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第二千四百六十八話 再会は激突とともに(四) 


『ウルクを確保し、拘束し続けることそのものは、不可能とはいうまい。わたしが全力で拘束し続るのであれば、いかに神属に支配されたウルクとて先程のようにはいかないだろう』

「だったら――」

 いうまでもないことだろう。

 セツナは叫ぼうとしたが、土煙の中に上がる波光の奔流を認め、言葉を噛みしめた。ウルクが丘そのものを根こそぎ吹き飛ばすほどの波光を噴出したのだ。凄まじい加速が、ウルクの躯体を一瞬にしてセツナの眼前へと運んでくる。拳が唸り、目の前で火花を散らせた。杖による防御が間に合った。

『ウルクを拘束し続けるには、それ相応の力が必要となる。船を動かすにもな。ウルクを操る神属がなにものであれ、その目的がこの大陸への侵攻であれば、どのみちわたしの力は必要となろう。おまえたちだけで対処できるというのであれば話は別だが』

「そういうわけにはいかない相手だってのか」

『わからない』

 ウルクとの熾烈な攻防の最中、セツナはマユリ神の声に耳を傾けていた。戦闘に集中できないということでもあるが、元々、防御にばかり集中している手前、そのことが問題になるようなことはなかった。意識的な動作と無意識の反応がウルクの連続攻撃を受け続けている。

『敵の戦力が未知数である以上、楽観的なことはいえない。希望的観測だけで物事を語るわけにはいかない。わたしは希望を司る女神。故にこそ、希望を叶えるためにこそ、現実を見据えなければならぬ』

「ウルク拘束のために力を割いている場合じゃないっていうのか」

『……そうなる』

 女神は、静かに告げてくる。

『わたしは、希望を謳う。希望を司る。希望を聞き、希望を叶えることがわたしの存在意義。わたしのすべて。わたしはおまえの希望を叶えると契約し、力を貸している。おまえの希望であるところのウルクの解放も叶えてやりたい。だが、そのための壁があまりにも高すぎる。あまりにも分厚すぎる』

 突如、ウルクが大きく飛び退いた。直後、光の刃がセツナの視界を横切り、ウルクを追跡する。エスクのソードケインだ。さらにいくつもの光の帯が光刃の後を追った。クリスタルビットもだ。ウルクは左腕を掲げると、連装式波光砲を乱射してソードケインの光刃を爆砕し、迫り来る光の帯やクリスタルビットも撃ったが、光刃とクリスタルビットはともかく、擬似魔法の光の帯を打ち砕くことはできなかったようだ。光の帯は、四方からウルクに迫る。飛び退こうとしたウルクの動きが一瞬、鈍った。強力な重力場が彼女の足を捉えたのだろう。そこへ光の帯が殺到し、ウルクの躯体に絡みついた。両腕、両足を封じ込め、さらに幾重にも雁字搦めにして動きを止める。

『ウルクが神属由来の力で操られている以上、説得は無意味だ。ウルクが自発的に支配から脱却することもありえぬ。であれば、確保し、拘束している間にウルクを支配しているものを探しだし、交渉するなり、打倒する以外にウルクを解放する方法はない。そして、その方法はあまりにも危険性が高いのだ。その希望を叶えるために、より多くの絶望を引き寄せかねない』

 マユリ神の声を聞きながら、セツナは、擬似魔法の光の中で抗い続けるウルクの姿を見ていた。全身から波光を噴出し、きっと先程よりも強力な擬似魔法の呪縛を振り解かんとしているのだ。そしてそれは、彼女の思うとおりになる。つまり、擬似魔法の拘束を打破し、ミリュウを愕然とさせたのだ。ミリュウからすれば会心の出来だったのだろう。しかし、出力を全開にしたウルクには、たやすく打破されてしまっていた。

 それが弐號躯体となったウルクの戦闘能力なのだろうが、だとすれば、ミドガルドたちはとてつもなく恐ろしい兵器を作り出していたことになる。

 ウルクは、セツナが四種の召喚武装を同時併用しているにも関わらず、その戦闘速度に付いてこられるほどなのだ。そんなものを相手に並の人間が敵うわけもなければ、並の武装召喚師さえ、手も足も出まい。ノアブールの駐屯軍が為す術もなく制圧されたのは、当然としかいいようがなかった。

『セツナ。わたしはおまえを失いたくないのだ』

 マユリ神の言葉は、素直に心に入り込んできたのだが、とはいえ、彼は頭を振るしかなかった。

「マユリ様。俺は、同じくらいウルクを失いたくないんだ」

『……セツナ。おまえはひとつ大きな勘違いをしているぞ』

「勘違い?」

『そうだ。ウルクは人間ではないのだ』

「それがどうしたってんだ」

『たとえいま倒し、行動不能に陥らせたところで、死ぬわけではないということだ』

「だから、それがどうしたってんだよ」

 セツナは、不機嫌に言い返しながらウルクの攻撃を捌き続けた。

 マユリ神のいっていることは、道理だ。ウルクは、人間ではない。一個の命を持った生物ですらない。なんらかの奇跡が起きて、自我を得、感情を手に入れた人形なのだ。事実、ウルクは最初の躯体から弐號躯体と呼ばれるより強靱な体にその思考機構を移し替えることができている。いや、それ以前に、心核となる魔晶石の力が尽きたとしても、魔晶石を入れ替えることで再び動き出すのが彼女だ。

 それは彼女が生き物ではないことの証明だ。

 つまり、マユリ神のいうようにたとえいまここでウルクを打ち倒したとしても、その記憶領域を傷つけさえしない限り、また元に戻すことは不可能ではないのだ。ミドガルド=ウェハラムを探しだし、躯体を製造してもらうなり、修理してもらうなりすればいい。たとえミドガルドがいなくとも、ディールに行けば、開発関係者のひとりやふたり、生き残っているに違いない。その助力を得れば、ウルクが生き返ること間違いないだろう。

 それは、わかる。

 だが。

(そういうことじゃないんだ。そういうことじゃあないんだよ、マユリ様)

 セツナは、胸中、血反吐を吐くような想いで告げながら、猛然と突っ込んできたウルクの攻撃を受け止めた。閃光の如く火花が散るのを目の当たりにする。叫ぶ。

「ウルク、目を覚ませ、ウルク!」

 ただ言葉を叩きつけるしかない。彼女の中の眠れる記憶が呼び起こされ、支配を脱却することを願うしかなく、そのためには、ほかに方法がなかった。マユリ神のいっていることは、もっともだ。正論以外の何者でもない。ウルクは、神属由来の力によって支配さえ、操られている。だからこそ、セツナたちの記憶も封印されているのだろうし、セツナたちの呼びかけにさえ応えてくれないのだろう。女神のいうとおり、ウルクを元に戻すには、彼女を操るなにものかをどうにかする以外に方法はなく、そのためには、南ザイオン大帝国に赴くか、大帝国が南大陸に押し寄せてくるのを待つしかない。当然、そのときまでウルクを野放しになどできるわけもなく、確保し、拘束し続けるには、マユリ神の協力が不可欠だ。しかし、マユリ神は、ウルクを倒した方がいい、という。今後の戦闘を考えれば、ここでウルクを倒すことで行動不能とし、ウルクの操者をどうにかしたあとで躯体を修復する方法を探し出すべきだ、と。

 それは、圧倒的に正しい道だろう。

 彼女のいうようにウルクは人間ではない。倒したところで、壊したところで、躯体は修復可能なのだ。

 だが、しかし、セツナは、それすら躊躇した。せざるを得なかった。ウルクは、セツナの声に応えたのだ。封印されているはずの記憶を呼び起こしかけてすらいた。彼女は確かにそこにいて、躯体の奥底で目覚めの時を待ち続けている。

 そんな彼女を攻撃し、破壊することなどできるわけがない。

 とはいえ、ウルクの攻撃を捌き続けるだけでは、ただ消耗していくだけだということもわかりきっている。

 それはウルクも同じだ。ウルクも、魔晶石に蓄積された波光を消耗し続けている。現状、どちらが力尽きるのが先か勝負しているようなものであり、このままではどちらかが力を使い果たし、行動不能に陥るだけのことだ。先にセツナがそうなれば、当然、ウルクによってセツナが確保されるだろうし、そのときは、マユリ神がウルクを破壊してしまうかもしれない。

 そうなれば、セツナは、女神を嫌いになってしまうのではないか。

 だからこそ、彼は、自分の手でウルクを解放しなければならないと思ったし、そのためには、どうすればいいのか、全力で考えていた。

 それが徒となったのだろう。 

 不意に視界が空転した。

 ウルクに足を払われ、背中から地面に叩きつけられたのだ。

 空に浮かぶ方舟を遙か彼方に見える中、ウルクの双眸が輝いていた。




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