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第二千四百五十ニ話 神の影(七)

「やっぱ、そういうことかよ」

 マユリ神の宣告を受けて、セツナは唾棄するようにいった。別方向の壁に激突した六体の天使が、一斉にこちらを見てくる。金色に輝く双眸は、神や神の加護を得たもののそれと同じだ。金色は、神の色なのだろう。そして、それがどういうことかといえば、天使たちが神によって操られているのではないか、ということだ。

『当然だが、そんなことができるのは、ニーウェハインの白化症の原因となった神以外にはいない』

「つまり、その神様にとって俺が不要だから、俺が邪魔だから攻撃してきたってことか?」

『おまえの存在を邪魔に感じない神などいないだろうさ』

「あなたも?」

『わたしは違うよ』

 間髪入れずにそういってくれる女神の声は、極めて優しい。そうやって気を遣ってくれるところがどうしようもなく愛おしく想えてくるものだから、ますます好きになっていくのだ。マユリ神がいまやセツナ一行になくてはならないのはそういうところだろう。

 天使たちがつぎつぎと飛来する。凄まじい速度による突進も、黒き矛を手にしたセツナに避けきれないものではない。単調ではないにしても、直線的な動きに翻弄されるほど、セツナは柔ではないのだ。

「なら教えてくれ。ニーウェが苦しんでいるのも、その神の影響なのか?」

『おそらくはそうだろう。神威によって活性化した白化部位が彼を苦しめているに違いない。そして彼を苦痛から解放する方法はひとつ。彼を神威の影響下から隔離することだ』

「そんなことができるのか?」

『いま現在、ニーウェハインの白化症を操っている神は、南大陸内にはいない。いれば、わたしに探知できるだろうからな。そうではない以上、大陸外から彼に神威を送り込んでいると考えられる』

「大陸外から?」

 だとすれば、途方もない力を持った神ということになる。さすがのマユリ神でも、南大陸外から南大陸にいる人間に影響を及ぼすことなどできないのではないか。つまり、マユリ神以上の力を持った神の仕業ということになるが、だとすれば、候補は絞られてくるはずだが、その推測が正しいかどうかは判別できない。セツナが持っている神の情報というのは、あまりにも乏しい。

『そうだ。そしてそれがニーウェハインを救うことに繋がる。遙か彼方から送り込まれる神威をわたしの力でもって分断するのだ。そうすれば、彼の白化部位がおまえを襲うようなことはなくなる。ただし、それで白化症の症状が回復するわけではないのは、伝えておくがな』

「……ああ、わかった」

 それは、わかりきっていたことではある。マユリ神の力をもってしても白化症を癒やせないことは、最初からわかっていたことなのだ。もしそれが可能であるならば、ニーウェハインが白化症に冒されていると判明したときに治療させればよかったし、マリアに治療法を研究させる必要もなくなっただろう。神様に頼めばそれで解決するのであれば、それほど簡単な問題もない。

「それで、俺はどうすればいい?」

『まずはおまえを攻撃する白化部位を切り離せ。そうすれば、ニーウェハインの負担は少なくなる』

「切り離すことで悪影響はないんだな?」

『白化部位と人体に繋がりはないはずだ。彼が苦痛を感じているのは、神威を受信している影響なのだ』

「そうか。つまり、あれを切り離したところで、痛みがなくなるわけでもなんでもないってことか」

『そういうことだ。しかし、負担が減るのは間違いない』

「理解した。ありがとう、マユリ様」

 セツナは、マユリ神の明確な回答に感謝すると、再び連続的に突進してきた天使たちに対し、今度は正面から向き合った。突進してくる六体の天使をつぎつぎと切り落とし、突き破り、叩き潰し、打ち払い、切り刻む。そして、天使たちが瞬く間に再生していくのを認めて、すぐさまニーウェハインの元へと向かった。ニーウェハインの頭部から伸びた白化部位がまたしても蠢き、さらに複数の箇所に爆発が起きる。その爆発の数だけ天使が増殖したかと思えば、一斉に飛びかかってきたものだから、セツナはそれらを黒き矛でもって打ち払わなければならなかった。

 しかし、天使の能力そのものに違いはなく、そうである以上、どれだけ数が増えたところで後れを取ることはない。六体が二十体に増えたところで、だ。天使たちの攻撃手段は高速の突進だけであり、それではセツナを仕留めることはおろか、触れることさえできないのだ。セツナは笑みを浮かべて突進してくる天使のすべてを撃破すると、そのままの勢いでニーウェハインに駆け寄り、彼の後部から伸びた白化部位を切り離した。すると、真霊の間でとぐろを巻くようにして膨張していた白化部位がわずかにのたうち回ったのち、ぴたりと動かなくなった。

「……なるほどな」

 天使たちを突き動かしていたのは、ニーウェハインが受信していた神威であり、その神威は白化部位より伝わっていたものだから、白化部位が肉体から切り離されたことで隔絶され、命令を受信できなくなったということだろう。さらにいえば、動力源も失った、ということだろうか。

 しかし、ニーウェハインの表情は苦痛に歪んだままであり、セツナはどうすればいいものかと思案しなければならなかった。なにより、白化部分は未だ蠢いており、いまにも飛びかかってきそうな気配があった。

「後はわたしに任せてくれればいい」

 不意に涼風が吹いたかと思うと、女神マユリがニーウェハインの背後に現れた。

「マユリ様?」

「船はマユラのやつに任せてある。案ずるな」

「いやあまあ、心配はしていませんけども」

「ふふふ……信頼されるというのは、悪いものではないな」

 女神が嬉しそうに微笑むと、それだけでセツナの心まで嬉しくなってしまうのは、彼女の徳によるものだろうが。

「どうするんです?」

「こうするのだよ」

 マユリ神は、セツナの疑問に答えるようにしてニーウェハインを背後から抱きすくめた。美しい少女のような姿の女神の全身が膨大かつ神々しい光を発し、その輝きがニーウェハインの全身を包み込んでいく。柔らかく、抱きしめるような穏やかさで、ゆっくりと。光がニーウェハインの頭部を包み込むと、白化部位が次第に動かなくなっていった。女神のいう、神威の受信が絶たれたということだろう。ニーウェハインの表情が和らいでいくのも見て取れた。マユリ神が彼の苦痛を癒やしたのだろうことは想像に難くない。

「これで、外部からの神威は遮断できた。彼の白化部位が外部から操られることはなくなった、ということだ」

 マユリ神は、優しい手つきで彼の体を床に横たえた。ニーウェハインの体を包み込んでいた淡い光は、ゆっくりと彼の肉体に浸透していく。

「ありがとうございます、マユリ様」

「だが、先もいったが、彼の白化症が完治したわけでも和らいだわけでもない。白化症を完治させる方法がない以上、白化症の進行を食い止めるには、神威の出所たる神に直接話し合う以外にはないのだ」

「ん……? 進行を食い止めることはできるってことですか?」

「少なくとも、彼の白化症はな」

「どういうことです?」

「彼の白化症を大陸外から操っていた神がいるということが明らかになったのだ。その神と交渉することができれば、彼の白化症の進行を止められる。ただし、その神が交渉に応じてくれれば、の話だがな」

「……応じてくれると想います?」

 セツナは、女神に問うたものの、彼女の答えを想像できていた。交渉に応じてくれるような相手ならば、問答無用で襲いかかってくるだろうか。

「どうかな。その神は、どうやらおまえのことが気に食わないらしいからな」

 わたしと違って、などと付け足した女神の表情は、いつだってセツナに優しい。

 そのとき、床に横たわったニーウェハインに反応があった。閉じていた瞼が開き、虚ろだった目に光が戻っているのがわかる。その目が虚空を彷徨ったのち、セツナを発見した。

「……セツナ?」

「気がついたか……」

「俺は……いったい……?」

 ニーウェハインは、わけがわからないといった様子だった。もしかすると、白化症が暴走したという事実を認識していないのではないか。そんなセツナの推測を肯定するようにして、女神が小さく首肯してくる。それを視界の片隅で確認してから、セツナは、ニーウェハインに答えた。

「だいじょうぶだ。なにも心配しなくていい。俺がついている」

「……ああ。おまえがいてくれるなら、そうだな。なにも心配しなくていい……な」

 ニーウェハインは、穏やかな笑みを浮かべると、再び目を閉じた。

 苦痛から解放された彼の安らかな表情を目の当たりにして、セツナは、女神と顔を見合わせ、微笑みあった。

 問題が解決したわけではない。それどころかより深刻化したようにすら想えるのだが、しかし、ニーウェハインがさらなる苦痛に苛まれる可能性は少なくなったのだから、喜ぶべきだろう。

 セツナは、そんな風に想うのだった。

 


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