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第二千四百五十一話 神の影(六)

「ニーウェ!」

 セツナは反射的に右に飛びながら叫んでいた。ニーウェハインの頭部の白化部分が破裂したのは、そう見えただけのことであり、実際には爆発的な速度で肥大しただけに過ぎない。しかし、その急激な白化部位の肥大こそ大問題であり、白化部位がまばゆい光を発しながら膨張し、加速度的な勢いでもってセツナに迫ってきたものだから、彼は飛び退かざるを得なかったのだ。直後、真霊の間の床に大穴が開く。セツナが立っていた場所が、だ。

 ニーウェハインの頭部から伸びた白化部位がセツナを圧殺するべく、凄まじい勢いで床に衝突し、大穴を開けたのだ。

 白化部位は、巨大な触手のようでありながら、しかし、粉塵の中に輝くそれは、天使のような翼を広げて見せると、美しい容貌をした人型を象り、セツナの前で微笑んで見せた。ニーウェハインの頭部から伸びた触手の先に天使がくっついているようなものだ。その天使は、一対の翼では飽き足らず、複数の翼を形成して見せたのだが、その間、ニーウェハインの口からは苦痛に満ちた声が漏れていた。その反応からわかることは、ニーウェハインが完全に白化症に冒されているわけではないだろうということだ。白化症に完全に冒されたものは、全身が白く変容し、人間とは別の生物へと成り果てる。そこに苦痛があるのかどうかはともかく、神人や神獣が肉体を変化させる際に苦痛の声を発したところは見たことがない。それにニーウェハインの顔にはまだまだ人間の部分が残っていたし、首にも素肌が残っている。完全に神人化したならば、人間の部分など残っていないはずだ。

 では、いまセツナの目の前にいるそれはなんなのか。

 白く輝く天使の如き異形の存在は、いったい、なにものなのか。

 白化部位がセツナを攻撃するために作り出したものであろうことはわかるのだが、これまでの経験上、そんなことは一度だってなかった。神人や神獣との戦闘経験はある。神人の手足が自由自在に変容するのも知っている。巨大化もすれば、異形化もする。神人たちにとっては、翼を作り出すことだって容易いだろう。だが、ニーウェハインの天使は、神人や神獣に見受けられてきた肉体の変異とも違うもののように想えてならなかった。

 なにが違うのか、と聞かれれば、答えようもないのだが。

 三対六枚の翼を生やした天使は、ニーウェハインの頭部と繋がったまま、真霊の間を飛び回った。するとどうなるかといえば、ニーウェハインがただただ叫び声を上げ続けながら、天使の尾のような白化部位が無尽蔵に伸び続け、セツナを取り囲んでいく。セツナはニーウェハインが哀れでならないのだが、かといって、どうすればいいものかと思案する時間もない。呪文を唱える以外に、現状を打開する術があるだろうか。

「武装召喚」

 カオスブリンガーの召喚と同時に飛び退き、天使の突撃を回避する。幸いにも天使の飛行速度は、戦竜呼法を習得したセツナには容易く避けきれる程度のものではあったが、その威力は凄まじい。真霊の間の床にまたしても大穴を開け、破壊音が鳴り響く。至天殿そのものが激しく揺れたのではないかと想うほどの衝撃であり、ミーティアが室内に飛び込んでこないのが不思議でならなかった。

 黒き矛の召喚に成功したことで、セツナを取り巻く状況は一転する。天使の動きは、いままで以上に鮮明に、手に取るように分かったし、対抗手段も手に入れたのだ。負ける要素はない。だが、だからといって天使をどうすればいいのか、皆目見当も付かないのも事実だ。

 天使は、ニーウェハインの白化した部位そのものだ。そこにニーウェハイン本人とは無関係の意思が働いているのだとしても、なにものかに操られているのだとしても、ニーウェハインの肉体の一部であることに変わりはないのだ。天使を攻撃することは容易い。おそらく、斃すことも難しくはあるまい。ニーウェハインから切り離せば、それだけで滅ぼせるかもしれないし、神人や神獣のように“核”があるのかもしれない。いずれにせよ、滅ぼすことそのものは決して困難ではない。

 だが、その結果、ニーウェハインに悪影響がないとも限らないのだ。

 肉体の白化は、根源的な変容だと、いう。

 つまり、白化した部位は罹患者の肉体とは別物であると考えられ、白化部分だけを切り離したところで罹患者当人にはなんの影響もないというのが研究の成果で判明している。しかし、それは通常の白化症患者の場合だ。現在のニーウェハインの症状は、通常のそれとは大きく異なるものであり、同様に捉えていいものかどうかわからなかった。少なくとも、通常、白化症罹患者の白化部位だけが独立して動くということは、確認されていない。

「ニーウェ! 聞こえないのか!」

 セツナは、虚ろな目をしながら、ただただ苦痛のうめきを上げ続けるニーウェハインになんとかして呼びかけ、彼の意思を確認しようとした。しかし、反応はまったくないといってよく、ぴくりとも動かなかった。ただ、膨張し続ける白化部位による痛みに震え、呻いているだけだ。現状、彼に自意識が残っているのかどうかすら不明だった。

「間に合ってよかったといったな!?」

 叫び、天使の突撃を飛んでかわす。いまのところ、天使の攻撃手段は、超高速の突進のみだが、それもいつまで続くものかわかったものではない。天使が神人と同等の存在であれば、ほかにも様々な攻撃手段を持っていたとしても不思議ではないのだ。

「それがどういう意味なのか教えろよ!」

 天使の尾のように伸び、真霊の間を包み込むように展開する白化部位が蠢くのを認めたつぎの瞬間だった。複数の箇所が爆発したかのように見えたのと同時に、爆発と同じ数だけ、白い天使が出現する。それぞれまったく同じ姿をした天使たちは、唖然とするセツナを嘲笑うようにして翼を広げ、一斉に飛びかかってくる。全部で六体。それが様々な方向、角度から一斉に突進してきたのだ。とはいえ、回避そのものに問題はない。一切の時間差のない突進攻撃だ。悠然と見極め、跳躍してかわす。そうすれば、六体の天使が一点の床に激突し、大爆発でも起きたかのような衝撃を引き起こすだけだ。

「ニーウェ!」

 天使の増殖によって気がかりとなったのは、ニーウェハインの様子であり、セツナは、彼を一瞥し、彼の表情がさらなる苦痛の中で歪みに歪んでいることを確認した。もはや呻くことすらままならない状態にあるのだろう彼をいち早く救うにはどうすればいいのか。

 セツナは、室内に立ちこめる粉塵の中から天使たちが飛翔し、一斉にこちらを見てくるのを見遣りながら、左手で右手首に触れた。右手首に巻き付けた腕輪型通信器を作動させる。

「マユリ様、聞こえるか!」

『もちろんだ。どうした? セツナ』

「非常事態なんだ、解決策を一緒に考えてくれないか!」

『それは構わないが、いったいどうした? なにを焦っている? おまえはニーウェハインに拝謁しているのだろう?』

「ああ、そうだよ! それが問題なんだ!」

 今度は、わずかな時間差でもってつぎつぎと襲いかかってくる天使たちを連続的に回避しながら、セツナは叫ぶ。天使の突進をかわすことそのものは、簡単だ。極めて直線的な動きであり、しっかり見ていればなんの問題もなくかわせる。問題なのは、そうしている間にもニーウェハインが激痛に苦しんでいるということであり、このままでは天使たちが真霊の間の外にも出て行きかねないのではないか、ということなのだ。そうすればどうなるか。ニーウェハインが白化症に冒されていることが明らかになってしまい、彼の立場が悪くなるのは間違いない。彼が白化症に冒されていることを隠し通さなければならないのは、そうしなければ皇帝としての威厳さえも失われかねないからだ。

 いや、なにより、彼はそれによって周囲のひとびとを不幸に陥れてしまうことを恐れている。

 ニーウェハインの本当の願いは、周囲のひとびとの幸福だ。ニーナをはじめ、ランスロット、シャルロット、ミーティアといった彼を支えるひとびとが真に幸福に生きるには、ニーウェハインが健康でなければならない。それを理解しているからこそ、ニーウェハインは本来ならばすべてを包み隠さず伝えるはずの相手であるニーナたちにさえ、白化症を発症した事実を隠し通してきた。伝えれば、彼女たちを不幸にしてしまう。少なくとも、常に不安を抱えさせることになるだろう。

 ニーウェハインには、それが耐えられない。

 ただでさえ、不安定な世界で、ニーウェハインが治療法の見当たらない白化症に冒されているということになれば、ニーナたちの心労はいかばかりか。それを考えるだけで、彼は夜も眠れなかったに違いない。それくらい、彼はニーナたちのことを想い、そのために彼女たちの信頼を裏切らなければならなかった。

 ここでニーウェハインが白化症に冒されているという事実を明かすわけにはいかないのだ。

 そういう意味では、これほどの物音が上がり、衝撃を発しながら、外部からの反応が一切ないのは幸運としか言い様がなかった。もしかしなくとも、真霊の間内部の物音や衝撃は、外部には伝わらないのだろう。どういう作りなのかはわからないが。

『なるほど、状況は理解した』

 セツナは、マユリ神に現状を包み隠さず伝えた。女神は、隠し事を無関係な他人に漏らすようなことはしないし、余計なこともしない。故にどんなことだって話せるという信頼感があり、その信頼を裏切るようなことは決してないだろうという確信もあった。ニーウェハインの病状については、マユリ神にだけは最初から伝えておくべきだったのかもしれない、とも、いまさらのように想う。

『白化症は、神威に毒された生物に見られる症状のひとつだ。神の気に当てられ、変容を始めた部位は、やがて全身を侵蝕し、別種の存在へと成り果てる。それがおまえたちのいう白化症だということは、おまえも知っているな?』

「ああ」

『つまり、だ。ニーウェハインにいま起きている症状は、白化症の症状とは別のものと考えていい。外部からニーウェハインの白化した部位を操り、おまえを攻撃しているのだ』

 女神の宣告は、セツナの推測に近かった。




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