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第二千四百四十九話 神の影(四)


「陛下になにかあったのですか?」

 セツナは、ミルズの神妙な面持ちと慎重極まる態度に内心気が気でなかった。

 ニーウェハインにもしものことがあれば、ようやく形になり始めたばかりの統一帝国に暗雲が立ちこめること間違いないのだ。しかもだ。ニーウェハインにもしものことが起こる可能性については、セツナだけが知っていた。彼は、セツナ以外のだれにも白化症を発症していることについて説明していないのだが、それはそれとして、ニーウェハインの白化症が悪化し、彼を苦しめている可能性は皆無ではなかった。

 一瞬のうちに様々なことが脳裏を過ぎったセツナだったが、ミルズの表情からは彼の感情や意図を読み取ることは難しく、彼の言葉を待たなければならなかった。

「陛下は、ここ数日、真霊の間に籠もられたまま、姿をお見せになられないのです。三武卿の皆様方も、大総督閣下すら、陛下と直接お会いになれない状態だそうでして」

「それは……いったい……」

「ああ、しかし、案ずることはありませんよ。陛下は以前より、考え事をするときはひとり部屋に籠もられ、数日は姿をお見せになられないということは、多々ありましたから……今回も、きっと、それでしょう」

「……それならば、いいのですが」

「なにか、気になることでも?」

「……いや」

 セツナは、ミルズの疑問に対し、おもむろに頭を振ってみせた。ミルズは、ニーウェハインが真霊の間に籠もっていることそのものには疑問を抱いていないどころか、特に心配もしていないようなのだ。セツナが余計なことをいって心配させるのはよくないだろう。どうやら、彼が言葉を慎重に選んでいたのは、ニーウェハインに関することだったからのようであり、ニーウェハインの体調や状態が思わしくないから、という理由ではなさそうだった。

 その点では安堵したものの、セツナにとってしてみれば、ニーウェハインの部屋籠もりの原因が白化症の悪化以外には考えられないこともあり、心配が膨れあがるばかりだった。もちろん、表情にも態度にも出さず、ミルズに尋ねる。

「つまり、陛下に拝謁願うことはできない、ということですか」

「まさか」

 ミルズが破顔すると、途端に彼のひとの良さが滲み出てくるものだから、呆気にとられる。

「同盟者であり、抵抗軍鎮圧の報告に訪れたセツナ殿との謁見とあらば、陛下も部屋に籠もっている場合ではないと想われるのではありませんかな」

「そういうものでしょうか」

「ええ、きっと。陛下は、常々、セツナ殿の助力に感謝されておられましたし、セツナ殿が帰還なされれば、いち早く報告するようにと仰せになられておいででした。セツナ殿からの直接の報告をなによりも楽しみにされておられるのが陛下なのですから」

 ミルズは、そういうと、近衛騎士団長執務室から真霊の間に使者を出した。真霊の間は閉ざされているらしいが、その部屋の前には三武卿のいずれかが常に待機しているといい、ミルズの使者は、セツナが至天殿を訪れているという報告と拝謁を望んでいるということを三武卿に伝えるため、広大な至天殿を駆けていったのだ。

 皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンに拝謁するためには本来ならば複雑な手続きが必要だが、皇帝との同盟者であり、同列の扱いを受けるべきセツナに関しては、その辺の基準は極めて緩かった。皇帝の許可さえ取れればすぐにでも拝謁可能であり、なんなら皇帝自らセツナの居場所にひょっこり姿を見せることも少なくなかった。

 ニーウェハインにとって、セツナのように気兼ねなく本心をぶつけられる相手というのは、希有なのだ。

 無論、彼に気の置けない間柄といえるような人物がいないわけではない。大総督や三武卿がそれだ。しかし、ニーウェハインは、セツナを自分の半身のように想っている節があり、その一点がほかの心から信頼するひとびととの絶対的な差となっていた。ニーウェハインは、セツナにならばなにをいっても構わないだろうと考えているところがあり、だからこそ、セツナに様々な無茶を言ったり、無理難題をふっかけてきて、反応を見ては喜んだりしていた。

 そんなニーウェハインが真霊の間に籠もって早四日が経過している、という。

 ニーウェハインが部屋にひとり閉じこもること自体、めずらしいことではない、というのはミルズがいっていたことだ。西帝国成立以来、ニーウェハインは度々自室に閉じこもり、数日間、外部とは言葉でやり取りするだけで姿を一切見せなかったというのだ。それはおそらく、白化症の悪化をニーウェハイン自身が感じ取り、人前に立てないという意識が彼を部屋に閉じこもらせたのではないか。

 それ以外、皇帝としての立場をだれよりも意識し、演出しているニーウェハインが人前に姿を見せないという異常事態の原因は考えられなかった。皇帝たるもの、臣民に不安を抱かせてはいけない。故に彼は異界化し、変容した顔と、白化症に冒された顔を隠すため、仮面を被っていた。

 仮面を被ること自体、皇帝としてあるまじき事だとわかっているのだが、そうでもしなければ余計な不安や不信感を抱かせることをになるため、彼は仕方なく鉄仮面で己の顔面を覆い隠している。苦渋の決断といっていい。彼だって、本来ならば素顔で皇帝を演じたいはずだ。それができないから仮面を被っている。

 そして、仮面を被ってもどうにもならない状況にあるから、部屋に閉じこもっているのではないか。

 セツナは、そんな風に推測しながら、真霊の間に向かった使いのものが戻ってくるのを待った。待っている間、ミルズと抵抗軍に関する話や、統一帝国の今後についての話を聞いたりした。南部抵抗軍頭目ゼネルファー=オーキッドの顛末について聞くやいなや、ミルズは大いに驚き、ゼネルファーを失わざるを得なかったことを強く嘆いていた。ミルズが惜しむほどだ。余程の人材だったのは間違いない。だからこそ、数万もの将兵がゼネルファーに付き従ったといえるのだろうが、だとしても、ゼネルファーが取った行動が間違いだというセツナの意見が覆ることはない。

 神を頼ることが間違いとは想わない。

 神に縋りたくもなるだろう。

 こんな世界だ。

 それを悪だなどと断じることができるほど、セツナは愚かではない。

 しかし、神に縋り、神の力を借りた上で神人や神獣たちを操って、この世に混乱をもたらそうというものを放ってはおけないのだ。

 たとえばそれが、平穏のためならば、安寧のためならば、百歩譲って認めることもできたかもしれない。神人や神獣たちをただ付き従え、制御するだけならば。戦力として用いることなく、ひとびとと平和な日々を送るだけならば。

 しかし、人間にそのような力を貸し与えるような神が、そのような結果を望むはずもない。人間には、過ぎたる力だ。混乱の種であり、災禍の源といってもいいだろう。予期せぬ力を得た人間というのは、往々にして、その力に振り回される。マルカールがそうであったように、ゼネルファーがそうであったように。

 確かにゼネルファーほどの人望を持った逸材を失ったことは、統一帝国にとって手痛い損失だが、彼をあのまま野放しにしておくよりは余程ましなのは、いうまでもない。

 そんなことを話し込んでいると、ミルズが出した使いの者が戻ってきて、青年騎士は焦ったような顔で執務室に飛び込んできた。

「閃武卿がセツナ殿に急いで来て欲しい、とのことでして」

 使いの騎士の発言に対し、セツナはミルズと顔を見合わせた。青年騎士が焦っているのは、おそらく、閃武卿ミーティア・アルマァル=ラナシエラが急がせたからに違いない。

 そして、執務室を後にしたセツナとレムは、青年騎士に案内されるまま、至天殿真霊の間へと急いだ。

 真霊の間の扉前には、ミーティアがただひとり、待ち受けていた。

 彼女の神妙な面持ちを目の当たりにして、セツナの胸がざわついた。



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