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第二千四百六十四話 北の尖兵(五)

 突如としてノアブール基地が激震に襲われた直後、セツナの右手首が強い唸りを上げた。腕輪型通信器だ。セツナだけではない。ファリアたちの腕輪型通信器も反応を示していた。腕輪の円盤部に女神の幻像が出現したのも、同時だった。問う。

「なにがあった?」

『件の敵性存在がおまえたちのいる基地に攻撃を仕掛けたようだ。情報通り敵はひとり。だが、人間ではないな。人間があのような攻撃を行えるわけもない』

「人間じゃないか」

「そんなのわかりきってるでしょ!」

 激震の最中、平然と幻像と言葉を交わすセツナたちの様子は、ケビン=アルザーとサルガン=デモルドンのふたりには奇異に映ったに違いないが、いまはそんなことに拘っている場合でも、ふたりに説明している場合でもなかった。

『それもそうだな。セツナよ。一先ず、現場まで転送しようか?』

 マユリ神からの申し出にセツナは驚いた。

「できるのか?」

『ここまで近づけば、簡単なことだ。しかしあれは……』

「ん?」

 マユリ神が訝しげな声を上げる中、セツナの視界が暗闇に包まれた。あらゆる感覚が断絶される空間転移特有の感覚があり、目の前が真っ暗になった途端、光が視界に飛び込んでくる。五感の復活とともに口を開き、呪文を紡ぐ。

「武装召喚」

 相手がひとりとはいえ、油断はできないし、もしかしたら皆の協力が必要かもしれない。その場合、セツナが相手の注意を引き、ファリアたちが召喚を終えるまでの時間を稼がなければならない。そうでなくとも、敵は既に基地への攻撃を開始しているのだ。転送が終わったということは、攻撃に曝される可能性があるということでもあるのだ。無論、マユリ神の加護が生半可な攻撃は寄せ付けないだろうが、だとしてもあらゆる可能性を考慮しておくべきだ。

 そう、あらゆる可能性を考慮しなければならなかった。

 基地施設の外に転送された直後、呪文を唱えるセツナが目の当たりにしたのは、吹き荒ぶ爆風の中散乱する基地の残骸たちであり、戦闘態勢に入った兵士たちの姿だ。武装召喚師たちが呪文を唱え、それ以外の兵士たちが剣や槍を構え、弓に矢を番えて応戦しようとしていた。圧倒的な緊迫感の真っ只中、カオスブリンガーの召喚を終えたセツナの耳朶に飛び込んでくるのは、無数の声だ。敵襲が基地の内外を騒然とさせ、ノアブール市内に大混乱を巻き起こしている。基地への苛烈な攻撃が引き起こした混乱を鎮めるには、襲撃者を打倒するか取り押さえる以外にはない。

 黒き矛を手にしたセツナは、兵士たちの視線の先に目を向け、襲撃者――つまり、このたびの騒動の原因たる敵性存在を目視した。そして、愕然とする。

「あれは……!?」

「そんな……そんなことって……!?」

「嘘でしょ!?」

 驚愕したのは、なにもセツナだけではなかった。

 敵は、基地の外周を囲う塀の上にあった。長身痩躯。長い長い灰色の髪を熱を帯びた風に靡かせ、身に纏った黒と金を基調とする軍服の隙間からは人間のものとは思えない体が覗き見えている。女。確かに、美しい。戦闘中、兵士たちの度肝を抜くだけでなく、惚けさせるほどの美貌は、芸術的ですらあった。完成された美しさといってもいい。彼女ほどの美貌の持ち主はそうはいない。どの角度、どんな距離から見ても美しいと想わされるのだから、彼女の躯体の設計者は、余程の美的感覚の持ち主だったに違いない。

 躯体。

 そう、それは躯体だ。

 淡く発光する双眸はひとの目のそれではなく、基地内に向けて掲げられた右手のひらもまた、生身のそれではなかった。躯体。特殊な合金で作られた魔晶人形の体。通常兵器はおろか、召喚武装でも掠り傷ひとつつけられないのも無理がなかった。それはそうだろう。最終戦争に投入された弐號躯体は、ただでさえ強固な魔晶人形の躯体をさらに強化発展させたものであり、生半可な攻撃では傷つけようがなかった。

 セツナは、叫んだ。

「ウルク!」

 叫び声が彼女に到達したのと、彼女が波光砲を撃ち放つのはほぼ同時だったように思えた。右手のひらから発射されたまばゆい光の奔流は、セツナたちが立っていた場所に直撃し、大爆発を起こす。周囲の兵士たちが容易く吹き飛ばされるほどの余波を肌で感じ取りながら、セツナは、別角度から魔晶人形を見ている。女神による空間転移がセツナたちを護ったのだ。

「ウルクなんだろう!? なにをしているんだ! 俺の声が聞こえないのか!」

 セツナはまたしても叫び、今度はみずから飛びかかった。さらに呪文を唱え、メイルオブドーターを召喚する。黒き軽装の鎧を纏い、闇の翅を広げる。ウルクがこちらを一瞥した。左腕がセツナに向けられる。手の先に収束する青白い光が、ウルクの意志を示している。つまり、敵対しているという意志だ。セツナが彼女に接近しきるよりも、彼女の左手のひらが瞬くほうが早い。手の先に収束した光が、無数の光弾となってセツナに襲いかかった。セツナは、眼前にメイルオブドーターの翅を展開して波光砲の砲弾を受け止めたが、連続的な爆発が翅の防壁ごとセツナを遙か後方へと弾き飛ばしていった。

「最優先目標、確認」

 声が、聞こえた。

 それは紛れもなくウルクの声であり、弐號躯体の別の魔晶人形などではないことが確定する。魔晶人形は、元来、言葉を発することができない。さらにいえば、魔晶人形は思考力を持たない。遠隔操作されるか、与えられた命令をこなすことだけしかできないという風に設計されており、ウルクが自我を獲得し、思考力を手に入れたのは、奇跡以外のなにものでもないというのが開発責任者であるミドガルド=ウェハラムも認めることだった。

 その奇跡の産物たるウルクが、いま、目の前にいる。

“大破壊”に巻き込まれながらも、無事だったのだ。それはまず間違いなく、彼女のために用意されたという弐號躯体のおかげなのだろう。南ザイオン大帝国の紋章が掲げられた軍服は、召喚武装などの攻撃を受けてぼろぼろになっていたが、その隙間から覗く弐號躯体には、傷ひとつ存在しないに違いない。“大破壊”の直撃を受けたかはわからないが、世界を引き裂くほどの力の奔流の中を無傷で生き延びることができるなど、さすがのセツナも想像さえしていなかった。

 ウルクが無事だとしても、ぼろぼろになっている可能性は覚悟していたのだ。それなのに彼女は、まったくの無傷で生きていた。

 そして、おそらく、北ザイオン大陸に流れ着いた彼女は、南ザイオン帝国に拾われたのだろう。その戦力となって北大陸統一において大いに活躍したに違いない。その活躍を見込まれ、南ザイオン大陸の現状を確認するための斥候として、大帝国の尖兵として送り込まれた。

 それ以外、考えられない。

 だが、同時に解せないこともある。

 連装式波光砲の連鎖的な爆発は、メイルオブドーターの防壁でなんとか受け止めきれたものの、それは威力の低い波光砲だからのように思えた。波光大砲と呼ばれる右腕の波光砲の直撃は、避けなければならない。もっとも、基地の被害を見る限り、ウルクは、かなり手加減しているように思えた。少なくとも、現状、基地の兵士にもノアブール市内にも死者は出ていない。これまでもそうだったが、ウルクはどうやら、目標物以外への攻撃は最小限に留めようという意識が働いているようだった。

「聞こえないのか! ウルク!」

 セツナは空中に留まり、思い切り叫んだが、ウルクは、塀を蹴ってこちらに飛びかかってくるだけで、セツナの声を黙殺した。解せないというのは、それだ。ウルクがセツナの声を無視したことなど、一度だってなかった。いつだって、彼女はセツナの声に反応を示した。それがどれだけ些細な声であれ、だ。命令ならばなおさらだ。彼女がセツナの指示に逆らったことなどない。

 ウルクは、セツナを主と認識していたはずなのだ。

 だというのに、ウルクには現在、セツナの声がまったく届いていなかった。

「そうよ、ウルク! なにしてるのよ! 相手はあなたの大好きなセツナよ!?」

 ミリュウが悲痛に叫ぶが、やはり、ウルクには届かなかった。

 ウルクは、超高速でセツナの元に飛来すると、眼前で両手を掲げてきた。莫大な量の波光が瞬く。



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