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第二百四十五話 零れる命の使い道

「なんという女だ」

 クルードは、なぜか無性に相手を賞賛したくなった。自分の失態さえなければ、彼女が勝てる道理はなかったが、それでも彼を油断させた彼女を褒め称えることになんの無理があるだろう。彼女は覚悟を以って、クルードを勘違いさせ、接近戦を誘った。

 ファリアを見ると、既に電熱の嵐は止んでいた。どういう原理で発動したのかはわからなかった。そういう素振りは一切なかったのだ。オーロラストームの能力だということは間違いないのだが、射撃とも雷撃とも異なる攻撃方法であり、最終手段として隠し持っていたのかもしれない。自身をも巻き込む電熱の嵐。使いどころを間違えれば、自分だけを傷つけることになる。

 現に、彼女の全身はぼろぼろに焼け焦げ、煙さえ立ち上っていた。髪も服も肌も、めちゃくちゃになっている。眼鏡を外しているのは、電熱で使い物にならなくなったのか、熱くなって外したからなのか。左手には、短剣が握られていた。刀身が赤黒い。クルードの血だろう。

「いい女でしょう」

 ふらつきながら、ファリアがいってきた。クルードの言葉への返事だろう。クルードは、ファリアの腹部への一撃が致命傷になっていないことを認めると、妙にほっとしている自分に気がついて苦笑した。結局、その甘さが敗因となった。

 まったく、甘い。そして迂闊だった。だが、悪くない気分だ。奇妙な清々しさの中、彼はファリアを見ていた。

「ああ、いい女だ」

 クルードは、静かに肯定した。ファリア=ベルファリア。いい名前だとも思う。強く、美しい女性だ。勝利のためならば自分を傷つけることを厭わないという意味では、紛れもない戦士だ。武装召喚師としての実力も素晴らしいものがあった。自分の召喚武装の能力を完全に理解し、戦術に組み込んでいた。ミリュウより先に出逢っていたら、惚れていたかもしれない。

 そう思いながらも、彼は別のことを口にした。

「だが、ミリュウには敵わん」

「ミリュウという女性はさぞ素敵な人なんでしょうね」

「ああ。俺にとっては女神そのものさ」

 告げて、彼はミリュウの物憂げな横顔を思い出した。彼女は、地上に出て以来、そういう顔をすることが多かった。魔龍窟にいたころよりはずっとましだったが、彼女の憂鬱を晴らすには自分では力が足りないのだと思い知らされるだけでもあった。

 クルードは、ファリアの周囲の地面がきらきらと光っていることに気づいた。オーロラストームの結晶体だろう。それが光を帯びているということは、オーロラストームとの繋がりが切れていなかったということではないか。つまり、地に落ちた結晶体はファリアの制御下にあったのだ。

(そういうことか)

 彼は苦笑の中で、理解した。クルードの攻撃によって剥がれ落ちた結晶体こそ、彼女の攻撃の布石となっていたのだ。どういう原理なのかは不明だが、ファリアの周囲に散らばった結晶体が、電熱の嵐を発生させたに違いない。結晶体が剥がれ落ちたとき、ファリアが愕然としていたのは演技だったのだ。

「女神になら、負けても悔しくないわ」

 ファリアは、苦しそうに笑っている。隙だらけだ。いまなら簡単に殺せるだろう。こちらにはまだ光竜僧がある。光弾を撃ちこめば、彼女は為す術もなく死ぬ。避けることもできないだろう。だが、彼にその気はなかった。いまさら彼女を殺したところで、彼の敗北は取り消せない。どのみち、ミリュウさえ生き残っていれば、どうとでもなることだ。彼女ひとりで巻き返せるはずだ。ミリュウは黒き矛を複製し、絶大な力を手に入れただろう。その力で戦場を蹂躙し、彼女に勝利をもたらすはずだ。その場に自分がいられないのは残念だが、仕方がない。負けたのは自分の失態が原因だ。ほかのだれのせいでもない。

「そうだな。君のような女性に負けるのなら、悔しくはない」

 クルードは、瞑目した。瞼の裏に浮かんだいくつかの情景は、地獄で見たものがほとんどで、それ以前の景色はひとつも浮かんでこなかった。陽の光の下にあるのは、ミリュウの物憂げな横顔だけだ。彼女を笑顔にしたかったが、どうやらその役割は自分ではないらしい。わかりきっていたことだ。

 戦場の音が遠い。なにもかもが遠くに聞こえる。風の音も、草原の旋律も、急激に離れていくような感覚がある。血が流れ過ぎた。意識が朦朧としている。

 死が近いのかもしれない。

 そこまで考えて、彼は目を見開いた。ファリアの苦しそうな顔から視線を移す。東へ。

(まだだ……!)

 自身を叱咤して、彼は東の森を見た。盛大に燃えていたはずの森は、いまにも消え入りそうに見える。鎮火したというわけではあるまい。なにかがあったのだ。炎を消すようななにか。たとえば、黒き矛の能力であろう。ミリュウが黒き矛の複製に成功し、その能力を試行したのならいい。だが、セツナ=カミヤとやらが能力を駆使し、ミリュウに対抗しているのなら看過できない。

 放ってはおけない。

「セツナは、負けないわ。どんな敵が相手でも」

 ファリアも東の森を見ているのだろう。そして、火が小さくなったことに気づいている。か細い炎だ。普通の人間ならまず見逃しているかもしれない。炎上していたという前提があるからこそ気づけたようなものだ。

「どうかな……いや、君のいうことだ。信じよう」

「信じるの? わたしを」

「君ほどの女性が虚勢を張るとも思えない。セツナは強いのだろう。だが、ミリュウも強い。俺よりもな」

「あなたより強い? 冗談でしょ」

「冗談をいえる状況でもないさ」

 いいながら、クルードは、苦笑した。こういう状況で冗談をいえるのなら、それこそたいした人物だといえるのだろうが、あいにく、自分はそこまでできた人間ではなかった。いや、普通の人間ですらない。化け物として作り上げられた。いや、化け物にならなければ生きていけなかったというべきだろう。生を貪り食らう魔龍にならなければ、生きていくことも許されなかったのだ。

 そして実際、ミリュウのほうが強い。体術でも、武装召喚師としての技量でも、彼女には敵わなかった。武装召喚術の知識量ではクルードのほうが上回っているのだが、そんなものが実戦に役立つことは稀であろう。とはいえ、どれだけ実力に差があろうとも、召喚武装の能力次第ではどうとでもなるのが武装召喚師というものだ。光竜僧を持ったクルードがミリュウに負けることはない。が、勝つこともないだろう。彼女が光竜僧を複製してしまえば、互いに光化して勝負がつかなくなるだけだ。そういう意味では、幻竜卿がもっとも危険な召喚武装かもしれなかった。複製する召喚武装の能力如何ではあるのだが。

「なにを考えているの……?」

 ファリアが、怪訝な顔をした。クルードの言動を不審に感じたのかもしれない。

「ミリュウを助けに行く。なに、残りの命を有効に使うだけさ」

 告げると、彼女はオーロラストームを掲げてきた。弓に付属した結晶体のみならず、周囲の地面に散らばった結晶体も燐光を放っている。やはり、オーロラストームと結晶体は繋がっていたのだ。推測が正解だったことにクルードは満足感を覚えた。

 結晶体同士が電流のようなもので繋がり、ファリアを中心とした魔方陣のようになっていた。それらの電流の終点はオーロラストームの嘴であり、怪鳥の嘴に莫大な力が収束していくのが、クルードにもわかった。残る力のすべてを振り絞っているのだ。

「セツナの元には行かせないわ!」

 ファリアの烈日のようなまなざしは、いつまでも見ていたいものだったが。

「無理だよ。君の攻撃は、二度と俺には届かない」

 ファリアが極大の雷撃を放った瞬間、クルードは光球化していた。雷光がすり抜けるのを見届けるまでもなく、彼は東の森に向かった。直進するだけならば、普通に走るよりも数十倍の速度を出すことができる。

 彼はまさに光となったのだ。

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