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第二千四百五十七話 急報(一)

 セツナ一行は、南ザイオン大陸統一帝国において国賓級の扱いを受けている。

 東西紛争に終止符を打った英雄セツナとその同胞の名は、統一帝国の歴史が続く限り、語り継がれるものである、と、皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンが明言すれば、だれもがそれを唱和し、肯定した。否定的な意見は皆無に等しく、あったとしても、東帝国の旧臣や東帝国を名残惜しむものたちのひがみややっかみくらいのもので、セツナたちの耳に届くことなどはなかった。

 セツナ一行のいずれかが帝都に降り立てば、近衛騎士団が動き出し、護衛に当たるほどに丁重にもてなされ、どのような我が儘も聞き入れられた。たとえば、食べたいものをいえば即座に用意されたし、欲しいものも瞬時に取り寄せられた。帝都にある限り、なに不自由ない暮らしが約束されており、それは、セツナ一行の当然の権利である、と、皇帝を始めとする統一帝国首脳陣は考えているらしい。

「あまり甘やかされすぎるのもどうかと想うがな」

 セツナが殊勝なことをいうと、ファリアやミリュウが変な顔をした。

 ある夏の終わりのことだった。帝都ザイアス至天殿の上層区画にセツナ一行は逗留しており、その夜、久々に全員が揃っていた。ファリアとミリュウだけではない。エリナ、レム、シーラ、エスク、ダルクスの戦闘員だけでなく、ミレーユ、ゲイン、ネミアの三名も、帝都での日々を謳歌していた。中でも愛娘を戦闘に赴く様を見届ける日々から解放されたミレーユは、この平穏極まりない日々に笑みを絶やさなかった。

「なんだよ」

「いや、セツナがそんなことをいうのも不思議だと想って。ねえ」

「ほんとよ。らしくないわ」

「じゃあどういうのがらしいんだよ」

 セツナが顔をしかめれば、レムが間髪を置かずに告げてくる。

「賞賛も罵倒もすべてまるまる平然と受け入れて、けろっとした顔で過ごしておられるのが、一番、御主人様らしい、かと」

「……そうか?」

「まあ、そうね」

「うんうん」

「こういうときはどーんと構えてりゃいいんすよ、大将。実際、大将のおかげで西の勝利に終わったのは間違いないわけで」

「まったくだぜ、セツナ」

「そうはいうがな……」

 セツナは、エスクやシーラの言い分ももっともだと想いながらも、あまり乗り気にはなれなかった。確かにエスクのいうとおりだ。セツナたちは活躍に見合っただけの恩恵を受けているだけに過ぎない。ニーウェハインらが求める以上の成果を残した。結果を出したのだ。

 西帝国首脳陣は、東西決戦はもうしばらく長引くものと考えていた。そのため、両軍にとてつもない損害が出るものと見ており、戦後の統一事業は極めて困難なものになると予想していた。ところが、蓋を開けてみれば、帝都は瞬く間に陥落、ミズガリスはセツナ率いる強襲部隊を前にあっさりと降伏してしまった。その報せが全戦域に届くまでに時間差こそあったものの、すべての戦場に降伏宣言が響き渡ったのは、西帝国首脳陣が想定していたよりも圧倒的に速く、彼らはセツナたちの迅速な行動に最大限の感謝を示した。

 それこそがこの贅沢極まりない日々というわけだ。

 それにしたって、少しばかり甘やかされすぎているのではないか、と想わずにはいられない。

 それだけのことをしたのだ、ということは理解している。だれもが為せることではない。そんなことはわかりきっているのだ。しかし、それでも、素直に受け取れないのは、やはり心に引っかかるものがあるからだろう。

 セツナの脳裏を占めるのは、あのとき確かに感じた神の影だ。

 セツナたちがいまもなお南ザイオン大陸に留まっているのは、統一帝国がもう少し安定するまでは見届けたいというセツナの個人的な想いと、帝国を巡る神の思惑について調査したいという考えがあったからであり、その後者の目的を果たすため、方舟の機関室にあって、女神マユリと顔を付き合わせる時間が増大していた。そのことがミリュウをして女神に嫉妬させたりもしたが、とにかくセツナはマユリ神を当てにし、女神もまた、セツナの期待に応えようとしてくれている。

 しかし、もはや影も形も見えない神の所在について調査することは困難を極めており、なんの成果も上がらない日々が続いていた。

 たとえば、サーファジュール近郊の、ゼネルファー=オーキッドとの戦闘跡地に降り立ち、神威の残滓を追跡し、神の所在地を特定しようと試みたのだが、それも空振りに終わった。ゼネルファーは、間違いなく神の加護を受けており、その加護によって神人や神獣たちを使役していたのだが、その加護がどこからもたらされたものなのかについては、まったくわからなかったのだ。マユリ神の力をもってしても追跡できない以上、セツナたちにはどうすることもできず、ゼネルファー関連の進展は諦めるしかなかった。

 また、ニーウェハインについても、そうだ。

 真霊の間を埋め尽くさんばかりに膨張したニーウェハインの白化部位は、セツナが切り落としただけでは消滅せず、その場に残留した。戦闘後、マユリ神が回収するべきだと主張し、方舟に転送されたそれは、女神によって秘密裏に解析されていたのだが、しかし、なんの成果も得られなかったということだ。

 白化部位は、神人のそれとは異なり、“核”を持たなかった。つまり、ニーウェハインが神人化したわけではなかったということであると同時に、“核”から供給される無尽蔵に近い力によって動いていたわけではなく、ニーウェハインの生命力と、彼方より送り込まれる神威によって動いていたということだ。つまり、神が直接操っていたに等しく、その白化部位を調査解析すれば、なにか手がかりでも掴めるものかと想ったのだが、これも徒労に終わった。

 ちなみにだが、解析が完了した白化部位は、女神によって抹消されている。

 帝国領土上陸以来、なにもかもが上手く行っていたというのに、だ。突如、なにもかもが空回りし続けていることに歯がゆさを感じずにはいられず、セツナは、苦い顔をする時間が増えた。なんの進展もないまま、帝国領土に滞在する時間ばかりが増えているのだ。虚しくもなる。

 すると、ミリュウやエリナ、レムが殊更に心配し、セツナを笑顔にするべく奔走するものだから、彼は、彼女たちの想いに応えた末、途方に暮れる。

 作り笑顔では、応えられない。

 空転している。

 まるでなにもかもがかみ合っていないように、空を切り続けている。

 あのとき感じた神の気配も、視線も、すべて妄想だったのではないか、と、思わず考え込んでしまうくらいにだ。

 だが、それでも、マユリ神は調査を続けていたし、セツナも女神と話し合いながら、いい方法はないものかと考え続けていた。

 神は、放置するわけにはいかない。

 マウアウ神やラジャム神のように対話し、交渉の余地のある神ならば構わないが、ゼネルファーにせよ、ニーウェハインにせよ、いずれも問答無用だったのだ。両者が同一の神に操られているのかどうかも不明ないま、セツナたちは別々の神の行いであると想定しているのだが、だとしても、どちらも放っておくことはできないだろう。

 特にニーウェハインの白化症を操った神については、野放しにはできない。その神は、黒き矛を求め、行動を起こした。放っておけば、ニーウェハインが言及したように、セツナを誘き出すためならばどのような手段も取るのではないか。それも、自分自身は姿を見せず、ニーウェハインなどの白化症罹患者を操って、だ。なんとしてでも早急に見つけ出し、片をつけなければ、余計な被害や犠牲を生みかねないのだ。

 だからこそセツナは、当初の目的を達成してもなお南ザイオン大陸に留まることとし、皆に相談、了承を得た。反対者はひとりとしていなかった。

『ウルクナクト号の行き先を決めるのは、セツナだもの。わたしたちは君とともに在って、君を全力で支援するだけよ』

 それはファリア個人の意見だったが、だれも異論を挟まなかった。

 よって、セツナ一行は、しばしの間、帝国領土に留まることになったのだが、結果的にその判断が間違っていなかったことが後に判明する。

 セツナが至天殿に招かれていたちょうどそのとき、驚くべき報せが届いたのだ。


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