間に敵陣を侵食していく。あとは、アスタルは檄を飛ばしながら、敵の攻撃に注意していればよかった。後退しながら、兵士たちを煽動していく。彼女に声をかけられた兵士は、奮起し、死をも恐れず突貫した。その結果、敵の槍に貫かれて死んだものもいた。

 敵部隊には武装召喚師がいたようだが、ファリアが上手く誘いだしてくれていた。敵武装召喚師も、こちらの武装召喚師を先に潰しておくつもりだったのか、兵士たちには目もくれなかった。ファリアに誘導されるまま戦列を離れていったのだ。おかげで、アスタルたちは目の前の敵に専念することができた。

 セツナ隊の報告にあった二名の武装召喚師のうち、ひとりをファリアが引きつけてくれたのだ。敵武装召喚師は最低でもあとひとりいるはずだが、この部隊にはいないようだった。いれば、自軍に甚大な被害が出ているだろう。セツナの誘いに乗ったのか、ドルカ隊に向かったのかはわからないものの、エインの立てた分断作戦は上手く働いているようだ。敵武装召喚師を分散できていなければ、アスタル隊は苦戦を強いられていたに違いなかった。ファリアひとりで二名以上の武装召喚師を引きつけておくのは無理がある。彼女の武装召喚師としての実力は優れたものだということではあるのだが、一対多ではその実力も発揮できるものかどうか。

 そんなことを考えていると、敵陣の右翼に極大の雷撃が着弾した。ファリアが召喚武装による超長距離射撃を行ってくれたのか、流れ矢が偶然に敵部隊を蒸発させたのかは不明だが、前者と考えておくほうが精神衛生的にはいいだろう。敵武装召喚師を誘き出すときに行って以来、彼女からの誤射はない。

 ともかく、エインの策は当たったのだ。

 アスタルは、頬を緩めかけて、即座に真顔になった。眼前に飛来した矢を槍の切っ先で叩き落とすと、自分が的になっているということに気づく。

「ガンディア軍の指揮官はあそこだ! あの女を狙え!」

「おおおお!」

 敵軍が、こちらに負けないくらいの喚声を上げた。敵も必死なのだ。彼らも生き残りたいという思いがあり、そのために全力を振るってくるのはわかりきったことだ。だれだって戦場で死にたくはない。だが、アスタルは、ログナー人の兵士たちに蛮勇を振るえと命じるのだ。死を恐れるのではなく、死の先にある生を拾うために勇猛果敢に攻め立てよ、と。

 彼女は、馬から飛び降りると、馬に後退を促すとともに前進した。兵士たちの手本になろうというのだ。さっきと同じことだ。しかし、違うこともある。それは、彼女も地上を走る歩兵のひとりとなったことだ。敵陣の只中へ突っ込み、槍を振るう。槍で突き殺し、首を刎ねる。矢が頭上を飛んでいく。アスタルが地に降りたことで、目標を見失ったのだ。あとは敵陣に向かって曲射するしかあるまい。

 乱戦。

 敵味方が入り乱れる戦場では、弓ほど頼りないものもない。しかし、こちらの弓兵は戦列を離れている。敵軍とぶつかっているのは盾兵を筆頭とする歩兵だ。槍兵もいれば、軍刀を振るう部隊長もいるが、基本的には歩兵だけが彼女の周囲を埋め尽くしている。弓兵は左翼から敵陣を狙い撃てる一に移動しており、弓兵の行動を補助するために騎馬兵が動いているはずだ。現在、この乱戦の中で馬に乗っているのは部隊長たちだけだ。的になりやすいこともあって、射落とされたものもいたらしい。指揮官が負傷した部隊は士気が落ちる。事前の指示通り、別部隊と合流することで戦意の低下を最低限に留めてくれていればいいのだが。

 部隊長たちは、アスタルの後に続いて、つぎつぎと下馬したようだ。敵弓兵の的にならないという利点はあるものの、自軍兵士からも見えなくなるという難点もあった。もっとも、同じ部隊の兵士なら近距離にいるはずであり、部隊長が大声を発していればわかるだろう。

 アスタルも、声を張り上げて檄を飛ばしている。

「我が名はアスタル=ラナディース!」

 彼女が口上していると、槍の柄が切り飛ばされた。敵部隊長らしき男が、軍刀を振り下ろしたまま、こちらを見てにやりとした。武功が上げられるとでも思ったのかもしれない。アスタルは微塵も同様せず、踏み込み、腰の剣を抜き放ちざまにその男を切り捨てた。

「皆の者、我に続け!」

 雄叫びを上げると、周囲でも咆哮が上がった。



「敵の数はそう多くはないですね」

「武装召喚師は副長殿が引き離してくれたし、問題となるようなものはない、か」

 ドルカは、ニナとともに自軍部隊の動きを見ていた。西進軍第二軍団、通称ドルカ隊の兵士たちは全員、ドルカの部下である。ガンディア軍ログナー方面軍第四軍団という長ったらしい名称が、彼の軍団の本来の呼称だった。ザルワーンの西方を攻略するに当たって、第一軍団、第三軍団と合流したために便宜上の通称として西進軍が用いられた。そこで、なぜかドルカの部隊は西進軍第二軍団の名称で呼ばれることになってしまったのだ。

 西進軍第二軍団は、前方の草原で横列に陣形を構築し、敵部隊と衝突していた。バハンダールの湿原地帯を北に突破し、さらに進んだ先の草原が、今回の戦場だった。見渡す限りのだだっ広い草原で、遮蔽物もなにもない。ここが戦場になったのは敵軍が陣を築いていたからであり、西進軍が望んだ戦場というわけでもない。とはいえ、敵軍が地形を利用した戦術を駆使できないような場所が戦場となったのは、こちらとしても悪くはなかった。

 むしろ、こちらが地形を利用している。

 エインの立案した敵軍分断作戦は、一応、成功したようだった。戦力に不安のある西進軍を三部隊に分けるという賭けに出たのだ。成功してもらわなければ困るところだったが、困らずに済んだのは僥倖といえる。

 セツナによる強襲から始まったこの夜戦は、いまのところどっちに勝利が転んでもおかしくはないように思える。敵武装召喚師が、こちらの武装召喚師を撃破するようなことがあれば、形勢は一気に敵へと傾くのだ。武装召喚師を重点においた戦術を取った以上、そうなるのは致し方のないことだ。武装召喚師はそれほどまでに強力だし、使い方さえ間違えなければ、戦いを有利に進めることができるのは間違いない。エインがセツナに惚れ、彼を根幹にした戦術を立てたくなるのもわからなくはなかった。

 もっとも、ドルカには、男に惚れるような趣味はなかったが。

「惚れるなら可愛い女の子だよねえ」

「はい?」

 ニナが無表情を向けてきたので、ドルカは、頬を掻いた。胸中でつぶやいたつもりだったのだが、どうやら声に出してしまったらしい。苦笑しようにも、彼女の視線が痛すぎた。戦場だということを忘れているのではないか、とでもいいたげなまなざし。実にその通りではあったが、前方を見遣る限り、ドルカが気を緩めるのも仕方のない情勢だった。

 ドルカ隊の兵士たちは、横列陣形をさらに横に伸ばしていた。陣形の厚みはなくなっていくのだが、次第に円を描くように展開を始め、敵部隊を包囲しようとしているのがわかった。包囲陣が完成すれば、数で勝るドルカ隊の勝利は目前だろう。倍ほど違うのだ。

 敵部隊は包囲覆滅を恐れ、一点突破を試みたようだ。だが、それこそドルカ隊の思う壺だったらしい。包囲の一部を解くことでわざと突破させ、少数の部隊が包囲の外にでると、再び包囲を固める。包囲の外に出た敵部隊には、外周に待機させていた部隊が攻撃を加える。極小数の部隊だ。あっという間に蹴散らしてしまった。

 包囲陣が完成した。九百名余りの兵士で、半数程度の敵軍を押し包んだのだ。殺戮が始まった。

「君の指示通りかい?」

「はい」

 ニナは、やはり鉄面皮だった。

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