第二千四百六十話 北の尖兵(一)
「南ザイオン大帝国……か」
「つまり、北ザイオン大陸における帝国、でございますね?」
かつて、ワーグラーン大陸三大勢力の一角を成したザイオン帝国は、“大破壊”によってその広大極まる領土を南北に割かれると、それぞれを北ザイオン大陸、南ザイオン大陸と呼ぶようになった。いずれも大陸と呼ぶに相応しい広大さを誇っているのは、南ザイオン大陸の全容を見れば、明らかだ。
南ザイオン大陸において、ふたりの皇族がそれぞれ皇帝を名乗り、それぞれにザイオン帝国を引き継ぎ、相争っていたが、北ザイオン大陸でも同様のことが起こっていたらしい、という話は、西ザイオン帝国も認識していた。
西ザイオン帝国は、かつて東ザイオン帝国を凌駕する戦力を得るべく、海外に協力者を求めた。そのために外遊船隊を編成したことは有名な話であり、その結果がセツナたちとの協力関係、同盟関係の構築なのだが、まず東帝国が手をつけたのは、ザイオン領土の北半分がどうなっているのか、その現状を確認することだった。“大破壊”によって南北に両断された帝国領土は、大海原によって隔絶されており、風の便りも届かないほどの距離が北と南の間に横たわっていた。そのため、旧帝国領土北部の状況についてはなにもわからなかったのだが、元々、帝国領土だ。その現状について把握しておきたい、あわよくば協力関係を構築したいという西帝国首脳陣の想いはわからなくはない。
外遊船隊はまず当時北大陸とも呼ばれていなかった旧帝国領北部へ赴き、状況をつぶさに確認したのだ。それにより、旧帝国領北部が旧帝国領南部同様に大陸を形成し、二大勢力によって覇権を争っている最中であることを知った。北ザイオン帝国と南ザイオン帝国だ。激しい紛争の最中、いずれの国とも協力関係の構築は不可能であると察した外遊船隊は、そのことを本国に報告、別の国に協力を求めることとした。
たとえ南か北のいずれかと協力関係を結ぶことができたとしても、どちらも北大陸における闘争から手を離すことができず、戦力の供与は不可能であると考えられたからだし、むしろ戦力の提供を求められるかもしれないと想ったからでもある。戦力を欲しているのは、なにも西帝国だけではなかったということだ。
そうしてニーナ率いる外遊船隊は大海原を放浪し、ベノア島へと辿り着いたのは、いまから随分前のことになる。
それは、ともかくとして。
「けどよ、北の大陸でも、南帝国と北帝国、ふたつの勢力で争ってたんじゃねえのか? ここと変わらずさ」
シーラが皮肉めいた言い方をしたのは、かつて三大勢力の一角としてとてつもなく巨大な一枚岩の如き威圧感を覚えていた存在が、権力闘争に明け暮れているという事実がいかにも矮小に想えてならなかったからだろう。
「そういえば、そうよね。帝国は四つに分かれたって聞いていたわ。南大陸に侵攻する余裕なんてなかったはずじゃなかったっけ」
「つまりさ、その余裕ができたというわけだろ」
「……そうか。北でも統一がなされたんだ」
「だから、南ザイオン大帝国……なのでございますね?」
「北ザイオン大陸なのみ南って冠するのがややこしいがな」
「南帝国が勝利し、北帝国を併呑した、と考えるべきでしょうけど」
だとしても、ややこしいことに変わりはない。
実情を知らない人間が聞けば、南ザイオン大陸のザイオン帝国の名称だと勘違いするだろう。無論、当人たちがそんなことを気にして命名するわけもない。南ザイオン帝国が南北闘争の勝利者であることを明示するため、そう掲げているに違いなかった。
「それで、北大陸が一段落したから、南に侵攻してきたってこと? なんでまた」
「そりゃあ、ザイオン帝国だからだろ」
「そっか」
シーラの一言にミリュウはあっさりと納得して見せた。
北ザイオン大陸も、南ザイオン大陸も、ほとんどすべてが旧ザイオン帝国の領土だった。“大破壊”によって南北に分断されたとはいえ、帝国人にとっては、分かたれた北も南も帝国のものであり、皇帝の支配地であるという認識があっても不思議ではない。北大陸を統一したのであれば、南大陸の掌握に乗り出すのも必然といえば必然なのだろうが。
「だとしても、たったひとりの先遣部隊って……どういうことなのかしらね?」
「それほど自信があったんだろう。実際、そのたったひとりにノアブールの駐屯部隊は手も足も出なかった。その上だ。報告によれば、そのひとりに敗れ去った部隊の中から死者はひとりも出ていないらしい」
「え?」
「どういうこと?」
だれもが虚を突かれたように目を丸くした。さすがに想像もしていなかった情報だったに違いない。セツナ自身、その話を聞いたときは、信じられない顔になったものだ。
「そのたったひとりの先遣部隊がだれひとり殺さなかった、ということだ。もちろん、重軽傷者は多数でたようだし、制圧されている以上、為す術もなく、完膚なきまでに敗れ去ったのは間違いないがな」
「あたしたちと同じ理由……なのかしら」
「どうかな」
ミリュウのいう理由とは、セツナたちが東西紛争中において、極力東帝国軍将兵を殺さないように戦った理由だろう。セツナたちがそうしたのは、いまは敵とはいえ本来ならば同国人であるものたちを殺したくないというニーウェハインの願いであり、頼みだったからだ。
「その可能性もなくはないんじゃないかしら。南大帝国だって、帝国人への思い入れはあるはずだもの」
「まあ、そうだな。可能性はある」
しかし、だれもがニーウェハインのように同国人意識にすべてを捧げられるものだろうか。ニーウェハインがそのような考えを持つようになったのは、彼が父である先帝シウェルハインの最期を見届けたからだというし、以前の彼からは想像もつかない思考であることは、彼の側近たちの話からもわかっている。以前のニーウェハインならば、多少の犠牲には目を瞑ったことだろうし、敵対者に容赦しなかったかもしれないのだ。
無論、南大帝国の支配者がニーウェハインのような慈悲深さを持ち合わせている可能性は否定しきれない。だからこそ、たったひとりの圧倒的戦力に先行させ、本隊、後続部隊が上陸したときの露払いをさせたのではないか。
とはいえ、それはあまりにも物事を都合良く考えすぎではないか、とも想えて、セツナは渋い顔になった。
相手は、たったひとり。
しかし、武装召喚師が束になっても敵わず、一万を越える戦力でもってしてもまったく相手にならなかったという、極めて強力な存在だ。生半可な戦力では敵うわけもないという判断から、ニーウェハインはセツナ一行に協力を求めたのであり、セツナはそれを受諾した。
ようやく南大陸は統一され、一大帝国として動き始めたばかりなのだ。それを北からの侵攻によって台無しにされるわけにはいかなかった。やっと、大陸に平穏が訪れようというときなのだ。それを乱される様を黙って見過ごすことなどできるはずもない。
まずは、北からの尖兵を打倒し、そのものから南ザイオン大帝国の目的を吐き出させる必要がある。場合によっては、北大陸からの大侵攻に備えなければならず、そのため、ニーウェハインは、セツナ一行を北に派遣する一方で、各地の戦力をノアブールを始めとする大陸北部に結集させるべく、各地に通達している。北の尖兵を撃退するだけで済めば御の字だが、そう上手くは行くまい。
先遣部隊とはつまり、本格的な侵攻の前触れといっていいのだ。