第二千四百六十七話 再会は激突とともに(三)
「そりゃあ……」
セツナは、ウルクが地を蹴るようにして飛びかかってくるのを認めながら、彼女の言葉を脳内で反芻した。猛然たる勢いで突っ込んでくる魔晶人形の躯体は、どこから見てもはっとするほど美しい。帝国兵の中に思わず見惚れるものが現れるというのも納得の美貌。そして、音を置き去りにするような戦闘速度もまた、美しいとしかいいようがない。
「そうだけどさ」
ウルクがセツナに肉薄しようとしたその瞬間、彼女に異変が起きた。セツナの眼前で突如として動きを鈍らせたかと想うと、急速に地上に引き寄せられていったのだ。セツナの足の爪先にも、地上に引っ張られる感覚がある。ダルクスの重力操作が見事にウルクだけを捕捉したようだ。それも極めて強力な重力場が形成されていることは、ウルクが為す術もなく地面に叩きつけられ、その重量と速度によって大地を粉砕したことからも窺い知れる。
さらにそこへ、セツナの頭上から降り注いだ光の帯がウルクの体に絡みつき、その周囲に突き刺さった無数のクリスタルビットが分厚い雷光の結界を発生させた。光の帯はミリュウの擬似魔法によるもので、クリスタルビットはいわずもがな、ファリアだ。
ダルクス、ミリュウ、ファリアの三人による連携が華麗に決まったところで、セツナはウルクに近づいた。
「それは、おまえの記憶だろ? ウルク」
「あなたの言葉は、いちいち理解できません。わたしの記憶? なにをいっているのですか」
重力場に囚われ、光の帯で拘束され、なおかつ雷光の結界に閉じ込められたウルクだが、微塵の焦りも覚えているようには見えなかった。感情がないのだから、焦りようもないのだ。とはいえ、動きを封じることができたのは確かであり、セツナは皆の援護に感謝した。ウルクをどうにかして元に戻すには、その方法を考えなくてはならず、そのためには時間が必要だった。
ウルクがいま現在、どういう状況にあるのかさえ判明してはいないのだ。
どうやらなにものかに操られ、記憶さえも改竄されているらしいということは、セツナたちに対するウルクの反応から窺い知れる。その操っているものがマリシア本人だとは考えにくい。なぜならば、マリシアは人間であり、ニーウェハインのように武装召喚術に精通しているわけでもないからだ。マリシア配下の武装召喚師か、あるいは全く別のなにものかによって操られているに違いなかった。それが神属である可能性は、既に考慮している。
その神が、かつて帝国を支配した大神ナリアである可能性も。
いずれにせよ、ウルクを支配から脱却させるのは、簡単なことではあるまい。
だが、セツナは、ウルクの解放に一筋の光明を見ていた。それこそ、彼女が不意に発した言葉だ。
「だからさ、全力を出さないと俺を確保できないと考えているってことは、俺のことをよく知ってるってことだろうが!」
「全力?」
ウルクが地中に埋め込まれたまま、拳を握った。
「それは勘違いです、セツナ。わたしは弐號躯体となって以来、一度だって全力を解放したことはありません。あのときだって――」
不意に彼女が小首を傾げた。その仕草は、ウルクがわからないときによくしていたものだ。
「あのとき? わたしはいったい、なにをいっているのでしょう?」
「そりゃあおまえ、俺とおまえのふたりで、聖王国の大軍勢と戦ったときのことだろ」
「聖王国? 神聖ディール王国のことですか? どうして?」
「どうして? それこそ、おかしな話だろ。おまえは俺と一緒に戦ったじゃねえか。戦ってくれたじゃねえか。おまえは、みずからの生みの親と敵対する道を選んだんだ。俺のために」
「なにをいっているのですか。さっきから、ずっと、なにを……なにを!」
ウルクが、まるで苦しみだしたかのように全身を動かそうとした。だが、光の帯や重力場に囚われた彼女の躯体は、身動ぎひとつできない。
「わたしは南ザイオン帝国皇帝マリシアハイン陛下が直属の魔晶人形。聖王国など、あなたなど、知らない。知るわけがない」
「だったらなんで、戸惑ってる。だったらどうして、俺のことを思い出している」
「思い出す? 違う。これは……違う」
ウルクが頭を振ったかと思うと、彼女の躯体各所の装甲が跳ね上がった。全身の噴出口から波光が噴き出し、青白い光がセツナの視界を塗り潰した。音なき爆風がセツナを包み込み、吹き飛ばす。痛みはない。メイルオブドーターの翅と、女神、エリナの加護のおかげだ。爆風に抗うように態勢を整え、視界を覆う粉塵の向こう側に立ち尽くす存在を認める。
「あなたはセツナ=カミヤ。わたしが確保すべき最優先目標。それ以上でもそれ以下でもない。そう、それがすべて。それだけがすべて」
爆煙が風に流れると、あらゆる拘束を打ち破ったウルクの姿がそこにあった。彼女が身に纏っていた軍服は完全に消えてなくなり、傷ひとつない弐號躯体の完成された肢体が輝いている。波光の輝きがウルクの躯体を包み込んでいるのだ。それこそ、彼女の全力だといわんばかりであり、長い灰色の髪までも光を帯び、美しく煌めいていた。その足が、地を蹴った。躯体が一瞬にして間合いに入り込んでくる。セツナは、波光を帯びた拳の一撃を矛の柄で受け止めながら、両腕に伝わる衝撃の強さに歯噛みした。叫ぶ。
「ウルク!」
「なにちんたらやってんのよ! セツナ!」
ミリュウの怒号を受けながら、ウルクの音を置き去りにした連続攻撃を捌き続ける。一撃一撃が凄まじい重さであり、たとえ空振りを誘ったところで、その打撃が生み出す風圧が破壊的な威力を伴っているのだ。下手な受け方をすれば、ただでは済むまい。無論、いまのセツナの守りは万全に近い状態ということもあり、防御に専念すれば死ぬことはないだろうが、それでも弐號躯体の全力解放状態は、想像を絶する力を持っていた。
「ぶん殴ってでも正気に戻させなさいよ! あんたの下僕でしょ!」
「ミリュウ様」
「ちょっとミリュウ」
「んなこといったってな!」
セツナは、ミリュウに叫び返しながら、ウルクとの距離を取った。だが、ウルクは、強化したメイルオブドーターによる最大速度にさえ追いつき、すぐさま間合いを詰めてくる。もはや一言も発さなくなったウルクには、セツナの声は届かない。それどころか、言葉を投げかけるたびに彼女の攻撃は鋭さを増した。まるで、彼女の心が叫んでいるかのように思えたが、それは気のせいだろう。希望に縋りたいだけなのだ。きっと。
『聞こえるな、セツナ』
「マユリ様?」
通信器からの声に気を取られた瞬間、ウルクの足の爪先がセツナの脇腹に吸い込まれるようにして直撃していた。その打撃力は凄まじく、マユリ神の御業とエリナの召喚武装によって護られたセツナの意識を一瞬、白く染め上げるほどの痛みを感じさせた。まるで脇腹に大穴が開いたのではないかと錯覚するほどの激痛。そして、その勢いのまま吹き飛ばされる中、女神の声が聞こえてくる。
『ウルクは、強大な力によって操られている。そしてそれは神属由来のものだ。わたしの力も及ばぬほどのな』
「マユリ様の力も及ばないってのか!?」
ウルクの追撃をメイルオブドーターの翅で受け止め、もう一方の翅とともに絡め取って地に投げつける。すると、ウルクは空中で波光を噴出して態勢を整え、猛烈な勢いで突進してきた。セツナは口早に呪文を唱え、ロッドオブエンヴィーの召喚を試みながら、地上に降下する。ウルクが猛追してくるのを肌で感じつつ、召喚の成功と同時に左手に杖を握った。直後、ロッドオブエンヴィーの髑髏の口から巨大な闇の手が吐き出され、猛然と突っ込んでくるウルクに真横から掴みかかろうとしたが、ウルクに強く蹴飛ばされた。その反動か、ウルクが流星のように吹き飛んでいくのを見届ける。丘の頂に突き刺さり、土柱が上がった。
『そうだ。セツナ。ウルクを支配から解放したければ、術者たる神属に交渉するか、打ち倒す以外にはない。少なくとも、ウルクを説得してどうこうできるものではないぞ』
「どうしろってんだ」
『ここは、ウルクを倒すことに専念するべきだ』
マユリ神からの忠告に、セツナは、ただ目を細めた。