第二千四百六十五話 再会は激突とともに(一)
両手から同時に撃ち放たれた波光砲が上空を青白く染め上げる様を地上から見届けたのは、空間転移が起きたからだ。無論、マユリ神の御業であり、セツナは空間転移の直後、女神への感謝を通信器に向けて発している。
マユリ神による戦闘への介入でこれほどまでの積極的なものは、これまでほとんどなかったことだ。女神は、セツナたち自身の戦いは、セツナたち自身の手で決着をつけるべきだという考えを持っているらしく、セツナたちが協力を求めない限りは、直接介入してくるようなことはなかった。もちろん、セツナたちが窮地に陥れば、その限りではないだろうし、だからこそ、いまさっき、セツナを空間転移させ、強力無比な波光砲から護ってくれたのだが。
ウルクが基地内に着地するのを見計らったように、基地内の兵士たちによる一斉攻撃が始まる。無数の矢と複数の召喚武装による遠距離攻撃が降り立った直後のウルクに集中したのだ。火球が爆ぜ、雷撃が叩き込まれ、無数の矢が無駄に費やされていく様を見遣る。無駄。そう、無駄だ。弐號躯体には、その程度の攻撃は通用しない。彼女は、量産型魔晶人形の波光砲にさえ、無事だった。いやそもそも、“大破壊”を生き抜いたのだ。それも無傷でだ。ただの召喚武装では、掠り傷さえつけられまい。
故にセツナは攻撃を中止するよう訴える必要もなかったが、この基地の兵士たちには戦闘に加わるべきではないと忠告するべきかもしれない、とは想った。少なくとも、彼らの出る幕ではない。
「あれ……ウルクよね? ウルクで間違いないのよね? 勘違いじゃないわよね?」
「ああ。間違いない」
「でしたらどうして、御主人様に襲いかかるのでございます?」
「そうよ。無事なのは嬉しいけど、なんで敵になってるのよ。わけわかんないわ」
レムとミリュウが信じられないという気持ちで、爆煙の中心を見遣っている。その気持ちは、セツナとまったく同じものだろう。ウルクといえば、セツナ第一主義であることは、だれもが認めるところだった。開発責任者であり、彼女にとって父親のような存在であるミドガルドでさえ、セツナよりも優先順位が低く、そのことに肩を落としていた記憶がある。ウルクにとっては、特定波光の持ち主であるセツナのほうが開発者よりも重要だというのは、当然のことなのかもしれないが、それにしても、と想わないではなかった。
だというのに。
「あいつは、俺を見て、最優先目標といっていた」
「最優先目標?」
「じゃ、じゃあ、ウルクが北から送り込まれたのって――」
「俺を拘束することも、目的のひとつなのかもな」
それはつまり、ウルクが南ザイオン大帝国に属するなにものかによって操られているという可能性を示唆するものであり、ひとつの恐るべき事実を想起させることだった。
セツナは、つい先頃、黒き矛欲するものによって襲われたという事実がある。ニーウェハインの白化症を操ったなにものか、だ。また、なにものかに操られたゼネルファー=オーキッドの存在も、セツナの脳裏に過ぎった。
魔晶人形のウルクを支配し、制御することができるものがいるとすれば、人間などではあるまい。彼女は、ミドガルドの命令よりもセツナの指示を優先するような思考回路の持ち主だ。なにかしら強制的な力でもなければ、彼女を支配することなどできまい。召喚武装の力ならばあるいは可能かもしれないが、どうにもその可能性は低く感じられて仕方がなかった。もっと、強大な力が彼女を支配しているのではないか。
たとえば、神属のような上位存在ならば、彼女を支配できたとしてもなんら不思議ではない。
(考えすぎか?)
基地の武装召喚師たちが発生させた爆煙を突っ切り、ウルクがセツナに向かって突っ込んでくる。軍服はさらにぼろぼろになり、もはや着ている意味もないほどだったが、露わになった彼女の躯体は、独特の光沢を帯びた美しさをそのままに見せつけるようだった。つまり、傷ひとつないということだ。まったくの無傷。やはり、弐號躯体の強度は、ただ事ではない。
そのような躯体を開発し、製造することのできる技術を持っていたのが神聖ディール王国の魔晶技術研究所であり、その最新技術がリョハンに辿り着いた少女型の魔晶人形なのだろう。もしかすると、量産型の少女人形たちは、弐號躯体をより強固にした躯体を用いられているかもしれず、その可能性に思い至ったとき、ミドガルドの技術力に脱帽するほかないと想った。同時に叫んでいる。
「ウルク!」
彼女の名を叫ぶ以外に、セツナにはどうしようもなかった。
もちろん、攻撃手段がないわけではない。手には黒き矛、体にはメイルオブドーターを纏っている。並の召喚武装による攻撃では傷ひとつつかない弐號躯体だが、神をも滅ぼす黒き矛ならば傷つけることは愚か、破壊することだって可能だろう。だが、それでは意味がない。
ようやく発見することができたのだ。
いまからおよそ三年近くも前、セツナの身勝手で離れ離れとなっただけでなく、“大破壊”に巻き込まれ、北ザイオン大陸に流れ着いたのだろう彼女とは、連絡が取れないどころか消息不明のまま、時間ばかりが過ぎてしまった。方舟という捜索手段は手に入れたものの、つい、後回しになっていたのは、彼女の無事を信じていたからでもあったが、このような再会を望んだわけではない。
敵と味方に分かれ、相打つことになるなど、想像したこともなかった。
ウルクは、いつだってセツナの味方でいてくれたのだ。
聖王国そのものがガンディアの敵に回ったときですら、彼女はセツナを救援してくれた。そんな彼女を攻撃することなど、考えられるわけもない。
だが、ウルクにはセツナの悲痛な叫びなど、届きはしないようなのだ。彼女は、猛然とセツナに向かって突っ込んでくるなり、拳を振りかぶる。双眸が輝き、こちらを見据えている。そこに悪意もなければ敵意もない。殺意さえ、存在しない。ただ命令を実行する機械のような無機質さがそこにはあった。
感情を獲得したウルクから、以前の彼女に逆戻りしたような、そんな印象の中、セツナは、ウルクの繰り出した拳を矛の柄で受け止め、両腕に伝わってきた衝撃に彼女の本気を理解した。彼女は、全力でセツナを攻撃してきている。
「なんでセツナの声が聞こえないのよ!」
そのとき、ミリュウが憤然と叫び、ラヴァーソウルを振り回す様が視界に飛び込んできた。刀身が弾け飛び、無数の刃片がウルクに襲いかかる。ウルクが足の裏から波光を噴出し、セツナから飛び離れた瞬間、その躯体が弾け飛んだ
「ミリュウ!?」
「弾き飛ばしただけよ! こんな町中で暴れさせるわけにはいかないでしょ!」
「そ、そうね……! セツナ、聞こえたわね!?」
「ああ、任せろ!」
セツナは、ウルクが遙か上空で波光を噴出して姿勢制御を行っている間には、ミリュウとファリアの思惑を察し、メイルオブドーターの翅で大気を叩いていた。一直線にウルクの元へと上昇し、彼女が右腕をこちらに翳すのを見逃さない。波光大砲を発射する構え。当然、こんな状況で発射させるわけにはいかない。セツナは垂直に急上昇すると、ウルクを飛び越え、右腕を頭上に掲げさせた。波光大砲の発射を止めるのは困難だが、射線を変えさせることは容易いのだ。そして、右手のひらが爆発的な光を発した瞬間、セツナはマユリ神の御業によって空間転移し、ウルクの懐に飛び込んでいた。凄まじい熱量が背中を焦がすように通り過ぎていく中、弐號躯体を両腕で掴み、再び全力で空を飛ぶ。
女性的な肢体を模した弐號躯体ではあるが、特別な合金製であるその体は金属そのものであり、硬質としかいいようがない。その硬質かつ重量感のある躯体を抱えたまま高速で空を飛び、ノアブール上空を越え、南部の丘陵地帯に突っ込んでいく。その間、ウルクが盛大に暴れ、そのたびにセツナに痛痒が走ったが、死ぬほどの痛みではなかった。女神の力とエリナのフォースフェザーがセツナを護ってくれている。そのおかげで死なずに済んでいた。
本来ならば、ウルクの打撃を軽くでも受ければ、人間の肉体など粉々に打ち砕かれ、骨も残らないはずだ。ただでさえ強固な魔晶人形の躯体は、弐號躯体になったことで、とてつもない強化が施されていた。
そして、その加護を当てにして、ウルクごと地面に落下する。
「目を覚ましてくれ……!」
セツナは、ただただ叫び、地に叩きつけたウルクの顔を見た。
ウルクの目は、冷ややかに輝いていた。